マネー資本主義の欠陥(2009年5月31日

 

  1. テレビ番組「マネー資本主義」を見て

    20096月のホームページに、NHK4月中旬に放送した「マネー資本主義」(1)の概要を記載した。 2007年のサブプライムローンに端を発した金融大恐慌の全貌を具体的に明らかにしている。 このシリーズは第6回まで続く予定である。

    私も、今回の大恐慌は、アメリカの投資銀行が詐欺まがいの商法で大金を手にした、金融資本主義時代の末路であると考えていたが、この放送やこの事件を扱ったちくま新書「閉塞経済」−金融資本主義のゆくえ(金子勝著)などを通して、例えば日本政府の採っている超低金利政策などが、今回のバブル崩壊の大きな原因の一つになっていた事を知った。

    日本から低金利マネーを借り、これをアメリカなどの高金利市場で運用する「金あまり現象」がサブプライムローンなどリスクの高い金融商品ビジネスの火に油を注いでいた。 アメリカを中心にして世界中が今回のバブルをサポートしていたと言う事を思い知らされた。 自由資本主義経済の危険な脆さと本質的な欠陥を実体験し、世界中が不景気のどん底に突き落とされた。 以下、マネー資本主義の欠陥について考えてみよう。

  2. バブルはなぜ起きるのか

    上記「閉塞経済」を参考にバブルの発生原因を考えてみる。 バブルが頻発するようになったのは1980年代の「金融の自由化」があって以降である。バブル経済になる基本前提として、「金余り状態」になると言うことがある。 金融を自由化すると、それまで封じ込められていたお金がより自由に動き回れるようになる。 具体的には、証券業務と銀行業務の垣根を取り払う。 金利の自由化をする。 金融商品を自由に作れるようにする。 為替取引を自由化する。 この様な自由化をすると、為替取引のリスクをヘッジする為のデリバティブ(金融派生商品)が生れて…と言う風に、複雑な金融商品がどんどん生れて来る。 サブプライムローンを証券化した金融派生商品もこうして生れた。

    本来の設備投資や消費や貿易取引と言った実需要を上回って、お金が余っているので、誰もが、値上がりを期待できる資産が有れば、そこに集中するようになる。 例えば「土地神話」とか「IT革命」とか、だれもが共通して信じられる「神話」ができれば、たちまちバブルの火種に着火する事になる。 バブルは実体から離れて資産の値段が上がってしまう事なので、当然、何時かははじけてしまう。 こうして、1980年代の金融自由化以降、「金余り」を背景にして、バブルとバブル崩壊が繰り返される経済が出来上がってしまった。 1980年代後半には、日本を含めて数多くの先進諸国で土地・住宅バブルが起きた。 1990年代には、ヘッジファンドを先頭にして国際的投機とその崩壊が繰り返された。 1992年の欧州通貨危機、94年のメキシコのテキーラ危機、翌年のアルゼンチンへの波及、1997年のタイのバーツの暴落に端を発した東アジア通貨危機、98年のロシアのデフォルト危機をきっかけとしたヘッジファンドのLTCMの破綻…が発生した。 更に90年代末から2000年に掛けて、今度はアメリカにおいてITバブルが起き、2003年から2007年まで米英両国などを中心にして住宅バブルが起きて、今崩壊したのである。
    「低金利を長く続けた」「金融緩和政策を長く続けてしまった」と言うマクロ政策の誤りは、投機やバブル経済の根本原因と言うよりは、これを加速する役割を果たしていたと言える。

