宇宙を支配するダークエネルギーの謎

これは2010年9月NHKの科学番組「サイエンスZERO」で放送されたものです。 本ホームページに記載されている「ハッブル望遠鏡」「ダークマターの謎」に大きく関連しています。 出来ればこれらを参考にしてご覧下さい。

夜空を彩る星や銀河、永遠に見える宇宙の未来が実は謎のエネルギーに支配されていることがわかって来ました。
その名も暗黒エネルギー、重力と反対に、ものを引き離す力を生み出しています。
宇宙は137億年前、ビッグバンによって始まりました。そして今、宇宙には数千億個の銀河があると言われています。
このような美しい銀河が見られるのも、暗黒エネルギーの性質によっては今だけだ、と言われています。遠い将来この銀河が、消えてしまう可能性もあります。 その鍵を握っているのが暗黒エネルギー、これは現在の宇宙論が解明すべき最大の問題だ考えられています。
この暗黒エネルギーの発見は、これまでの宇宙論を根底から覆すもので、世界中に衝撃が走りました。アメリカのジョンズホプキンス大学、暗黒エネルギーの存在を発表した天文学者アダム・リース博士です。リース博士は、当時まだ大学院を卒業したばかりの若手研究者でした。
博士の研究は、ビッグバンによって誕生した宇宙の膨張速度を調べるというものでした。ビッグバン以来宇宙は膨脹を続けています。しかしその速度は、銀河等宇宙にある物質の重力によって、次第に遅くなると考えられていました。リース博士は、宇宙の膨脹がどのぐらい遅くなっているのかを調べていました。博士が行ったのは、近くの銀河と遠くの銀河の遠ざかる速度を比べることでした。近くの銀河では新しい時代の宇宙を、遠くの銀河では古い時代の宇宙を見ることになり、膨脹速度の変化がわかります。
当時50億年前の宇宙の膨張速度は、正確に測定されていました。 リース博士は、新たに76億年前の宇宙の膨張速度を調べ比較したのです。
結果は驚くべきものでした。宇宙の膨張速度は、遅くなっているどころか逆に速くなっていることがわかったのです。リース氏は計算や観測にミスがないか何度も確かめました。しかし、どこにも間違いは見つからず宇宙の膨脹が加速しているという結論は変わりませんでした。
リース博士はこの結果を1998年に論文として発表し世に問いました。宇宙の膨脹は加速している。それまでの定説を根底から覆す挑戦的な説でした。
従来宇宙の膨張モデルには二つの説がありました。、一つは物質同士の重力によって、膨張が次第に緩やかになっていくモデル、もう一つは、ある時点から収縮し、最後に潰れてしまうモデルです。
しかし、リース博士の発見した宇宙の姿は、ある時点から急速に加速して大きくなるという全く新しいものでした。
博士の論文は、世界中に大きな衝撃を与えました。しかしその後、リース博士の説を裏付ける論文が次々と発表され、宇宙の膨脹が加速しているという説は、揺るぎないものになったのです
宇宙の膨張を加速している原動力は何か。研究者たちは重力に逆らってものを引き離すエネルギーが必ずあるはずだと考えました。これが暗黒エネルギーです。以来、暗黒エネルギーは、宇宙の未来を支配する力があると考えられるようになったのです。
名古屋大学教授で宇宙論が専門の杉山直さんです。 杉山さんもリース博士の論文に強い衝撃を受けた一人です。「暗黒エネルギーは人類の宇宙観を根底から変えるかも知れないすごい発見です。」
「400年前、ガリレオの時代に、天動説から地動説へ、20世紀に入ってからはビッグバンから始まり膨張する宇宙へと、人類の宇宙観は変遷して来ました。それらに匹敵する新らしい宇宙観を我々に提示するものかもしれません。普通の反発力と言うのは距離が近づけば近づく程強くなってきますが、この暗黒エネルギーによる反発力は遠くなる程強く働くのです。このため重力に反する力と言う意味で反重力とも呼ばれます。」
今年京都大学で開かれた物理学の国際セミナーで、暗黒エネルギーについて研究しているテキサス大学の小松英一郎教授が研究成果を発表しました。
小松さんは、 WMAP と呼ばれる探査機を使って宇宙の果てから来る微弱な電波を隈なく観測しました。
こちらがその電波の宇宙での分布です。赤や黄色いところは電波が強く、青く見えるところ程電波は弱いことを示しています。この分布を解析すると、宇宙に存在する暗黒エネルギーの量を導き出せると言います。
