ナノテクの将来性(2007820

  1. トップダウンからボトムアップへ

    例えばLSIチップはナノオーダー(10のマイナス9乗メーター)の微細構造を持っているが、あくまでも大きなシリコンウエファーを削って作成されている。 この様な製法を「トップダウン製法」と云い、小型部品なども殆どこの方法で作られている。

    これらの物質はミクロ的に見るとナノ・メーターオーダーの分子から出来ており、研削して作る代わりに一個づつの分子を積木の様に積み重ねて作る事も出来る。 この方式が「ボトムアップ製法」である。 

    1989年、IBM研究所が走査形トンネル顕微鏡を使って、キセノン原子35個を並べて、「IBM」と言う文字を書くのに成功した。 これが「ボトムアップ」で書かれた世界最小の原子の文字である。

    ナノテクの世界では機能する部品をボトムアップ製法で作る事により、より小さい、より機能的な、そして更に量子力学の世界でしか実現できないユニークな機能を実現する事が出来る。

  2. 原子や分子を直接見る顕微鏡

    一般の光学顕微鏡の分解能は最終的に「回折収差」で決まる。 光は粒子と波動の2面性を持ち、一番短い可視光の波長400nm(10のマイナス9乗メーター−ナノメーター)を使っても、回折収差のためその約半分の200nmが分解能の限界になる。 これではナノメーターオーダーの原子を直接観察できない。

    そこで考えられたのが、電子線を使う方法である。電子も粒子と波動の2面性を持つが、その加速電圧と電子波長との関係は(波長=1.23/平方根V)で表され、加速電圧を100300kVにすると、波長は0.00370.0025 nm となり、可視光よりはるかに短くなるので、分解能は飛躍的に改善する。

    電子顕微鏡には、透過形と走査形がある。 透過形は電子が物質を通過する際の散乱による変化を利用して像を結ばせる。 走査形は被写体の表面を電子ビームで走査し、発生した2次電子を検出・増幅し像を結ばせる。 試料の凸凹によって2次電子の発生する量が変化するのでそれを利用する。 

    透過形では試料の厚みを極薄にスライスしなければならないが、走査形ではその必要が無いので応用範囲が広い。 一方、透過形は加速電圧が高く分解能に優れ、絶縁物の観察が出来るが、走査形では、2次電子を利用する為、絶縁体に金やカーボンなど導電性の物質をコ−ティングする必要がある。

    走査形の変形として、実際には走査形プローブ顕微鏡が多く利用される。走査形プローブ顕微鏡は集束用のレンズ(電子式では電磁式集束レンズ)を持たない顕微鏡である。この顕微鏡は先端を非常に鋭くした微小な探針(プローブ)で試料表面をなぞる様に移動し、表面の形状や性質を原子レベルでマッピングして作られた像を分析する。

    プローブが試料表面に近づくと、様々な原子間の相互作用が生じ、プローブが変形する為、その変形量をレーザー光で測定し、その情報を基に像を結ばせる。 垂直分解能が高く、原子レベルの凹凸が観測できる。

    走査形プローブ顕微鏡の一種に走査形トンネル顕微鏡がある。

    微小な探針と試料の間に電圧を印加し、探針を試料表面に1nm程度まで近づけると「トンネル電流」が流れる。その電流量は距離を縮めると指数関数的に大きくなるので、この電流量を一定に保ちながら探針を試料の凹凸に沿って走査させると、試料の表面形状が描き出せる。 実際には距離の調整はピエゾ素子で行う。 ピエゾ素子は電圧を掛けると伸び縮みする性質が有るので、トンネル電流を一定に保つように電圧調整すれば、その電圧変化分で表面の凹凸を表せる事になる。

