進化の謎 (03/5/27)

  1. 進化論の問題点

    生物は突然変異によって遺伝子を変化させ変貌して行く。 その過程で、環境に適応して生存競争に勝ったものだけが生き残り、次第に進化して行く。これがダーウインの進化論の骨子である。

    この理論に異議を唱える生物学者は多い。 彼らの指摘する疑問点は、ランダムな突然変異から、非常に優れた機能を持つ器官(例えば眼、脳など)を造る遺伝子など、生まれて来るはずがない、その確率は限りなく0に近いと言うものである。

    例えば、アルファベット27文字をランダムに並べて行って、シェイクスピアの戯曲が出来る可能性は0に等しい。 眼を作る遺伝子が、ランダムな変化により偶然に完成する確率もこれと同様であると彼らは主張する。

  2. 進化プロセスの確率的解釈

    「継続は力なり」と言う格言がある。 生物誕生以来30数億年、遺伝子がコピーされる時僅かずつランダムな突然変異を繰り返すと、それが蓄積されて、現在人間が持つような遺伝子群が果たして形成されるのだろうか。

    予測される確率はどれ位になるのか。 或る遺伝子を構成するDNAの塩基配列が10,000個の場合、塩基には4種類あるので、完全にランダムな組み合わせでその遺伝子が偶然出来る確率はとなり、回に1回しか出現しない。 どう考えても、ランダムな変化と自然淘汰だけでその遺伝子が出現する事は有り得ない様に思える。 

    しかし、この確率計算は間違っている。 その遺伝子が4種類の塩基をランダムに10,000個配列して一時期に作られた訳ではない。 まずN個の塩基がランダムに突然変異を起こす。それによって4xN通りの異なる遺伝子を持った生物が発生する。 その中で生存に適したものがあれば、自然淘汰でその個体数が増え、その他の突然変異種を消滅させる。 これで群全体がすべて最適な突然変異を持った個体で置き換えられる。 これが自然淘汰である。 次に発生したM個の塩基のランダムな突然変異も、同様な自然淘汰を受けて良いものだけが群全体に広まる。
    この様に小規模な突然変異と自然淘汰が膨大な世代に亘り累積されて、非常に優れた10,000個の塩基配列の遺伝子に進化する。 この場合の出現確率は、上で計算したよりはるかに大きくなる。 例えば、1回の小規模突然変異で10個の塩基がランダムに変異したと仮定する。その時自然淘汰後に残る変異の発生確率pは
        p= である。 二度目の突然変異が生じるまでに、その生物群の遺伝子の第1回目の突然変異は全て同化される(他の突然変異種は死滅する)から、第1回目の突然変異発生確率はではなく、1になっている。この様にして、ステップ・バイ・ステップで小規模な突然変異が自然淘汰を受けながら累積される場合は、10個づつの変異が1000回起こっても、自然淘汰で生き残った10,000個の塩基配列の遺伝子の発生確率は変異回数1000回と無関係にのままとなる。 目の遺伝子が1回の突然変異で一気に出来るのではなく、気の遠くなりそうな時間を経て次第に進化して行くと考えれば、その出現確率はあり得ないオーダーの数字にはならない。

    ダーウインの進化論に異議を唱える学者達の中には、

    「突然変異は完全にランダムではなく或る方向性を持って発生する。 ランダムなアミノ酸配列の蛋白質がすべて合成されるとは限らない、特定の配列しか蛋白質として機能しないし生き残れない。」 「ウイルスが仲介して生物間の遺伝子転移がなされるので、ある生物の優れた遺伝子が他の生物にも伝搬する事は良くある、従って有能な遺伝子は直ぐコピーされて広まる。」 「神様が進化の方向をコントロールしている。」 「自己組織化の働きにより、自然界は特定の方向に進化する。」などなど、新説はあとを絶たない。

  3. 自己組織化

    DNAレベルでの突然変異はランダムに生じると私は思う。しかし、突然変異した遺伝子が造る蛋白質は、細胞に有害な影響を与える可能性がある。 中には、無害なものも沢山あるだろうし、有益な突然変異も少しは発生するだろう。 有害な蛋白質を合成する様突然変異した遺伝子は直ぐに絶滅して無くなるが、それ以外の突然変異は蓄積され次世代に引き継がれるだろう。

    生き残った突然変異遺伝子は更に突然変異を繰り返し、有害なものは淘汰され、無害なもの、有用なものだけが次世代に引き継がれると言う過程を繰り返す。 この自然淘汰だけで人間の脳や眼が出来るだろうか。私はまだ何か足らない様な気がする。

    自己組織化と言う言葉がある。 これは、自然はランダムな変化をして行くのではなく、その物質を構成する分子や原子の特定の性質によって、ある方向性を持った変化をし、結果的に秩序だった構成に辿り着く傾向があると言う事である。例えば雪の結晶などは幾何学的に整った形を取る。 宇宙だって重力の作用で星が形成され、それらが集まって惑星系、銀河、銀河系などの階層構造を形成する。 これらはすべて自己組織化の一例である。

    DNA配列の仕方で機能が決まる遺伝子群も、自己組織化により形成された一つの巨大分子システムであり、突然変異や環境との相互作用によって常に自己組織化が進行している。 その変貌には或る方向性があり、例えば知能の進歩、運動能力の向上、感覚器官の感度向上などの傾向が見られる。 これらと平行して、機能の劣化も発生しているはずだが、それらは自然淘汰されて消滅し、結果的に前者の進化過程だけが残され累積して行く。 

    一定の方向性は有るが、再現性がある(必然性がある)かどうかは定かではない。 結晶構造などは100%再現性が有るが、例えば眼や脳など、時系列的進化の方向には不確定要素が多分に含まれていると思う。

    もう一度原始の時代に逆戻りし、再度進化の歴史を繰り返させると、現存する眼や脳の構造を持ったものが100%再現する事はなく、機能的には似ていても構造的には全然違ったものに進化して行く事は容易に想像がつく。 進化の過程には確率的な要素と必然的な要素が混在して作用していると考えられる。

    進化過程を実験室で実験するのは難しい。 結局もっともらしい類推をするしかない。 従って、十人十色の仮説を立てても誰も反論出来ない。

    ここに進化論の難しさが有る。 量子力学で言う「不確定性原理」とは異なるが、進化論でもその核心が不確定である為「不確定性原理」が成立する。

    かくして、我々は自然が過去の真実を教えてくれるまで、想像の世界で、出来るだけ既成事実と矛盾しない理論を展開し、自己満足しているしかないのである。