自然界に学ぶ(03/2/16)

  1. 時の流れ

    物質は原子からなり、原子は素粒子からなる。 エネルギーも一種の粒子からなる。  自然界を構成するものはすべて微小な粒子からなり、粒子相互間に4つの力が働く。 これだけの状態が150億年継続して存在すると、力の行使による自己組織化が進行し、混沌とした初期宇宙から現在のような多様化した宇宙に変貌する。

    生物はすべて細胞から出来ている。 ウイルスは細胞を持たない。 初期の生物は更にもっと簡単な構造をし、増殖機能(コピー機能)を持った、割と簡単な有機物質であったと考えられる。 コピー機能さえあれば自己増殖でき、自然界に生存出来る。 コピー能力が完璧でなかった為変なコピーが出来、それが増殖を繰り返している内に更に変な有機物に変わって行った。 何億年かのコピーミス試行錯誤を経てシステム化した単細胞生物にまで変貌した。 次にそれらがくっ付いて多細胞生物になり、細胞の数を増やすと共に機能の組織的な分化を達成して色々な高等生物に枝分かれして行った。 コピー機能さえあれば時間的な変貌(コピーミスや共生)は記憶され次世代に引き継がれる。 枝分かれは枝分かれを呼び、生物の種類は幾何級数的に増大する。 しかし、自然淘汰により大半のものは絶滅し、環境に適応した種族だけが存続していく。

    生物界の基本原理はコピー機能(コピーミスとその累積を伴う)と自然淘汰である。もう一つ重要なのは有機物に寿命がある事であり、寿命の無い無機物が集まって有機物となり、生物となって死亡し、無機物に帰すると言う循環系が構成されている事である。 このリサイクル系が存在しないと生物は存続出来ない。 

    素粒子と4つの力だけで、長時間掛けて現在の宇宙が出来たように、生物もコピーミスと自然淘汰だけで今日の多様性を獲得したのである。 しかし、その為には40億年の時間が必要であった。

  2. 自然界に学ぶ

    自然界のカラクリを知る。 自然界が創造した人間が自然界の秘密を解き放つ。  蛇が自分の尻尾を噛む。 これは「リカーシブ・再帰・帰納」の世界である。 人間は「考える葦」であり、自然界は情報公開を厭わない。

    人間の歴史は高々数百万年であるが、自然界は150億年の経験を持ち、生物界は40億年掛けて膨大な実験を繰り返しその成果を現在に残している。これらは知識の宝庫であり、自然界で生き残るノウハウの塊である。

    自然界の秘密を垣間見た人間は、不遜にも自然界を制御しようとしているが、人間の猿知恵など到底、悠久の経験を積んだ自然界には適わない。 我々は自然界から敬虔に学ぶしかない駆け出しの青二才である事をまず自覚すべきである。

  3. 不連続性

    物質やエネルギーはすべて微小な粒子である。生物も細胞から出来ている。この事は、自然界が不連続である事を物語っている。我々人間は60兆個の細胞から出来ているが、自己認識はマクロに連続的にする。 また基本粒子が小さ過ぎるので、物質やエネルギーを連続と見なしてもあまり不都合を感じない。しかし、原子や分子レベルの話になると、自然界は不連続に構成されている事に留意する必要がある。

  4. 電磁気力の保守性

    最近、無線技術士の国家試験受験生を対象に電気磁気学の講義をした。
    その中に「ファラデーの電磁誘導の定理」と言うのが出て来る。 電磁気力は上述した自然界の4つの力の中の一つであり、重力と共に自然界に存在する最もポピュラーな力である。
    導線の近くで磁石を動かすと導線に電流が流れる。 これは発電機の原理である。 磁石の近くで導線に電流を流すと導線に力が働く。 これはモータの原理である。 これらはいずれも磁界と電流の相互作用で、電磁気力の基本性質の発現である。 この際面白いのは、電磁気の示す保守性である。 すなわち、発電機の場合は磁石の運動を妨げる方向に電流が流れ、モーターの場合は導線を動かして導線中の電流を流さない方向に逆起電力を発生する。
    いずれも、状態の変化に抵抗し現状を維持する方向に電流や起電力が発生するので、これを「電気は保守的である」と表現する。 物を動かす時生じる摩擦も保守的である。 
    電気にはプラスとマイナスがあり、必ず一対で存在する。 従って如何なる物質ももともと中性である。 プラスとマイナスの電気はお互いに引き合う。 両者は合体して消滅する事は無いが、出来ればお互い側に居たいと思っている。両者の間に力の場を作りエネルギーを蓄える。 そのエネルギーは真空中なら光の速度で伝搬する。 それが電波である。
    電気は何故保守的なのか。 もし保守的でないと宇宙は何十億年も存在出来ない。 この宇宙が長い年月存在出来るのは、運動を妨げる様な性質を持った電気力が作用して変化速度を遅くしているからだと私は思う。
    もし電磁気力が状態の変化や運動を加速する方向に働いたら、宇宙の変遷速度は無限大になり、短時間に終焉を迎えて宇宙は消滅する。 百億年以上の宇宙寿命を全うするには保守的な特性を持った力の存在が不可欠である。

  5. 生物の複雑性

    遺伝子工学や発生学を勉強すると、自然界の複雑性に驚かされる。

    遺伝子情報から多種多様な蛋白質が合成され、それらが時系列的にもプログラムされていて、卵の受精、細胞分裂、組織の組み立てなどを制御して子供を誕生させ、成長させ、繁殖させ、死亡させる。