小松さんはその研究成果を去年論文に発表しました。暗黒エネルギーが宇宙全体の72.6%を占めているというものでした。この論文は、2009年自然科学の分野で最も多く引用された論文です。暗黒エネルギーの存在が理解出来たら、それは大きなブレークスルーだと小松さんは考えています。
まず銀河や星等目に見える物質は宇宙全体のわずか4%しか占めていません。残りの23%は暗黒物質が占め、大半の73%は暗黒エネルギーが占めています。
このグラフでは、元素とエネルギーを同じグラフで示しています。これはアインシュタインが言った様に物質の質量をエネルギーに置き換える事ができることを意味しています。 E=M・C二乗(エネルギー=質量x光速の二乗)を使って物質とエネルギーを同じスケールで比較しています。
この73%というのは現在の値です。暗黒エネルギーは、過去では少なく、これからは増えていくと思われます。それは、宇宙が膨張し、膨張しても物質の量は変わりませんが、暗黒エネルギーは空間が膨張するとそれに伴って、どんどん増加していきます。 従って、未来には、暗黒エネルギーが占める割合は、80%85%90%と、どんどん増えていくことになります。
そのことを図を使って説明しますと、この図は、ビッグバンから宇宙が広がっている行っている様子を表しています。ビッグバンから70億年までは、それほど大きな膨張はありません。 この間は、宇宙では、物質の方が多くて暗黒エネルギーは少ないわけです。
そして70億年を過ぎたあたりから暗黒エネルギーの方が物質に勝って空間を広げ、膨張を加速させます。その結果として、ここに見るように急激に宇宙が広がっていくのです。場合によれば、加速速度自体が加速される場合もあるし、加速速度が一定の場合も、考えられます。それは暗黒エネルギーの性質によって変わってきます。
それでは、最後はどうなっていくのでしょうか。それについて衝撃的な仮説が発表されました。暗黒エネルギーは宇宙の未来にどのような影響を及ぼすのか。アメリカのダートマス大学のロバートコールドウエル博士は暗黒エネルギーが加速度的に増える場合の宇宙の未来を計算しました。結果は信じられないものでした。 暗黒エネルギーが加速度的に増え続けると、宇宙の膨脹速度は、際限なくなっていきます。そして宇宙は無限の大きさになり、すべてがバラバラにされてしまうことがわかりました。これがビッグリップです。
ビッグリップの2億年前、まず銀河の周辺部の星が、重力を振り切って外に飛び出していきます。そして中心部にある星もまとまることができずバラバラになり、銀河は消滅します。
ビッグリップの1年前、惑星の起動にも影響が現れます。
外側を回る惑星から順に次々と軌道を外れていきま
す。
ビッグリップの数時間前、星の内部にまで暗黒エネルギーの影響が及びます。 星は膨れあがって爆発、死を迎えます。
惑星も最後の時を迎えます。大地はひび割れバラバラになった惑星の破片が次々と宇宙に飛び出していきます。そしてついに惑星も砕け散ります。
さらに、ビッグリップの数秒前、分子や原子までもが引き裂かれ素粒子になります。全てのものがバラバラになって宇宙は終わりを迎えます。これがビッグリップです。宇宙の始まりには、ビッグバンの大爆発があり、宇宙の終わりには、ビッグリップがある。宇宙は長い時間をかけて形作られたのに引き裂かれて終わってしまいます。
宇宙とは一体何なのか。これは宇宙の歴史137億年を1年にまとめたものです。1月1日にビッグバンが起きて宇宙が誕生しました。そして7月上旬に宇宙の膨脹が加速し始めました。さらに8月の終わりに太陽や地球が生まれて人類が誕生したのは、12月31日でした。
そして、ビッグリップが起きる1000億年後というのは、宇宙の誕生からずっと伸びて8年後になるのです。
これは暗黒エネルギーの性質によって起き得る一つの可能性です。暗黒エネルギーが加速度的に増えた場合に、ビッグリップが起きます。もし、空間の膨脹と同じ割合で増え続けると、こういう非常に極端なことは起きずに宇宙は、永遠に存在し続けます。宇宙は、膨張速度を速めながら、永遠に大きくなって膨張を続けます。その場合は今我々が見ている美しい銀河かほとんど全て遠くへ飛び散り暗くなって見えなくなってしまいます。1000億年後の人類の天文学はちょっと難しいことになります。我々は今、天文学をやるのに良い時代に生きているのです。
今その暗黒エネルギーの増え方を研究するプロジェクトが、日本で動き始めています。東京大学は3年前、暗黒エネルギー等を解明するための研究部門を立ち上げました。ここでは世界15か国から70人を超える研究者が集まり、最先端の宇宙論を研究しています。高田昌広さんは、暗黒エネルギーの増え方を研究するチームの中心メンバーです。
