金融資本主義の次に来るべき時代(2009年7月24日)

  1. 金融資本主義の生み出す損得

    例えば株式での損益を考えてみよう。 株式全体の資産総額が増えている局面では、株に投資する人達は平均的に利益を上げている。 しかし、資産総額が減少している時には、彼らは平均的に損をしている。 今あるレベルの初期資産総額の時点からスタートし、それが次第に増加してピークを迎え、それから急速に減少して、丁度初期資産レベルに達したとする。 この期間に株の売買をした人の平均損益はゼロとなる。 各個人レベルでみると、利益をあげた人のグループと損をした人のグループが存在し、それらの損益の合計はゼロである。 

    ここで注意しなければならないのは、株式の売買手数料の問題である。 証券会社は顧客が株で得しようが損しようが、その売買手数料だけは利益としてピン撥ねしている。 従って、正確に言うと、上記の事例では、売買手数料の総額だけ、資産価値は減少し、本当に益を上げたのは証券会社だけとなる。 もともと真の価値を生まない虚業なのである。

    株で得した人は安値で買って高値で売った人達である。 これに対し、株で損をした人は高値で買って安値で売らざるを得なかった人達である。 株価の変動要因には会社の将来業績評価、売買する人達の思惑などが複雑に絡んでいるが、中には大量な資金で株価を吊り上げ、それに釣られて高値で買う人が出るのを待って高値で売り抜き、市場操作で利益を上げる連中が居る事も見逃せない。 証券会社の無責任な勧誘も株で損する大きな一因である。 株価は毎日、12%の小刻みな変動をする。 上がると見せては下がり、下がると見せては上がる。 これは売買に参加する人の思惑違いの結果であるが、この変動を上手く利用すれば株は必ず儲かる。 ただし、売買手数料以上に儲けねばならないので、多額の軍資金が必要である。

    今回のサブプライムに端を発する未曾有の大恐慌では損をした人も多数いるが、大儲けをした連中も沢山いる。 新しい証券化の手法でアメリカの証券会社は莫大な利益を上げ、会社の幹部連中は皆数十億円のボーナスを手にし、証券会社の新商品開発者、セールスの上位成績者なども莫大な利益の恩恵に浴している。 金融資本主義とはバブルの波に上手く乗ったものが勝ち、その波に呑まれたものが負ける苛酷なゲームである。

    いずれにしろ、実際に価値を生む企業に寄生しているだけの非生産的経済活動であり、自分達のゲームの範囲で損得を繰り返している内は害はないが、今回の大恐慌のように実経済に多大の悪影響を及ぼす暴走を引き起こすとなると、これは自由な経済活動として放置しては置けない。

  2. 金融資本主義のもたらす社会

    ノーベル賞をもらったアメリカの経済学者ジョセフ・スティグリッツ氏は、現在進行中のグローバリゼーションが世界中に貧富の差を拡大する事を理論的に証明した。 もともと資本主義は金持ちほど裕福になり、貧乏人はなかなか金持ちにはなれず、貧乏を世襲する仕組みを内蔵している。

    したがって、グローバリゼーションによって世界中を均一な資本主義市場にすれば、貧富の差はますます大きくなる。 これは自明の理である。 アメリカが推し進めているのは、自分達先進国がより利益を上げる世界の構築である。 その最たるものが今回の大恐慌である。 アメリカに金と富を集中させ、リスクを見えない様に小さく分割して世界中にばら撒いた。 それを手助けしたのが、頭の良い経済学者が捻り出した「金融工学」であり、その理論を応用して生み出したのが「リスク回避証券」と云うパンドラの箱である。 アインシュタインは質量とエネルギーを結び付ける理論を発見したが、その理論はすぐ原子爆弾の開発に応用された。 アインシュタインは悪くないが、結局は悪の手助けをした。 「金融工学」の理論を編み出したハーバート大学の教授達は悪くないが、彼らの教え子達がウオール街に就職してその理論を悪用し、大恐慌のもとになる「リスク回避証券」を大量に売り出した。 それはリスクの混在する債権をリスクの過多によって多層化し、統計理論によって起こり得るリスクの程度を計算しながら、リスクに見合った利子を稼げる証券に層分けして一般大衆に売り出すと云う手法を用いた。 こうすれば、投資会社は自分で投資のリスクを被らず、細切れにしたリスクを一般大衆に安全商品として肩代わりさせる事が出来る。

