文明病の脅威(07713日)

  1. アフリカ人は本当に不幸なのか

    アフリカのニュースが報じられる度に、アフリカ人が飢餓や疫病、低所得、種族紛争などに苦しめられている現状を知らされ、同情の念を禁じ得ない。

    しかし、生物学的な観点から見ると、厳しい自然淘汰に晒されているアフリカ人達は、文明病に侵されている我々先進国の人達より、本当は恵まれているのかも知れない。

    ホームページ記載の「退化する人類」で問題提起した様に、人類の多くは、文明を謳歌している反面深刻な文明病に罹っている。 その被害を受けていないのは、アフリカ大陸の貧しい国々の人達だけである。 文明の進歩は人間の生活を快適にする反面、環境汚染、資源枯渇、地球温暖化など今すぐ対処しなければならない欠陥を露にした。 しかし、もう一つの側面−はるか遠い将来に禍根を残す遺伝子レベルでの人類の退化−については、誰も警鐘を鳴らそうとしない。 目前に突き付けられた文明病への対処に忙殺されて、文明病が持つもう一つの恐ろしさに気付く人は少ない。

  2. 文明病の2面性

    あと何十年か経てば、アフリカにも文明の恵みが行き渡り、人類全体が文明病に罹る時代が来るだろう。

    そうなれば、最後まで残されたアフリカの橋頭堡が崩れ、地球全体が文明病の危険に晒される深刻な事態になる。 人類は既に顕在化している文明病−核拡散、環境汚染、温暖化など−は人智を尽くして解決して行くだろうが、文明病の持つもう一つのマイナス面−遺伝子レベルの退化−には注意を払わないで放置するだろう。 それらは、今すぐ人類に被害を及ぼす性質のものではなく、何万年か先に予想もしない災害をもたらす性質のものである。   文明の提供する便利さを敢えて捨てない限りその浸食を食い止められないと言う、厄介な代物である。

    50億年先に、太陽が赤色巨星になり、地球が飲み込まれて消滅する。 これは天文学が予想するほぼ間違いの無い事実である。 しかし、現代人でそれを心配している人はいないだろう。 50億年先の事など心配したって仕方が無い。 しかし、数万年先に起こるであろう人類の危機を、見過ごして良いのだろうか。

  3. 遺伝子レベルの文明病

    日本人も文明病に罹っているが、最も深刻な病害を受けているのはやはりアメリカ人であろう。 排気ガス喘息、化学物質アレルギー、オゾン層破壊、地球温暖化など、文明が齎す害毒には打てる対策があるが、長い時間を掛けて遺伝子を劣化させる文明病の側面には誰も対策を打とうとしない。 それらをを列挙すると、

    1. 自動車万能で脚力が退化する。
    2. 栄養を取り過ぎ、栄養吸収能力が退化して行く。
    3. 機械を使って道具を作るので、手先が不器用になる。
    4. 計算を電卓などでするので、脳の計算能力が劣化して行く。
    5. 先進医療や臓器移植などで遺伝病を克服するので、欠陥遺伝子が淘汰されないで蔓延する。 病気に弱い子供も生き残れる。
    6. 清潔な環境に生きているので、病原菌に対する免疫力が低下する。
    7. 活字を読み過ぎ眼鏡を掛けるので、視力が低下する。
    8. 雑音の中で生活するので、聴力感度が退化する。
    9. 真面目に働かないで楽して稼ごうとし、悪知恵、狡猾、怠惰な遺伝子が蔓延する。
    10. 体を使って仕事をしないので筋力や運動神経が退化する。

    他にも我々が気付いていない遺伝子レベルの文明病が、密かに現代人を蝕んでいるかも知れない。 侵されている本人が気付かない所にその怖ろしさがある。

    有史以来人間は道具を使い、楽して生活する事に専念して来た。 これからも医療や機械文明は発達の一途を辿るだろう。 そうして数万年が経ち、人類が薬無しでは健康を維持できなくなるのを見計らって、どんな薬も効かない薬耐性菌が出現し、過っての黒死病の様に猛威を振るう事態が起きないだろうか。 免疫力の落ちた人類に突然変異で発生した凶悪な細菌が襲い掛かる事は無いだろうか。 エイズの何倍も巧妙に人間の免疫系を破壊するウイルスが出現した場合、将来の文明病患者ははたしてそれに打ち勝つだけの体力を持っているだろうか。 心配すれば切りが無いが、新薬の出現でますます強力になるウイルスや細菌とのイタチゴッコで人類が滅ぼされる可能性は充分にある。

