世襲制度の欠陥(2009年6月7日)

  1. 私有財産相続の是非

    社会が私有財産制を認めてから長い歴史を経てきた。 資本主義の時代に入り、親の遺産を相続し、引き継いだ会社を更に発展させた2代目経営者もいるが、競争の激しい経済界では、後継者よりも優れた経営者に会社経営を任せるケースが多くなって来た。経済界での世襲制はほとんど影を潜めた。

    世襲制が存続しているのは、天皇制、国会議員などに限られて来た。 北朝鮮は共産国家であるが、国家権力は金一家が握っており、次の総統は選挙で選ばれず、金総統の3男が世襲する事になっている。 こう言った独裁国家は、近い将来必ず没落して行くであろう。

    最近、日本では国会議員の世襲制が問題になっている。 親の地盤、看板を引き継いだ2世議員が国会議員の半数に迫り、実力以上に昇進して時に脆さを曝け出している。 福田元総理、安部前総理は、難しい政局を打開できず、匙を投げて勝手に辞任して行った。 現総理の麻生氏も3世議員であるが、やはり世襲議員の脆さと能力の限界を感じさせる。

    私有財産相続や議員の世襲制は、公平で活力ある社会を構築する見地からは望ましい事ではない。 本当に見識のある人物が、会社でも国会でも正当に評価され選ばれる社会が、より自由で平等な社会であり、本人の実力が有効に活用され進化する社会である。

  2. 世襲制度の廃止

    現代の社会は家庭レベルでも世襲制を温存させる構造になっている。例えば、金持ちの息子は授業料の高い私立大学に進学し、高等教育を受けて親の後を継ぐ。 貧乏人の息子は大学に進学できず高校を卒業すると就職する。 学歴社会はいくぶん解消したが、まだ完全な実力社会にはなっていない。 小泉内閣が推し進めた構造改革により、ワーキングプアーが大量に発生し、貧富の格差が拡大した。 彼が推し進めた派遣労働制度の規制緩和により、企業側は労働コストの削減に成功した。 世界的に競争の激しい時代に突入しているが、産業を保護して勤労者を犠牲にするこの政策は、間違っていた。 郵政民営化を推進する小泉氏に賛同して、自民党は多くの衆議院議席を得た。 しかし、一方でこの様な政策が推し進められている事は、皆の関心を引かなかった。 国民も馬鹿ではない。 次の参議院選挙では自民党が敗北し、衆参議院のねじれ現象が起きて、政治の運営は一段と厳しさを増している。 自民党は今選挙をすれば衆議院で敗北すると読んでおり、景気対策の緊急性を口実に引き延ばし作戦をとっている。 日本の民主主義もまだ未発達の状況にある。
    選挙をする国民の側にも、判断の甘い、情実に流されるところがある。 その証拠に、世襲議員はほとんど当選する。 こうなれば選挙も人気投票の様なものだ。 そう言えばテレビなどで知名度の上がった漫才師やスポーツ選手なども大抵当選する。 

    日本国家を本当の民主主義国家にするには、国民一人一人が、もう少し政治とまじめに取り組まねばならない。 世襲候補者を厳しく査定し、人気に惑わされて簡単に投票しない見識を持つ必要がある。 そうすれば世襲議員は次第に減って行くだろう。

  3. 貧乏人の救済

    世界には、貧富の差が激しく、国民の大多数が貧乏から抜け出せない国が多く存在する。 換言すれば、彼らは「貧乏」の世襲をしている事になる。 

    例えばバングラデシュは最貧国のひとつであるが、貧乏な農民たちは高利貸から金を借りて、一生懸命内職をし生計を立てていた。しかし稼いだ金は、高利貸の高い利子の支払いにすべて吸い上げられてしまい、永久に貧乏から抜け出せないでいた。 彼ら貧乏人の4割は一日2ドル以下の生活を強いられた。 「貧乏」の世襲は今の資本主義社会が持つ一つの欠陥である。 なんとかして貧乏人を救済できないかと考え、それを実行した人物がいる。 その人物はチッタゴン大学の経済学部長を務めていたムハマド・ユヌス氏である。

