個体発生の不思議(2007年9月14日)
受精から個体発生へ
精子と卵子が出会い、一個の精子が授精すると卵子は表面にイオンのバリアを張って他の精子の侵入をシャットアウトする。 あくまでも1+1の染色体構成でないと正常な受精卵とならない。 受精した卵は直ぐ細胞分裂を始める。 倍倍ゲームで分裂を繰り返すが、全体の体積は一定に保たれるので細胞の大きさはその数に反比例して段々小さくなって行く。
30分に一回のペースで細胞は分裂し、分裂細胞数が数千に達すると、球状膜の一端が陥没し始め、小さな陥没腔が内部に広がり、外膜と内膜で二重の膜を持った球状になり、陥没の時に出来た穴が将来の口または肛門になる。 外側の膜を外胚葉と言い、将来皮膚や脳、脊髄神経系に成長する。 内膜の細胞群は内胚葉と言い心臓、消化器官や呼吸器官などに成長して行く。 また、内胚葉と外胚葉の間に挟まれた部分は中胚葉で、将来筋肉、心臓、血管や骨格に成長する。
もう少し詳しく説明すると次の様になる。
表皮 汗腺、皮脂腺、乳腺
爪、毛髪
口腔、肛門の内面上皮、歯、脳下垂体前葉
臭覚上皮
外胚葉 水晶体 角膜
内耳
大脳、間脳、小脳、延髄
神経管 運動性脳神経、脳下垂体後葉、
脊髄、運動性脊髄神経
神経冠 交感神経、感覚性脳神経、感覚系脊髄神経、色素細胞
脊索
側板 心臓、血管内壁、血球、結合組織、平滑筋
中胚葉 腎節 腎臓、輸精管、輸卵管、子宮
体節 真皮、筋肉(頭、胴、足)
消化器の内壁(食道、胃、腸、肝臓、すい臓)
呼吸器の内壁(肺、気管、えら)
内胚葉 原腸 中耳、耳管
甲状腺
浮袋
外胚葉から分化する器官
外胚葉が次第に肥大して神経板となり、その中央に縦に窪みができ神経溝となる。 神経溝は次第に深くなり、両側の部分が接して押しかぶさり、閉じて一本の管となる。これが神経管で、前方の膨らんだ部分は後に脳となり、それに続く後方の部分は脊髄となる。
脳ははじめ、前脳、中脳、後脳の三つのふくらみに分かれているが、やがて、前脳は端脳と間脳に、後脳は小脳と延髄とに分かれる。 端脳はその後発達して大脳になる。
哺乳類では発生が進むにつれて、大脳が間脳と中脳を蔽ってしまう。
目−間脳から左右に膨れだした眼胞は次第に延びて盃の様な形の眼杯となり、眼杯の先が外葉胚(表皮)に達すると、外葉胚はその部分が落ち込んで内側にくびれ、外葉胚から離れる。 これが水晶体になる。そして、水晶体に接する表皮は角膜となる。 やがて眼杯の内側には網膜、外側には色素層が分化して眼球が完成する。
耳−後脳の両側の外胚葉(表皮)が落ち込み、袋状になって分離し、聴胞(耳胞)を作る。 これが内耳の原形で、のちにうずまき管・半規管に分化する。さらに哺乳類では中耳、外耳が出来て来る。
鼻−頭部先端の外胚葉が陥入して出来る。 両生類以上では、これが口腔とも連絡する様になる。
中胚葉から分化する器官
脊索−脊椎動物では発生の途中で退化し、脊椎骨(背骨)がこれに代わる様になる。
体節−体節の脊索に面した部分が骨を作る細胞群となり、のちに脊椎骨となる。 また、神経管に接する部分には筋節ができ、これが分化して黄紋筋となる。 外葉胚に接した所は薄くなり、のちに真皮になる。
側板−左右に分かれた側板は、細胞が増殖して内外
2層に分離し、その間に隙間が出来る。 この隙間が体腔であり、体腔の内層からは平滑筋、結合組織が、体腔の外層からは羊膜などが分化してくる。 側板の最下部からは、初期の血管や血漿が作られ、肝臓の前方には心臓も出来て来る。内胚葉から分化する器官
内胚葉の両側の壁が盛り上がり、左右が合して消化管になる。 体が伸びて達磨形になる頃には消化管に接近する外胚葉が落ち込み、消化管が外に開いて肛門になる。 胚の前端でも外胚葉が落ち込んで消化管と連絡し、口が出来る。 やがて、口、食道、胃、腸などが分化して来るとともに、肝臓・胆嚢・膵臓などの付属腺が作られて来る。 卵黄ははじめ消化管壁の一部にかなり残っているが、成長と共に次第に吸収される。
消化管の前方では、両側から外に向かって5対のふくらみが生じ、外胚葉に接触し、そこに穴が開く。 これがえらあなで、そこに突き出た突起からえらが作られる。 肺呼吸する生物では消化管壁に出来た一対のふくらみから肺が形成される。
巧妙な遺伝子発現
上述した組織の分化は何によってコントロールされているか。
全て細胞内の核にある遺伝子群によって、タイムリーに必要な種類の蛋白質が必要な細胞内で合成され、それらの細胞が増殖しながら相互に連結して設計図通りに組織や器官を作っていく。 細胞の分化と組織化のプログラムが遺伝子の中に組み込まれており、指定された時間に指定された場所で発現して行く。 そのプロセスは実に巧妙で精緻である。
数億年を掛けて、遺伝子群内に発現のプログラムを構築してきた進化のプロセスの何と神秘的な事か。 人間のゲノムは全て解明されたが、その中に点在する数万個の遺伝子が相互にコミュニケーションを取りながら、生体を構成して行くプロセスを解明する事は至難の技である。 何万ステップかのコンピュータのプログラムに相当する発現のプログラムが解き明かされるのは何時の事であろうか。 それを解き明かすには、簡単な生物の発生過程を分子レベルで観察し、触媒となる多数の蛋白質の機能や遺伝子相互間の活性化手順を、人間の理解できるプログラム言語に書き写して行かねばならない。 それはまさに気の遠くなる作業である。 如何なるプログラム言語を用いるとプロセスを記述できるのか、それさえも未だ分かっていない。 しかし、近い将来一人の天才が現れて、この難問題解決の糸口を見付けてくれると私は信じている。