男がいなくなる?(2009年1月27日)

NHKハイビジョンが2009年1月18日、”女と男シリーズ‐(3)”「最近科学が読み解く性」と言う非常にショッキングな番組を放映した。 あと数百万年か、もしかしたら遠くない将来に男性遺伝子が消滅し、男が生れなくなって人類が絶滅するかもしれないと言う内容だった。 人間社会が育んだ一夫一婦制が男性の精子を退化させ、男性の性を決定するY遺伝子が消滅の危機にあると言う、近代科学が読み解いたショッキングな話である。

2002年科学雑誌「ネイチャー」誌に「Future of Sex」と題する論文が発表された。 オーストラリアの女性生物学者が指摘したのは、人間の性染色体(X,Y)の内、男性の性を決定するY染色体は、1億6600万年前に出現して以来退化を繰り返し、現在では最初持っていた1000を越える遺伝子が78個まで減少していると言う厳然たる事実であった。
その様子をグラフに描いて、外挿法でY染色体の消滅時期を予測すると、あと約500万年で消滅すると推定される。
消滅などの突然変異は偶然に支配されるので、悪くすればもっと短い時間で消滅する事もあり得る。
X,Y染色体で性を決定するのは、哺乳類の特徴である。
女性はX染色体を2個持っており、男性はX,Y染色体を1個ずつ持っている。 2つの染色体は一方は母親から、もう一方は父親から受精によって与えられる。 父親からX染色体をもらった子は女性になり、Y染色体をもらった子は男性になる。
したがって、男の子には父親のY染色体がそのまま引き継がれる。 これに対し、女の子には両親からX染色体が2個与えられ、受精の過程で融合分離して新しい遺伝子構成のX染色体となる。
すなわち、X染色体は親から子に移る時遺伝子構成を変える。Y染色体は、遺伝子構成を変えないで父親から男の子にそのまま引き継がれる。
そのため、各世代同じY遺伝子を持つ男性の系図を遡れば先祖の一人の男性まで追跡できる。
むかし、イギリスで北欧のバイキングを撃退した英雄「サマーレッド」の系図を遺伝子レベルで検証しているイギリスの生物学者は、現在、彼の子孫である男性(サマーレッドのY遺伝子を持つ男性)は50万人いると報告している。
 
