ダークマターの発見と謎の解明

以下の説明文はマイクと音声認識ソフトを使って記述したものです。

ダークマターの発見と謎の解明 アメリカワシントンにあるカーネギー科学研究所です。ある女性科学者の勤続45年を祝うパーティーが開かれていました。デバー・ルービンさん82才、今世界中で始まっているダークマター探しの発端となる観測データを世に送り出した科学者です。ルービンさんの研究テーマは、様々な銀河の中で星々がどんなスピードで動いているかでした。
例えばこれはアンドロメダ銀河で、およそ2000億個の星が渦を巻くように銀河の中心を回っています。
星の光の波長を分析すれば、スピードが分かります。 これが星の光の波長をあらわすスペクトラムです。スペクトラムを見ることで星の動く速さを正確に読み取ることができます。彼女が観測のために利用していたのは、ドップラー効果という現象でした。
近づいて来る物体の光は本来のものより青っぽく見え、遠ざかる物体の光は波長が長くなって赤っぽく見えるのです。この原理を利用して、彼女は銀河の星の光の波長を測定し、それぞれがどのようなスピードで動いているのかを調べていきました。
ところが、その過程で、予想外の結論に行き付いてしまいました。星のスピードは予測されていたよりも、はるかに速いことがわかったのです。速いスピードで動いている星がなぜ銀河から飛び出さずにまわることができるのか。銀河の中に、星を繋ぎ留めて行くだけの強い重力の源となる、見えない何かが存在しなければ、つじつまが合わない現象でした。1970年この発見がダークマターの存在を初めて世界に印象づけたのです。
学会の冷たい反応、しかし、彼女は精力的に研究を続けました。そして、1970年代の末までに実に100を超える銀河で星の動きをつぶさに調べ上げました。その結果、すべての銀河で星のスピードが計算から予測されていたよりも速いことを証明したのです。
1980年代以降多くの科学者たちがダークマターの謎に挑む事になりました。ダークマターの正体として多くの科学者が真っ先に思いついたのが、望遠鏡では見えない暗い星が大量に存在しているのではないかと言うことでした。宇宙には矮星やブラックホール等と言った、光を出さないにもかかわらず非常に重い天体が数多くあり、それが大きな重力の源になる可能性が指摘されるようになっていました。
その観測のために、天文学者のベネット博士が使おうと考えたのが、重力レンズというアイディアでした。重力レンズとはアインシュタインが1936年に提唱した現象です。宇宙空間を直進する星の光は重い星の強い重力の影響を受け、その進路が曲げられることがあります。
そのため、光っている星を暗くて重い星が横切った場合、光っている星の輝きが一気に増したようにみえ、通過後また元の明るさに戻る現象が起きるはずだというのです。明るさを増してまた元に戻る星を見つけるという単純なアイディア、ベネットさんのアイディアは瞬く間に世界の注目を浴びました。世界六カ国25人からなる観測チームが重くて暗い星の探索に乗り出しました。観測チームは可能性が高いとされた星空の一角を82の区域に分け超高感度カメラを向けました。
その中の10,000,000個を超える星の明るさの変化を、日々観測し続けたのです。観測開始から3年、ベネットさんたちはついに目標としていた現象を発見しました。暗くて重い星が存在することを示す確かな証拠に世界中の研究者たちが色めき立ちました。しかし、この考えは時を経るにつれ少しずつ支持を失っていきました。彼らが7年間かけて発見した星がわずかの13個にとどまったからです。もし暗い星がダークマターの正体ならば、計算上100個以上見付らなければ辻褄があわない、という意見が相次ぎました。

名古屋大学の中村光洋さん、中村さんが手がかりにしたのは、20世紀後半に急速な発展を遂げた素粒子物理学でした。ダークマターの正体は小さな素粒子ではないかというのです。
1970年代にはあらゆる物質を形作る素粒子リストが出来上がっでいました。合計25個の素粒子によって宇宙のすべての物質が形づけられていると考えられるようになっていました。
例えば、二つのアップクオークと一つのダウンクオークをグルーオンが結びつけて陽子を作る。さらにその陽子と電子を光子が結びつけることで水素原子が作られるのです。