高田さんが、暗黒エネルギーの増え方を研究する手がかりにしているのが宇宙空間に存在する暗黒物質です。暗黒物質は重力で引き合い、時間とともに大きな塊になる性質があります。暗黒エネルギーの増え方が少ないと、重力が強く働き、暗黒物質は、比較的短い時間で、塊に成長していきます。一方、暗黒エネルギーの増え方が多い場合と重力の働きが打ち消されてなかなか塊に成長していきません。このため、暗黒物質の集まり方を調べれば暗黒エネルギーの増え方がわかるというものです。
しかし暗黒物質は、光で見ることはできません。そこで高田さんは、ある特殊な方法で暗黒物質を見ることにしました。それは重力レンズという現象を利用する方法です。中心の銀河の周りを取り囲むように何本もの弧を描いた光が見えます。これが重力レンズによって起きた。光のゆがみです。
重力レンズは、銀河の周りにある大量の暗黒物質によって引き起こされます。暗黒物質の重力で空間背後の銀河から来る光がゆがんで見えるのです。ゆがみが強い程多くの暗黒物質が集まっていることを示しています。
これは高田さんが観測から求めたある銀河団の暗黒物質の分布です。青色が薄いところ程多く存在しています。こうした暗黒物質の分布が時間とともにどう変化してきたかを調べれば暗黒エネルギーの増え方もわかります。しかし、宇宙の広範囲で観測するには、新しい観測装置が必要です。
高田さんは、国立天文台と共同でこの計画を進めています。暗黒物質の観測に使うのが世界最高レベルの性能を持つすばる望遠鏡です。この研究のために、国立天文台が開発した世界最大級のカメラが取付けられる予定です。カメラの画素数はおよそ10億画素、これによって一度に多量の重力レンズ現象を観測することが可能になります。カメラは、来年にはすばる望遠鏡に取付けられ、観測が始まる予定です。このプロジェクトは来年度の終わりぐらいに観測を始めます。そして、おそらく5年くらいかけて観測することになりますので、最初の成果が出るのは、2016年ぐらいではないかと思われます。
現代物理学の礎を築いた物理学者アルベルト・アインシュタインです。アインシュタインの一般相対性理論によると、宇宙は重力によって収縮し、いずれつぶれてしまう可能性がありました。
当時、宇宙の大きさは変わらないものだと考えられていて、アインシュタインもそれを信じていました。そこでアインシュタインは宇宙を止めておくために、相対性理論の方程式にあるつじつま合わせをしました。
存在の確認されていない宇宙項を挿入したのです。宇宙項は暗黒エネルギーと同じように反重力を生み出すものでした。しかしその後、宇宙の膨脹が発見されると、アインシュタインは、宇宙項を取り下げ生涯最大の失敗と悔やんだと言われています。 今同じ性質を持つ暗黒エネルギーが世界中の研究者から注目されているのです。
暗黒エネルギーの量が生命の誕生と関係しているのではないかという説もあります。 暗黒エネルギーと生命誕生の関係をする研究者もいます。 ビッグバン直後の宇宙の研究でノーベル物理学賞を受賞したテキサス大学のスティーブン・ワインバーグ博士です。博士は私たちの宇宙の暗黒エネルギーは、生命が誕生する上でちょうど良い量だったと考えています。博士の考えでは、私たちの宇宙のほかにも宇宙は数多く生まれた可能性があるといいます。
しかし計算上、ほとんどの宇宙で暗黒エネルギーの量が多くなりすぎたため、銀河ができる前に宇宙にある物質は拡散してしまいます。一方私たちの宇宙は、暗黒エネルギーの量が極めて少ないケースだといいます。その結果、物質は拡散してしまうことなく、地球や生命が生まれることができたというのです。もしも暗黒エネルギーの量が今分かっている値よりも多かったら我々の銀河は形成されていなかったでしょう。銀河が作られなければ、惑星はできません。もちろん生命も誕生せず我々もここに存在することはなかったのです。我々の宇宙がたまたまちょうどいい暗黒エネルギーの量だったため、星や銀河が生まれ、惑星が誕生し、そこに生命が誕生できたと考えられるのです。
暗黒エネルギーの問題は、21世紀人類に課せられた最大の課題だと考えられます。一朝一夕では解けない問題ですが、今後の研究によって、暗黒エネルギーが宇宙の中でどのように発展してきているかがわかる日が、きっとやってくることでしょう。      (終り)

(写真は番組担当の安めぐみさんです。)