    「金融工学」と云っても大した理論ではなく、投資会社がリスクを安全に回避しながら証券として世界中に売り出す為の理屈付けをしただけである。しかし、彼らは大きな過ちを犯した。 それは、この理論が機能するには、前提となる投資リスクの定量化が正しく行われなければならない。 例えば、サブプライム・ローンで我が家を手にした人達は、建築バブルで家の値段が上昇すると云う前提でローンを借りた。 ローンが払えなくなればその家を高値で売って払い、また新しいローンを借りて家を持てば良い。 この様なバブルが永久に続くと云う虚偽の前提でリスクを定量化し(ここが間違っている)、サブプライム債権を色々な証券に分散して、いかにも安全な証券の様に装った。 その前提が何時か崩れると彼ら経済学者は知らなかったと言えるだろうか。 バブルははじけるモノと決まっている。 それを知らなかったと白を切る所に社会的な知能犯罪の臭いがする。

    多分、証券化をした人達も最初は正しいと思って始めたが、投資会社の激しい競争の渦に巻き込まれ、上司から、良心を犠牲にしても会社の利益の為に働けと札束で頬っぺたを叩かれ、その誘惑に勝てなかったのであろう。 「社会の為ではなく、金の為に働いていた。」と当時の心境をテレビで正直に白状した当事者もいた。まさしく、これが過熱した金融資本主義の持つ魔性であり、もともと人間が持つ強欲さの封印を解かしめた最大の欠点なのである。 金を稼ぐことは常に善である、と言う拝金主義を奉じる金融資本主義は、その主義を追求すればする程、社会経済を破綻に追い込む宿命を背負っている。

  3. 拝金主義からの脱却

    金融資本主義が内包する危険性を回避し、拝金主義から脱却するにはどうすればいいか。

    大恐慌の反省を踏まえて、現在ウオール街では「カタストロフィー証券」なるものが改めて売り出されていると云う。 これは、世界各地で起きる地震、津波などの天災に保険をかける保険会社のリスクを一般大衆に証券化して分担してもらい、予期しない規模の災害が起きて保険会社では保証できなくなる事態を避け、リスク分担の細分化を図るとともに、予期したレベル以内の災害時には余剰保険金の分配を受けると云うものである。 自然災害はバブルを起こさないので、過去の災害のデータを充分に解析しておけば、バブルで破綻することはない。 自動車保険、傷害保険や生命保険の類と同じ発想であるが、保険支払い能力を細分化した証券にした所は、これまでのものと同じ手法を取っている。 自然災害もマネーゲームの材料にされてしまった。これでは未だ、根本的な悪である拝金主義はしぶとく生き残っている。

    将来に向けて、根本から資本主義の欠陥を除去するにはどうすればいいか。 それは、「公益資本主義」への変革であると云う人がいる。公益資本主義は、株主の為に企業の利益を提供せず、それらを社会貢献に活用する資本主義である。 企業の上げた利益をすべて金を持っている株主に提供するのではなく、広く社会一般の公益の為に提供する。 簡単に言えば、特定層の株主ではなく、多数の一般大衆が株主になり、社会の為に物やサービスを提供し、利益はすべて社会に還元する。 公益企業は労働分配率を上げる事で労働者を豊かにし、これまであった貧富の差を縮小する。

    これは、共産主義と資本主義を合体させた様な社会組織である。 こうなれば税金はすべて企業が支払ってくれ、貧富の格差の少ない夢の様な理想社会が実現するのではなかろうか。世界の資本主義の目指すべき道標はすでに示されている。