    その過程は複雑怪奇でしかも巧妙精緻であり、誰がどうやって考えたものなのかと感心する。 しかし、創造主が考えたわけは無く、自然が膨大な時間を掛けて試行錯誤と自然淘汰を繰り返した結果蓄積した仕組みなのである。 それらは非常に複雑に見える。 それは、膨大な数の試行錯誤(コピーミスなど)を繰り返し、生存に都合の良いものは存続し、不都合なものは自滅すると言うスクリーニングをした結果に過ぎない。 数十億年に亘る紆余曲折の結果生き残ったノウハウの蓄積であり、膨大な過去の成果の上に更に積み上げられた成果の累積である。 これらは時間の経過と共に多層化され、どんどん複雑になって行くしかない。

    誰か設計者がいて、最初からある生物を作り上げるとしたら、もっと単純な構成法があるだろう。 過去のしがらみを背負いながら環境に適応して設計変更して行くのは、古いバージョンとの互換性を保ちながらバージョンアップするのと同じで、プロセスの複雑さは益々累積される。

    数学に例えれば、自然界のやり方は次の様な近時解法である。未知数が数個ある方程式を解くのに色々の数値を代入して結果を見る。 それを何万年も掛けて何万回も繰り返す。 近似解かどうかはその解を採用した種族が生き残れるかどうかで決まる。生き残った解はそれを正解として次のステップに進む。 近似的な正解は一般に多数ある。 これらは全て採用され、その生物の生存プログラムに追記される。 時間の経過と共に正解に最も近いプログラム(生存に最適のプログラム)を持った種が生き残り、他は自然淘汰されて絶滅して行く。

    何が正解かは分からず、個別に試行錯誤(適当な数値を代入してみる)を繰り返し、たまたま正解したものが生き残る。極めて過酷なレースである。

    こうして生物は時間と共に複雑に変貌して行く。 我々はこのプロセスを進化と呼んでいるに過ぎない。

  6. 単純性

    自然界は確かに複雑であるが、基本原理は単純である。

    数十億年の時間を掛けて単純な基本原理を実行し続けると、過去の経過が累積し急速に複雑化して行く。 例えば板状の餅を二つに折ってまた元の大きさに拡大すると言う行為を100回繰り返すと、最初の構造は2の100乗の変化を受けて複雑極まりない構造になる。 やっている事は至って単純であるが、累積結果は非常に複雑な変化を生む。

    これはカオスの世界である。 単純な処理を繰り返すとカオス状態が出現する。 自然界はカオス状態にあり、それらは単純な基本原理の繰り返しから生じる。基本原理は単純であり、実存する現象は極めて複雑である。 これが自然界の姿であり、科学はその複雑さに翻弄されている。

    複雑性の科学が最近話題を呼んでいるが、複雑化の過程は試行錯誤の過程であり、それを研究しても必然的な答えは得られないだろう。 そこには、そうなるべくしてなった、「ケセラセラ」の世界が有るだけである。

  7. 人間の本性

    従来、哲学的に人間の本性を研究する手法が採られているが、私はこれは間違っていると思う。 進化論的に、生物学的に人間を捉えるべきであり、それらを無視した人間学は方向を誤り、人間至上主義の弊害に陥る。

    小説家は人間の愛を賛美し、愛の葛藤をテーマにして物語を書く。 それらは人間が感じる事、多分実行するであろう事を細かく描写しているが、すべては遺伝子が環境と相互作用をして作り出した行為に過ぎないと言う事を認識すべきである。 生物学をよく勉強した上で、冷静に観察した事を記述して欲しい。 行動に現れた上っ面の現象を勝手に解釈し、賛美し、粉飾しないで、その底流にある動物的真実を直視するのが本当の人間探求ではなかろうか。 (鯉を描くのに、鯉を解剖してその骨格を詳細に調べてから描いたと言う日本画家がいた。 生理学、心理学を勉強してから人間を描写すると見方が変わるかも知れない。)

    学校教育も、修身や道徳を教えるより、生物の進化の歴史、動物的・科学的人間観を先ず教え、人生の目的が本当は何処にあるのか、資本主義や受験戦争が人類にとって、人間にとって何の役に立っているのか、根本から問いただす必要が有る。 そうすれば、今横行している虐めや偏差値教育などの悪弊はすぐ無くなるのではないだろうか。 人間は不完全な生物であり、闘争心が強いと言う欠陥を持つ。 金を稼ぐ事が人生の目的ではなく、自分の遺伝子の優れた部分を生かした(自分の優れた特質を生かした)一生を送り、その遺伝子を持った子孫を育てるのが本来の使命である事を自覚させる事こそ重要である。

    人類は皆兄弟であると言った人がいるが、白人も黒人もそのルーツはすべてアフリカの黒人であり、優劣は無い。 自分の遺伝子を増やす事が生物の生存目的であるが、優劣を決める為に身内の抗争を繰り返すのは知恵のある人類のすべき事ではない。 人類全体を繁栄させる為の賢明な方策を模索するのが真の政治家のすべき施策である。 異民族との共存共栄を良しとしないブッシュの様な指導者は早急に退陣すべきである。 経済的な強者に余計なインセンティブを与える現代資本主義も、既に見直しの時代に入っている。