    以上述べた顕微鏡は観察する機能しか持たない。 ナノテクの世界では、見るだけでは不十分で、更に試料を微細加工する必要がある。 この様な機能を持つ顕微鏡が、「走査イオン顕微鏡」である。 イオン源には、針状の金属(タングステン)の針先に液体状金属(ガリウムなど)を表面張力でしずく状に保持したものを使用する。 ガリウムイオン源から引き出されたイオンは、プラスに帯電されている。 電子顕微鏡と同様に真空中で磁界や電界によって絞り込んだイオンビームを試料に当てると、イオンが当たった試料の表面から2次電子が出る。 この電子を収集して像として観測する。 試料に当てるイオンビームのエネルギーの強度を高めれば、試料を10nm程度の精度でイオンビームでエッチング加工できる。

  3. カーボン・ナノチューブの特性

    ナノテクと言えばカーボン・ナノ・チューブが有名である。 

    NEC研究所にいた飯島澄男氏が、1991年にアーク放電法で炭素分子の研究をしていた時、偶然に発見した筒状の炭素配列結晶である。 単層のものは、直径12 nm、長さは10000 nm以上ある。

    鉄の20倍の強さを持ちながら重量は1/6、電気伝導度は銅よりも高く、熱伝導度はダイヤモンドを上回る。しかも高い耐高温性を持つ。 数万年後でも人類はこれ以上の素材を作り出せないだろうと言われている。

    テニスラケットやゴルフクラブのシャフト、釣竿などに使われているカーボンファイバーを混入した強化プラスチックにカーボンナノチューブを10%混ぜるだけで機械的強度などが著しく向上する。

    また、切り口の形状で3種類に分類されるが、面白いのは、この型と径によって金属になったり半導体になったりする事である。 普通のエッチング法では40 nmが限界だが、外形1nmのカーボンナノチューブを使うと、同サイズのシリコン半導体に、1万倍もの大容量のメモリー機能を持たせる事が出来る。 集積度が上がっても耐熱性が優れているので冷却の必要が無い。 現在の所、この様な半導体は未だ実現していないが、実現の可能性は高いと言える。

    燃料電池への応用も考えられている。 燃料電池の電極には微細な白金触媒をつけた活性炭微粉末が塗られている。 ここにナノチューブを使うと、小型化と効率化を同時に実現できる可能性がある。

  4. 微細化の極限

    トランジスタを動作させるには10万から100万個の電子を必要とする。

    これに対し、量子ドット(原子サイズの立方体)では微小な立方体の中に電子1個を閉じ込める事が出来る。1975年、東京大学で研究が開始され、大きさ十数nm量子ドットに電子数個を閉じ込める事に成功した。

    現在の半導体メモリは1ビット記憶するのに10万個の電子を使っているが、「単一電子メモリ」なら、一個の電子の移動で1ビットの記憶が出来る。 日立製作所では1993年に単一電子メモリの動作を室温で観察し、1998年には128kビットの動作に成功している。 現在、単一電子メモリは信頼性と量産性の検討段階に入っており、市場に投入されるのもそれ程遠くないと言われている。

    同じ発想で、「単一電子トランジスタ」も研究されている。 量子のトンネル効果を利用し、電子一個づつを制御して機能するトランジスタが「量子ドット」を使って実現されようとしている。 

    1020年後には、一個のボタン電池で1年間使える低消費電力パソコンが使える様になるだろう。 これには「量子ドット」の実現が鍵になるが、富士通研究所などの共同研究でカーボンナノチューブを使ったトランジスタが研究されており、従来のサイズの500分の1の超微小トランジスタが実現しようとしている。 これが実用化すれば、LSIの集積度と同時に処理速度が従来の数百万倍と高まり、手の平に乗るスーパーコンピュータも夢ではない。

    この他、ナノテクノロジーを使った超高速量子コンピュータ、バイオテクノロジーと共同で開発する「ゲノム創薬」(個人の遺伝子を調べその人に合った薬品を創る)、太陽エネルギーを効率よく利用する人工光合成、環境浄化に威力を発揮するナノフィルター、汚れを分解する光触媒など、多方面への応用が研究されている。

    (以上は「基礎からわかるナノテクノロジー」西山喜代司著から抜粋、要約したものです。)