遠い昔、1対の同じ遺伝子の片方に男性の性を決定する遺伝子が出現し、精子を作る遺伝子も発現した。 こうして長い進化の過程で、哺乳類の1対の遺伝子はX,Y染色体となって独立した。 人間の持つ24対の染色体は両親から同類の染色体を1個づつ貰って対をなす。 この場合、片方の染色体の一部が壊れても対を成す染色体の助けを借り修復できる。 男性の持つX染色体は一個しか無いが、女の子が生れると一対を構成できる。 しかし、Y染色体は男の子にしか移らないので常に対をなす染色体がなく、一部が破壊しても修復できず、そのまま子孫に伝わる。
X,Y染色体への分離独立により、メスとオスがそれぞれ50%づつの確率で生れる様になった。
しかし、Y染色体は男親から一個しか子供(男の子)に与えられなくなった為、突然変異などでなかの遺伝子が破壊されても修復されず子孫に伝えられ、次第に遺伝子の数を減らして行った。
哺乳類以外の動物には、メスだけで卵を産む「処女懐妊」の事例がある。 イギリスの動物園にいるコモドドラゴンのメス「フローラ」はオス無しに卵を産み、その内7個が孵化して順調に成長している。
熱帯魚の「カクレクマノミ」は性転換をする事で有名である。
群れの中の一番大きいのがメスになり、もう1匹がオスになる。
メスが死ぬと、残ったオスがメスになり、その他の群れからオスができる。 しかし、哺乳類は性染色体で雌雄を決定するので、この様な性転換は出来ない。
大型恐竜が繁栄した1億数千年前、我々の祖先は夜行性のネズミであった。 恐怖に怯え細々と暮らしていた。
しかし、幸運にも哺乳類は、卵生ではなく胎内で子供を育てると言う機能を獲得し、厳しい環境条件でも生き続ける武器を手に入れて行った。 こうして恐竜絶滅後、大きな繁栄と進化を勝ち取る事になる。
しかし、哺乳類の進化には大きな問題が内包されていた。
受精卵は子宮の内壁に着床し、そこに胎盤を形成して胎児のへその緒と繋ぎ、血液を通して酸素や栄養を供給する。
その胎盤を形成する遺伝子は、男性の精子から供給される為・、男性がいなくなると女性は子供を産めなくなる。
すなわち、Y遺伝子が消滅すると、胎生による生殖が不可能になる。 これは全哺乳類が持つ宿命である。
哺乳類でY染色体が完全に消滅した種類がいる。
それは日本の琉球列島にいる「トゲネズミ」の種類で、アマミ・トゲネズミとトクノシマ・トゲネズミである。
トゲネズミにはY染色体は無い。
しかし、胎盤を作る遺伝子や精子を作る遺伝子が、オスの提供する他の染色体に移動しており、ちゃんと胎生で子供を産んでいる。 しかし、これは偶然の突然変異で生じた事であり、Y染色体が消滅したら人間の精子の遺伝子もこの様になる保障は無い。
人間の男性が持つY染色体の消滅は、まだ遠い将来の事であるが、現代の人類は既に生殖上の大きな問題を抱えている。
それは射精する精子の数が大きく減少している事である。
デンマークで3500人を調査した結果、精子濃度の分布は左図の様になった。 20%が2000万以下で授精不能、40%が4000万以下で授精不能予備軍に入る。 これは日本でも同程度である。また調査結果によると精子の85%に機能不全がある。
左図はチンパンジーと人間の精子濃度の比較である。
チンパンジーの生殖は「乱婚」であり、多くのオスと交尾する。 したがって、精子間の競争に勝ったものの子孫が残り、精子濃度が高く維持されている。
これに対し、人間は未熟児で生れる子育てに手間がかかる為か、一婦一夫の家族構成を採って来た。 その為、精子間の競争が少なく、優秀な精子を残す自然選択が行われなかったので、長い年月の間に精子が劣化して行ったと考えられる。
さらに、最近のフィンランドでの調査によると、最近5年間で、精子密度が27%減少している事が判明した。
これは自然淘汰が原因とは見なされず、公害、環境ホルモン、電波障害など、何らかの新しい環境要因によると考えられる。
この女性は「試験管ベービー」第一号で30歳になっている
1978年、この新しい試みは新聞で大々的に報じられた。
それ以来、生殖医療の発達により、人工授精で生れる子供は増え続けている。
最近では更に進んだ「顕微授精」も子供の出来ない夫婦に喜びを与えている。 これは細いガラス管に精子1匹を入れて、卵子に注入し受精させるもので、精子の競争など皆無である。
左図はデンマークで測定した「20歳女性の出生率」である。
出生率の低下は何とか食い止められているが、自然妊娠は減少しており、人工授精による出生の割合が14人に1人まで増加している事が分かる。
アメリカでは精子バンクが完備し、結婚しないで子供だけ欲しい女性が大いに利用している。 精子を提供するドナーの男性を、自分の好みで自由に選択できるコンピュータシステムが付属しており、ドナーの個人情報もデーターベース化されている。
カソリックの総本山バチカンでは、生命の尊厳を維持する為、生殖医療に色々な規制を掛けている。
最近のアメリカの実例を紹介しよう。
女性医師2人の同性愛者が近所に住む同じく医者の男性同性愛者から精子の提供受け、2人の子供をもうけて親子で生活している。 時々は同性愛者の父親を訪問し、家族付き合いもしていると言う。
顕微授精の開発者は言う。 子供の欲しい人を生殖医学でサポートするのは時代の趨勢であると。
しかし、これらの行為は人間の生殖機能の劣化を加速し、本当に男性のいない社会の到来を促進するだけではなかろうか。

人類の滅亡を回避出来るかどうかの危険な岐路に我々は立たされている。