  3. 金融革新とサブプライム問題

    2007年以降の、サブプライムローンに端を発する住宅金融危機も、証券化とデリバティブとグローバル化と言う金融革新が原因で、全世界に被害が波及してしまった。 バブル崩壊による不良債権の大量発生を回避する為に、債券を小口化した「証券化」と言う手法が考案された。 こうすればリスクを広く薄く分散できると考えた。 証券を小口化するだけでなく、更に証券をリスクごとに分類して、CDO(債務担保証券)と言うデリバティブ(金融派生商品)を作る。 優良貸付先は「プライム」で、真ん中に「オルトA」。 それから低所得者向けの「サブプライム」。 サブプライムは債務不履行のリスクは高いけれども、ハイリターン(高収益)である。 「プライム」はローリスクだけれども、低金利で貸すのでローリターン。 こうしてリスクごとに切り分けた証券に、消費者ローン、自動車ローン、中小企業ローンなどの担保債権を組み合わせて、CDOと言う債務担保債権を人為的に組成する。 こうすれば、年金基金など安全指向な機関投資家、ハイリターンを求めるヘッジファンドやSIV(投資ピークルと言う運用会社)など、顧客のニーズ別に金融商品を提供できる様になる。 サブプライムローンが焦げ付いたとしても、他の優良証券が色々有るから上手く打ち消され、個別のリスクが発生しても広く薄く吸収されるので大丈夫だと考えた。 こうすれば、かっての様に、貸し付けた個人や企業が倒れても銀行が不良債権を丸々抱える事にはならず、リスクは世界中に広く薄く分散されて、危機が回避できるはずだった。ところが、住宅バブルが崩壊してしまうと、リスクが切り刻まれて世界中にばら撒かれてしまうので、かえって危機が拡散してしまうのだ。 高度な数学を駆使する「金融工学」は、個別の金融商品の設計は出来ても、金融市場全体のリスクを管理する事は出来なかった。こうして、金融革新の手段がかえって金融危機を深めてしまったのである。

  4. これからの見直し

    今回の大恐慌でマネー資本主義の時代が終焉を迎えるとは思われない。新しいパラダイムの時代が到来するまでには、今回の反省を込めてこれから長い歳月の紆余曲折した模索が続くだろう。

    日本でも構造改革が所得格差をもたらし、さらに今回の金融大恐慌が実体経済におおきな打撃を与え、不景気とリストラの嵐が吹き荒れている。 政府も多額の税金を投入して景気の回復を計ろうとしているが、その効果はなかなか出ない。

    バブル発生に対し適切な対処法を示す経済学が確立されていない。 所得配分の公正さについても、「機会の均等」(皆が同じスタートラインに立てる事)を主張する構造改革論者と「結果の平等」を主張する一派が議論を戦わせているが、資本主義の基になっている私有財産制が持つ欠陥を如何に除去するか、資本主義の根幹に関わる問題だけに解決法を簡単に見出す事は出来ない。

    福祉や教育が充実して、いわゆる「大きな政府」と呼ばれるフィンランドやスエーデンやデンマークは、国際競争力ランキングでは常に上位を占めている。 北欧諸国のような福祉が充実した国では、人々が安心して暮らせる。 所得再配分、相続税が高い事によって、世代にわたって階層が固定化されることが無いので、社会流動性が非常に高い。 それから、これらの国々は教育に対して巨額の投資をしている。 教育と言うインフラ投資を続けて行かなければ、その国は衰退に向かうのは目に見えている。

    教育が中長期のインフラ投資であるとすると、急いで取り組まねばならない産業戦略がある。 それは自然再生エネルギーを軸とした環境エネルギー分野である。この様な問題に対処するには経済学の言う市場メカニズムに任せては置けない。 今、欧米では自然再生エネルギー産業革命に取り組んでいる。 燃費の悪い大型車ばかり作っていたGMも破綻寸前に追い込まれている。 日本は石油ショックを契機として環境技術や省エネ技術を開発し世界の先頭を切っていた。 しかし、今では日本は国際的リーダーの地位を失いつつある。 これからは、やはり、自然再生エネルギー革命の時代に入るべきである。 それを通して、クリーンな経済成長を模索する努力を続ける事が、これからの我々に課せられた最大の課題となるだろう。