老化の原因の一つはミトコンドリア(細胞内のエネルギー工場)です。 年を取ると弱ったり減ったりします。 年を取ると息切れし易くなるのはその為です。
欽ちゃん、分かりますか?
老化の原因は他にもあり、例えば、免疫細胞が暴走して自分の体を攻撃し、老化を進めてしまう。
アメリカ・ウイスコンシン大学では20年以上に亘り、老化に関する遺伝子の研究をして来た。
実験の対象は「アカゲサル」、平均寿命は26歳前後であるが、ある方法によって寿命がどう変わるか、80匹近いサルを20年飼い続ける気の長い実験である。この2匹のサル、どちらも24歳、人間で言えば75歳のお年寄りに相当する。右のサルは年相応に老化が進んでいるが、左のサルは毛艶が良くふさふさで、老化を遅らせる遺伝子が働いていると考えられる。
この研究室では長寿遺伝子をオンにする方法を発見しています。
2匹を比較した場合、脳でも驚くべき変化が起こっていました。普通のサルでは神経細胞が減って白い隙間の部分が目立ちます。それに対し遺伝子をオンにしたサルの脳は隙間が少ないのが分かります。
その結果寿命にも明らかな差が出ています。
実験を始めて22年、普通のサルはこれまでに半数が老化によって死にました。 ところが遺伝子をオンにしたサルはまだ8割も生き残っているのです。
どうやって遺伝子をオンにしたのでしょうか。 秘密は餌に有ります。右は普通のサルの餌、左は遺伝子がオンになったサルの餌、と言っても成分は同じで、違うのは量だけです。 普通のサルより30%少ない餌を20年以上食べ続けてきました。
カロリーを制限することこそ遺伝子をオンにする方法だったのです。 「カロリー制限は単なる健康的な食事ではありません。それは体に備わっている老化を遅らせるメカニズムを働かせ、健康で長生きを実現する手段なのです。」
カロリー制限でサルの体にどんな変化が起こっていたのでしょうか。 年を取るとミトコンドリアも弱って行き、活性酸素と言う有害物質を出すようになる。活性酸素は出会うもの全てを破壊します。
皺やシミ、白髪も活性酸素が皮膚の細胞を壊すのが主な原因です。活性酸素が脳の細胞を壊すと、物忘れや認知症に繋がります。
ところがカロリー制限を行うと、ミトコンドリアの中で活性酸素を消す物質が盛んに作られ、活性酸素が漏れ出さなくなるのです。これが全身の細胞で起きた結果、サルは若々しくなり、寿命が延びたと考えられます。
同じ事は人でも起きるのでしょうか。 すでに取り組んでいる人たちがいます。 その名も「アメリカ・カロリー制限協会」、全米に5000人の会員がいます。 会員たちはサルと同じ、30%のカロリー制限に取り組んでいます。
101歳のこの男性は20代の頃から80年間カロリー制限を続けています。
これは会員の70歳の男性ジェームスさんの血管の壁の断層写真です。年を取ると厚くなって、いわゆる動脈硬化が起こります。「この人の頸動脈の壁は薄くて、本当にきれいです。まるで40歳の人のように若々しい血管です。70歳の人の壁の厚みは平均0.9mm、この男性のは0.6mmで40歳の人並みの血管でした。」 会員18人の平均では血管が実年齢より30歳も若い事が分かりました。
もう一つの老化の原因、免疫細胞です。 免疫細胞は本来病原菌と闘うのが仕事です。ところが年を取ると、敵と味方を見分ける能力が低下し、自分の体を攻撃し始めます。特に攻撃を受け易いのが血管、免疫細胞が入り込んで壁が厚くなり動脈硬化を起こします。
ところが、カロリー制限によって免疫細胞の中で例の遺伝子が働くと、免疫細胞をおとなしくする物質が作られ、攻撃が抑えられます。さらに血管の壁の中で働くと、血管の壁から出る免疫細胞を引き付ける物質が抑えられます。こうして動脈硬化が改善するのです。
サーチュイン遺伝子、これこそ長寿遺伝子のもっとも有力な候補です。 神奈川医科大学糖尿病内分泌内科の古家大祐博士は、4人の人にカロリー制限をして、この遺伝子の働きを調べました。
左図の黒い色の濃さはサーチュイン遺伝子が働くと出る酵素の量を示しています。 
体全体の細胞にサーチュイン遺伝子はあります。 細胞の第10染色体で見つかりました。
普段はほとんど眠った状態ですが、カロリー制限をするとオンになり酵素を作り始めます。 そしてその酵素が老化を遅らせる様々な働きをすると考えられています。
サーチュイン遺伝子は2000年にアメリカで発見されました。 こちらが発見者のガレンテ博士です。
博士が最初にサーチュイン遺伝子を見つけたのは、人でもサルでもなく、酵母からでした。 酵母に与える栄養を減らすと幾つかの遺伝子が働きだしました。その中にサーチュイン遺伝子があったのです。「サーチュイン遺伝子の働きを遺伝子操作によって強めると、酵母の寿命が30−40%も伸びたのです。 この発見を切っ掛けに、他の生物でもサーチュイン遺伝子が次々に見つかり、その働きを強めると、やはり寿命が延びる事が確認された。