    ウイルスや細菌の進化や多様化は人間の対抗力をはるかに凌駕している。 分裂周期は短いし、ランダムに進化する個体の数たるやまさに無限大である。 止めどなく繰り出して来る攻撃にすべて対応する能力は人間には無い。

    自然は生物を、成すがままに生かしておいて自己矛盾に陥るのを気長に待ち、欠陥を自己修正できないものは容赦なく見捨てる、非情な空間なのである。 そこに生きるものは、常に将来動向を察知し、生存の道から外れない様細心の注意を払わねばならない。 文明に頼る事自体が既に自己矛盾に陥っているのである。

  4. 遺伝子退化のメカニズム

    暗い洞窟で暮らす動物は大抵視力が退化する。洞窟の内外を問わず、視力を退化させる遺伝子変化は数十万分の一位の低い確率で発生する。 洞窟外では、この様な遺伝子を持って生まれた子供は生きていけないので、子孫に広まる事は無い。 しかし、洞窟内では、生存に支障が無いので、子孫に引き継がれて行く。 こうして、良性遺伝子と悪性遺伝子が生存競走を始める。 そうして、大抵の場合、悪性遺伝子が勝つ。 何故か?

    私の仮説では、視力を失った個体はそれを補うため臭覚、聴覚、味覚などの感覚が正常な個体より鋭くなり、生存に有利に働くのではないかと思う。 正常な個体も闇の世界では視覚以外の感覚が鋭くなるだろうが、微かな光が邪魔をして、中途半端な鋭さに終わる。

    例えば、視神経に使用される脳細胞は他の感覚に割り当てられる脳細胞より多いが、完全に視力を失った個体では視神経に割り当てられる予定の脳細胞がすべて臭覚などの感覚器官に割り当てられ、暗闇での獲物獲得などに有利に働く。 これによる繁殖率の向上が世代を重ねるごとに複利で累積され、最終的には悪性遺伝子が良性を駆逐する結果となる。

    この様に、退化の進行は予想しない速さで進行する。

    一例を挙げると、チンパンジーやゴリラなどの類人猿は人間も含めビタミンを体内で合成する酵素を持たない。 果物などビタミンCの多い食べ物を食べている内に、遺伝子が不活性化し、以前持っていたビタミンC合成酵素を作る遺伝子が退化してしまった。

    チンパンジと人間では遺伝子の違いは1.5%しかない事が分かっているが、この差分は400万年前チンパンジと袂を分かってから今日まで人間が失った野性的な遺伝子ではないだろうか。 確かに一つの有用な遺伝子を失うには数十万年以上の時間が掛かる。 しかし、不要になった遺伝子はその間退化の道を着実に進む。 しかも、それは文明の急速な進展と歩調を合わせて加速されるかも知れない。

  5. 生物の生残り戦術

    生物が地球上に現れてから36億年、その間絶滅と生存を繰り返して来た生物の生残り戦術は何であったか。 環境変化に対する巧妙な適応と言ってしまえばそれだけの事であるが、もっと大局的に考察すると、その戦術は「生物の多様化」にあった。

    生物の進化は「ランダムプロセス」であり、結果的には環境に適応する様に進化しているが、やっている事はあくまでも多様化であって、多様に変化した結果、宝籤に当たる様に上手く環境変化に適応したものが少数種生き残った。 殆どの多様化は失敗に終り、絶滅に追いやられた。 ランダムに多様化したものから自然選択によって合格したものだけが生き残った。 非常に効率の悪い方法であるが、多様化すればするほど生き残る確率は高くなる。 遺伝子をコピーして生命を存続する生命体にとって、最も巧妙な生残りの戦術は「多様化」にあった。

    しかし、文明病に対処するにはこの戦術は取り難い。

    現在の人類は一種類である。 黒人、黄色人種、白人に分かれているが、相互の合いの子ができ、合いの子にも生殖機能が完全に備わっている。 この事実は、肌の色は変っても人類は同一種である事を意味する。 地球上に生物の種は数千万から数億あると推定されるが、これらの種相互間の交配、出来た雑種の交配は出来ない。すなわち、種とは他の種と交配して繁殖できない−交配隔離された−ものを言う。 だから、人間は多くの民族に分かれているが、生物学的に云うとすべて同一種なのである。