素粒子のリストを完成させた1人で2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さん。 益川さんたちがまとめた素粒子物理学の考え方は、標準理論と呼ばれます。 原子等の物理現象のすべてが標準理論によって説明可能なはずだ、と言う空気が当時漂っていたといいます。
中村さんはダークマターの正体も標準理論が示す素粒子のリストの中にあるはずだと考えていました。リストの中からダークマターの候補を搾り出すのにそれほどの時間はかかりませんでした。その結果、最後に残ったのは、ニュートリノと呼ばれる3個の素粒子でした。ニュートリノはこの宇宙に膨大な数が存在することが知られていました。しかもニュートリノはあらゆる物質をすり抜ける性質を持ち、ダークマターの候補として相応しいと考えられたのです。
ニュートリノ一つ一つの重量がある程度より重ければ、ダークマターの問題は解決する。ところが丁度その頃日本ではニュートリノについてのもう一つの実験が行われていました。巨大観測装置スーパーカミオカンデを使った東京大学の研究チームです。スーパーカミオカンデは10,000個以上の光センサーを駆使しニュートリノの質量に関する精密な観測に成功したのです。 その結果が示していたのは、三種類のニュートリノのうち最も重いものでも中村さんが想定していた質量の100分の1にも満たないというものでした。ニュートリノがダークマターの正体だという考えは否定されたのです。
二十世紀の末ダークマター探しは暗礁に乗り上げる形となったのです。
そして21世紀ダークマターに関する新しい情報が次々と飛び込んでくることになります。2001年 NASAが打ち上げた観測衛星ダブリューマップ。宇宙のあらゆる方向から届く電波を調べ上げました。
そしてその電波の強さから宇宙全体の温度の分布を計算し、さらにそのパターンから宇宙に存在する物質の総量を割り出したのです。その結果は驚くべきものでした。これまでに観測した銀河や星間ガスなどの物質をすべて足し合わせても、全体のわずか15%に過ぎないことがわかったのです。実に85%の物質が未知のものだということが確認されたのです。
東京大学の吉田直樹さんはコンピューターで宇宙が誕生して以降の様子をシミュレーションしました。そして、ダークマターが存在しなければ、例え宇宙が誕生したとしても、何も起こらないことがわかったというのです。 137億年前に起きたといわれるビッグバン、その瞬間様々な物質が誕生します。もしダークマターが存在せず普通の物質だけだったとしたら一体どうなるのか。10億年たっても100億年たっても物質は互いの重力だけでは集まることができず、たった一つの星さえ輝けることはありません。星ができなければ、生命誕生に欠かせない酸素や炭素と言った元素も生まれません。
一方こちらは、普通の物質に加え、ダークマターが存在する場合のシミュレーションです。宇宙誕生から間もなくダークマターの重力に手助けされ普通の物質が徐々に集まってきます。やがてそれは大きな塊となり、宇宙誕生から3億年後、最初の星ファーストスターが誕生します。
さらに、ダークマターの重力は銀河の誕生も後押しします。ビッグバンから10億年後銀河が次々と生まれていきました。そしてその後、無数の銀河が宇宙の大規模構造として知られる網の目のような姿を形成していきます。これもダークマターの重力があって初めて作り出されたものでした。ダークマターがなければ現在の宇宙はできなかったことが明らかになったのです。
ダークマターが星や銀河を作る役割を果たすと考えたとき、その正体が水素原子の数十倍から数千倍のかなり重い素粒子であれば、、辻褄が合うというのです。
しかし、そんな素粒子の存在はどこにも確認されていませんでし
た。
ところがダークマターの研究とはまったく懸け離れた場所でその手がかりが見付かることになります。
原子物理学者のピエール・ラモンさん、彼の興味は、実験や観測の結果にとらわれることなく、純粋数学を使った論理法則を頼りに、すべての物理法則を導くことです。
ラモンさんが辿り着いた結論の一つに、標準理論には超対称性と呼ばれる重要な性質が欠けていると言うことが有りました。 この超対称性がその後ダークマターと意外な形で結び付く事になるのです。 
 この概念が非常に重要である理由は、標準理論を使ってある計算をすると、無限大と言う意味を持たない結果が出てしまう事がありましたが
超対称性を組み込んだ理論ならこうした困難が消え去ってしまうという事でした。