地球上のほとんどの生物がサーチュイン遺伝子を持っている事が分かった。
何故あらゆる生物がサーチュイン遺伝子を持っているのか。 ガレンテ博士とともにこの遺伝子を発見した今井博士は、この遺伝子が生物が生きるのに不可欠な存在だったと考えている。
「私はサーチュインが進化の過程で残って行った非常に強力な要因として、飢餓と言う事があると考えています。過酷な環境を生き延びる事が出来る様に有りとあらゆることを体全体でする様になったと考えます。」
20億年前、私たちの祖先がまだ単細胞生物だった時代、飢餓は最大の脅威だった。そんな中、突然変異である遺伝子が生まれた。それは体内に溜まる有害な老廃物を掃除する働きを持った遺伝子でした。老廃物が無くなったことで老化が遅れ、その個体は飢餓を生き抜く事が出来た。
この様な単純な働きをする遺伝子が、サーチュイン遺伝子の起源だったと考えられています。その後祖先はより複雑な生物へと進化していき、体の仕組みが複雑になるにつれて、ミトコンドリアの出す活性酸素や免疫の暴走など老化の原因はどんどん増えて行き、それを追いかける様にサーチュイン遺伝子も進化して、沢山の老化の原因を抑え込む様になってきた。
今井博士は言います。
「現代は飽食の時代と言われており、進化してきたサーチュインの働きが十分に生かされていない。」
金沢大学ではその後実験が継続され、カロリー制限を始めてからわずか7週間でサーチュイン遺伝子が完全に働く事が確認された。
アメリカ、メアリーウッド大学の研究室では、カロリー制限以外の方法でサーチュイン遺伝子をオンにする方法はないか、盛んに研究がされています。
カロリー制限以外の方法でサーチュイン遺伝子が働いたらしい人がいます。この男性、1か月前に比べ血液が流れ込んだ時の血管の拡がり方が1割大きくなりました。さらに記憶力もアップしていました。 カロリー制限も運動もしていません。
ある錠剤を1ヵ月間飲み続けただけです。
飲んでいた錠剤の中身は「レスベラトロール」、赤ブドウの皮などにごく微量に含まれる物質です。
ネズミの実験では、筋肉のミトコンドリアが2倍に増えていました。 それに伴って、運動の持久力も2倍になりました。
サーチュイン遺伝子から作られる酵素は一度遺伝子のスイッチを押すと、もう働かなくなります。そんな酵素にレスベラトロールは作用して、何回も酵素を働かせる事が出来ると考えられています。
カロリー制限をせずサーチュインがほとんど眠っている様な人でもオンになったのと同じ効果が得られるのです。
現在大手製薬メーカの多くが、レスベラトロールの様なサーチュインの働きを強める薬の開発に取り組んでいます。 認知症、糖尿病、高血圧、動脈硬化など、老化が原因で起こる病気は数多くあります。 その予防薬や治療薬として期待されているのです。生活習慣病を直し寿命も延ばす。目指すのはそんな夢のような薬です。
「レスベラトロールなどの物質を使えば、長寿薬を作るのは可能だと思います。人間は平均寿命100歳まで生きられる様になるでしょう。」
とは言え、薬の承認までには長い時間が掛ります。 それを待ちきれないのが人間です。薬局にずらりと並ぶのはレスベラトロールのサプリメントです。100種類以上の商品が1月分2000−3000円で売られています。
薬とは違い、人間での効果は保証されていません。
それにも拘らず、年間30億円を売り上げるヒット商品です。 カリフォルニアに住むナディア・カイロウさんは2年前から毎朝一錠づつレスべラクロールのサプリメントを飲んでいます。 以前は健康の為控え目な食事を心掛けて来ましたが、これを飲み始めてからはカロリーは全く気にしていません。効くかどうかはっきりしないサプリメントですが、彼女はその効果を信じる事にしたのだと言います。「カロリー制限などしたら例え長寿になっても食べる楽しみが無くなる。そんなのは厭、生きている意味がないでしょう。」
この方法なら楽に長生きできるんだね。みんな薬に殺到し始めたね。
平均寿命100歳の世界が現実になると言われています。「何歳からが老人になるんでしょう。 少なくとも成人式は40歳にしましょう!」と欽ちゃんがオチを付けました。

     (終わり)
これは2011年6月12日、NHKの地上波放送「NHKスペシャル」で放送されたものを要約したものです。 100歳まで元気に生きられる長寿遺伝子が我々の体には隠されており、カロリー制限さえすればその遺伝子を眠りから覚ませ、長寿を達成できるという興味ある話です。