    ただ、同一種であっても、皮膚の色を決める遺伝子は複数個持っている。 それ以外にも染色体の同じ座位に異なる遺伝子を多数持っている。 だから色々な民族が存在する。

    これも一種の「多様化」ではあるが、同一種内多様化であり、生物の種間多様化とは異なる。 遺伝子レベルの文明病に対処するにはこの多様化では不十分である。 

    グローバリゼーション、コミュニケーションの発達によって、人類は種として共通化の方向に進んでいる。 人間を除く生物では、同一種内の遺伝子は地域隔離などにより常に多様化する方向にあるが、人類の場合は共通化と言う反対方向に向かっている。 遺伝子レベルではランダムな多様化が進行しているが、生活環境を通して共通化の力が働き、多様化を妨げる。 他の生物は今後とも多様化の道を辿り、新種がどんどん誕生して行くが、人間社会には新しい種は生まれない。 人間の知能と文明がそれを不可能にしている。

    自然は人間を特別には扱わない。 多様化による種の分化と言う生存の戦術を取らなくなった人類に自然は、手痛い自然淘汰の暴力を振るおうと待ち構えている。

     

  6. 幾つかの提言

    文明病による遺伝子レベルの退化を食い止めるにはどうしたら良いか。

    一番簡単な方法は、現在のアフリカ人の精子や卵子を採取して永久冷凍保存し、文明病で人類の遺伝子が退化した時代にそれらを交配に使って、一種の先祖帰りを行い退化した遺伝子の蔓延を緩和し阻止するやり方である。 これには人工交配と言う問題点が残る。

    しかし、遺伝子の研究が進めば、遺伝子の発現メカニズムが解明され、文明病で退化した遺伝子を活性化する方法が実行可能になる事は十分考えられる。 受精卵の遺伝子操作によって何処まで人間改造が出来るか、文明によって文明病を制す時代が来ないだろうか。

    一番正常な方法は、スポーツによる体力の鍛錬、美食の制限、珠算における暗算の奨励、手先を使った手芸、陶芸などの奨励、自然との共生、自然環境の保護、医者や薬への過度な依存の回避(体の弱い人を無理して生存させない非情さを持つ事、ある程度の自然淘汰を許容する事)など、文明が齎す便利第一主義の生活態度を修正する事である。

    「人の命は地球より重い」と言われるが、劣悪な遺伝子を医学の力で生存させる事に努力するのは再考を要する。 それよりも、無益な戦争の無い平和な社会を実現し、多くの若者や子供の命を救う方にもっと努力すべきである。 ヒューマニズムを履き違えたセンチメンタリズムが美談の様に称えられる社会は健全な社会ではない。

    誤解してはならないから付言すると、後天的に獲得した資質は遺伝しないので、スポーツによって体を鍛えただけではその資質を次世代に継承できない。 やはり遺伝的に健全な人ほど子供を多くもうけると言った優生学的な配慮が必要だろう。

    もう一つのSF的な方法を提案しよう。

    それは、地球を抜け出し、他の天体への大量移民である。 月でも火星でも良いが、とにかく地球を脱出して他の天体に隔離し、そこで独自の宇宙人を育てる事である。 何万年、何十万年も経つと地球人とは異なった種の宇宙人間に進化する可能性があり、地球人が絶滅しても彼らは生き残って、人間から引き継いだ生命の火を絶やさないだろう。

    地球上で繁栄した種は、何時かはすべて絶滅すると言う経験則に照らせばこれは妙案かも知れない。

    自然淘汰の非情さは、全てが生物の生存に不利に働いてはいない。 自然から突き付けられる試練に耐えて生物の生命力は鍛えられ、絶滅の危機を乗り越えて来た。

    自然淘汰を克服する知恵を身に付けた人類は、自然に勝っても奢ることなく、快適な文明生活には人類絶滅の危険な要因が潜んでいる事を肝に銘じ、自然に対する畏怖の念を持って文明病に陥らない方策と真剣に取り組む事を忘れてはいけない。

    自然淘汰に代わる人為的淘汰を自らに架し、種としての生命力を常に鍛えていないと、絶滅と言う運命が必ずや待ち受けている。 自然を甘く見てはいけない。