    彼は、大学近くの村の農民たち42人が高利貸から総額27ドルの融資を受け、その返済に苦しんでいる姿を見て、それを返済してやり、まず高利の呪縛から彼らを解放した。 彼は貧乏人に担保無しで少額融資するマイクロクレジットと言う制度を思い付き、グラミン銀行(グラミンは田舎とか村を意味する)を設立して貧困層の救済に乗り出した。 融資を受けるには5人が1グループとなって元金返済の連帯保証人となり、お互いに小規模な事業(陶器造りや竹細工など)を始めて金を稼ぎ、少しずつ返済に充てていく。 現在の返済率は98%を維持しており、貧乏だった人々は、稼いだ金で事業を拡張して家を建てたり、銀行の奨学金で子供を大学に入れたりして、貧乏から脱却しつつある。 現在彼は、自分が設立したグラミン銀行の総裁であり、2006年にはその功績によりノーベル平和賞を受賞している。 
    現在の資本主義社会には貧乏人に無担保で金を貸す銀行はない。 資本主義は利潤の最大化のみを目的にしており、今回の世界金融危機も利潤の追求が極度に肥大化した結果発生した。 資本主義の下では、貧乏人が貧乏から抜け出す道は永久に閉ざされている。 彼らは仕方なく高利貸から金を借り、高利の返済のためにのみ働かされて、高利貸を儲けさせている。 これが今の資本主義社会であり、金持ちはますます金を稼ぎ、貧乏人は永久に救済されない仕組みになっている。 この資本主義経済の欠陥に気付き、貧乏な人達を救済するシステムを創造し、それを実行したのがグラミン銀行総裁ユヌス氏である。 現在、マイクロクレジットの制度は世界60カ国に拡大し、1億人の世帯が恩恵を受けている。 バングラデシュ国内だけで2,500を超える支店を持ち、2万人を超えるスタッフが働く大銀行に成長した。  
    ユヌス氏は
    2006年、ソーシャル・ビジネスを立ちあげた。 バングラデシュでは5歳以下の子供のうち200万人が栄養不良の状態にある。 ソーシャル・ビジネスとは例えば、グラミン銀行と世界的な大企業が共同で出資し事業を展開するが、投資資金を回収する以外は、獲得した利益を株主などへ配当せず、すべて設立目的である社会救済事業に注ぎ込む企業活動である。 まず最初に彼は、フランスに本拠を置く世界的な食品企業ダノン・グループ(年間売上2兆円)と組んでソーシャルビジネスのヨーグルト製造合弁会社を設立し、バングラデシュの子供達に、ダノンの持つ栄養豊富なヨーグルト製造のノウハウを生かして、一個わずか9円のヨーグルトを提供する様にした。 ダノンにとっては社会的貢献をしていると言う会社のイメージアップに繋がるメリットがある。 ソーシャルビジネスは慈善事業ではないとヤヌス氏は言う。 普通の企業活動をしながら事業を拡張し、そこで得た利益を社会事業に投入できる新しいビジネススタイルである。 「貧困は人間社会が生み出した社会的欠陥である。 どこで生まれたかに関係なく、すべての人が持つ無限の可能性を信じれば、世界は変えられる。」 ヤヌス氏はそれを信じ、日本のODA資金をソーシャルビジネスに回すよう訴えている。 ヤヌス氏はまた、地球温暖化による祖国の水没を阻止すべく、世界に訴えている。 バングラデシュの国土の20%は海抜1m以下で、すでに度重なる海からの浸食と洪水に悩まされている。 塩害によって農業は大きな打撃を受けつつある。 ヤヌス氏は1990年代後半、太陽電池パネルを無電気部落に配布するソーシャルビジネスを立ち上げ、テレビや携帯電話が使える町造りに取り組んでいる。 利潤の追求のみが目的の資本主義では平和で豊かな社会や幸福を分かち合える社会は実現できない事が分かって来た。 近い将来、ソーシャルビジネスを主軸とする新しいパラダイムの時代が到来する予兆を感じる。 (最終章はNHKが最近放送したプレミアム8・未来への提言を参考に記述したものです。)