この超対称性理論を手がかりに、ラモンさんは今、標準理論を越える究極の物理法則の構築に挑んでいます。 ところがこの理論には一つ困った事がありました。 超対称性理論では、標準理論の素粒子のリストを、丁度鏡に映したような新たな素粒子、超対称性粒子が存在しなければならないのです。 そんな素粒子の存在は影も形も無い事が理論の最大の壁となっていました。
ところがラモンさんが考える超対称性粒子の一部がダークマターの正体ではないかと考える研究者たちが現われ、事態は一気に動き出します。その一人、東京大學の村山斉さん、天文学者が辿り着いたダークマターの存在と、理論物理学者が必要だと考えた超対称性粒子の存在、もしこの二つが同じものであれば様々な難問が一気に解決できると考えたのです。
最近の超対称性理論によると、超対称性粒子の中には、水素の数十倍から数千倍の重さを持つ粒子が存在する可能性が高いことが分かって来たのです。それは宇宙の進化のシミュレーションから明らかになったダークマターの重さとぴたりと一致するものでした。 私たちが暮らすその直ぐ傍に、見える物質よりはるかに大量の、見えないダークマターが満ち溢れ、それが私たちをすり抜けながら存在する。 にわかには信じる事が出来ないこの世界の不思議な実像が明らかになって来たのです。
今世界各国の研究チームがダークマターの探索競争を繰り広げています。 目指すは超対称性粒子の発見です。中でも最も資金を注ぎ込んで実験を行っているのが、世界最大の研究機関CERNです。 CERNには世界63カ国から4000人以上の研究者が集まっています。CERNが進めているのは、地上最大の粒子加速器を使った陽子の衝突実験です。直径9kmの巨大な装置で超対称性粒子が生れたビッグバン直後の高エネルギー状態を再現、超対称性粒子を人工的に作り出してしまおうというのです
研究者が言うには「私たちは、加速器によって、ビッグバンの百億分の一秒後に当たる高エネルギーの状態を作り出しています。それによって宇宙初期に起きていた物質の反応を再現し、当時生れた超対称性粒子を発生し観測しようとしているのです。」
衝突の前後のエネルギーの行方を丹念に調べれば、見えない超対称性粒子の存在が分かるというのです。2つの陽子が衝突すると無数の粒子が飛び出してきます。 ですから下半分に沢山のエネルギーが観測され、同様に上半分でも観測されます。 
普通なら上と下のエネルギーは一致します。 ところがダークマターである超対称性粒子が上の方に現われたとするとその姿は見えず、エネルギーも観測されません。 これがダークマターの創り出された証拠となると言うのです。CERNでは実に3兆回を越える衝突を観測し、データを蓄積しました。 未だダークマターの存在を示す証拠が見付っていません。
これからの実験に期待が寄せられています。
世界各地で本格化しているダークマターの探索、その中でも最も期待が集まっているのが日本の研究チームです。 2011年4月に稼動し始めたXMASS、世界の期待を集める理由は2つあると言います。 一つは、ダークマターの正体となり得る超対称性粒子に的を絞ったユニークな観測装置、その中にはマイナス100度に冷やされたキセノンと呼ばれる物質が液体の形で封入されています。 キセノンの特徴はその原子の重さが水素の130倍だと言う事です。 超対称性粒子とほぼ同じものを選んでいます。
XMASSに期待が集まるもう一つの理由は、装置の中で液体キセノンを取り囲むように配置されている超高感度の光センサーです。  これは世界中で使用されているセンサーの50倍以上の性能を誇っています。
実験の責任者である鈴木さんの説明を分かり易く例えると、次の様になります。 
ごく稀にダークマターの粒子がキセノンの原子と衝突する時、同じ位の重さであれば、ビリヤードの球同士の衝突の様にダークマターの動きがキセノンの動きに置き換わり易くなります。
研究チームは観測装置の中の642個の光センサーを24時間体勢で観測し続けています。 計算によると装置を通り抜けているダークマターの個数は毎秒およそ2000個、その内キセノンとの衝突を起こす回数は、数日から数十日に1回です。 研究チームはその僅かなチャンスに賭け、観測を続けています。 
左の写真は、ダークマターに突き動かされてキセノン原子が発するごく僅かな光を捉える為に、特別に開発されました単体の光センサーです。
早ければ一年以内にダークマターにぶつかるのではないかと大きな期待が寄せられています。


                   (終り)