今まで知らなかった事(2009年5月2日

最近久しぶりに科学雑誌「ニュートン」平成216月号を購入した。 電車の広告で「炭素を主役に無限の世界を作る有機化学とは何か」と言う特集記事がある点が興味を引いた。読んでみると殆どのページが私の知らない事で埋め尽くされていた。
ここにこの雑誌から得た新しい知識の概要を書き記してみる。 既に読まれた方はパスされたい。

  1. 女王の物まね(Science200926日号)

    アリは高度な情報伝達システムによって複雑な社会を形成し、維持している。 その複雑な社会の中に侵入し寄生する生物も数多く存在する。侵入した生物が特定の化学物質を利用して「擬態」している例は多いが、情報伝達の手段として音を利用する事は知られていなかった。イタリア、トリノ大学のバルベロ博士らは、クシケアリの一種と、その巣の中に寄生するシジミチョウの一種の蛹や幼虫について、それぞれが出す音を調査した。 その結果、働きアリと女王アリの出す音には違いがあり、さらにチョウの出す音は、女王アリの音に似ている事が分かった。このチョウの音を聞いた働きアリは、女王アリを守る様な保護行動を行う事も観測された。 アリの社会に寄生する他の多くの生物も、化学物質ではなく音を使った擬態を行っている可能性がある、と博士らは述べている。

  2. ダイヤより硬い物質(Physical Review Letters200926日号)

    中国、上海交通大学のパン博士らは、ウルツ鉱などの鉱物を高圧力で処理すれば、結晶構造に変化が生じてダイヤモンドよりさらに硬い物質が生成される事を理論的に見出した。 特に、「ロンズデーライト」と呼ばれるウラル鉱と同じ結晶構造を持った鉱物を、同様の方法で結晶構造を変化させると、ダイアモンドに比べ約1.6倍硬くなる事が期待できると言う。 博士らは、この様な鉱物は天然には非常に少ないので、人工的に生成する方法を確立したい、と述べている。

  3. 度重なる胎生魚類の発見(nature2009226日号)

    サメやエイの仲間は、哺乳類と同様に胎児を体内で育てる。 2008年、この「胎生魚類」の祖先と見られる化石が、オーストラリア西部にある約38000万年前のデボン紀後期の地層から発見された。 今回、胎児を抱いた他の魚類の化石がまたも同じ地層から発見された。今回発見された原始的な魚類「板皮魚類」の化石は、体内に胎児を抱えていただけでなく、交尾を行う為に使われた可能性がある腹ヒレを持っている事が分かった。 現生のサメのオスが持っている「交尾器」によく似ていると言う。 脊椎動物の他の化石からも、交尾器に似たヒレの様な構造が見つかっている。 発見者の博士らは、体内受精と胎生による繁殖は、従来考えられていたよりも幅広い種で行われていた可能性がある、と推測している。

  4. 白金の代わりになる材料(Science200926日号)

    燃料電池は酸素と水素の化学反応によって電気を生み出す。 燃料電池でこの反応を進めるためには、化学反応を促進させる触媒が必要で、現在は白金が使われている。 しかし、白金は非常に高価であるため、白金と同等の性質を持つ安価な物質が求められてきた。 アメリカ、デートン大学のゴング博士らは、窒素原子を添加し、垂直に並ぶ様に成長させた「カーボンナノチューブ」が白金に匹敵する触媒機能を持つことを発見した。 窒素は炭素に比べて電子を引き付け易い性質を持つ。 そのため、カーボンナノチューブ内の炭素は、窒素に電子を奪われて正の電荷を帯びる様になる。 すると、そこに負の電荷を帯びた酸素イオンが付着し易くなり、触媒として高い性能を発揮すると言う。 この研究結果は、燃料電池を広く普及させる上で非常に重要な成果だ、と博士らは述べている。

  5. データーベース天文学(NASAニュース)

    地上の巨大望遠鏡によって「HR-8799」と言う恒星を回る惑星が見つかった。 実はNASAのハッブル望遠鏡も以前、同じ恒星を観測していた。 当時のデータに画像処理を施したところ、そこにも惑星が写っていた事が判明した。 過去の観測データを利用するこの様な研究は「データベース天文学」と呼ばれ、今後重要になって来る。
    ハッブル宇宙望遠鏡がその星を観測したのは1998年のことであった。 当時はその観測データから惑星は発見されなかった。 今回、カナダの研究チームは、新たに開発した画像処理技術を使い、以前よりも10分の1の明るさの天体を識別できる様にした。 過去10年ほどの間に、ハッブル宇宙望遠鏡では200を超える系外惑星や、その元になる原始惑星系円盤の観測が行われてきた。研究チームでは保存されているデータをすべて見直す計画だと言う。 データベース天文学には2つの特徴がある。 1つは、今回の成果と同様、過去の観測データを“再観測”出来る事だ。 例えば系外惑星の軌道を決める場合、長い期間をかけて観測をする必要がある。 過去の画像に同じ惑星が写っていれば、惑星の軌道決定にも利用できる。 2つ目の特徴は、大量の観測データをまとめて処理できる事だ。 天文学の研究で使われる大望遠鏡は視野が狭いものが多く、また暗い天体を観測する為には長時間が必要になる。 そのため、例えばあるタイプの銀河を研究する場合、新たに多くの銀河を撮影する事は時間的にも難しい。 しかし、過去の観測データのデータベースを使えば、該当する天体のサンプルを比較的簡単に集める事が出来る。 この様にデータベース天文学では、ある天体の時間的な変化を追いかけたり、同じタイプの天体を統計的に調べたりする事が、新たに観測する事無く可能になる。

  6. 鼻歌を歌えば曲名が分かる

    GoogleYahoo!などの「キーワード型検索エンジン」は便利だが、「検索ワード」を文字で入力する必要があろ。 だが最近では、文字を入力しなくても、鼻歌を歌ったり、写真を送ったりするだけで検索できる新しい技術が次々に登場している。
    鼻歌検索「midomiは鼻歌を口ずさむだけで、その曲名を教えてくれる検索サービスである。パソコンで利用できるウエブ版の他、iPhoneなどの一部の携帯電話向けのサービスもある。 Auの「うたって検索」にも同じ技術が使われている。 マイクに向かって、「フフフン」と鼻歌を10秒ほど歌って送信ボタンを押すと、そのメロディに近い局の候補を教えてくれる。 正しい歌詞で歌えば、さらに精度よく検索できると言う。(私も早速試してみましたが、検索結果は外れていました。 歌詞付で歌えば上手く行くのかも知れません。) 

    画像情報検索サービス「写リンク」は携帯電話などで商品などの写真を撮り、その画像を専用アドレス(jp@shalink.net宛てにメールする。 すると、データベースに登録された画像と照合し、関連するホームページがあれば、そこへのリンクを含むメールが自動で返信される。 IT技術に詳しい東京大学の江崎教授は「音声や画像を認識・照合する技術がここ数年で著しく発達しています。 最近では、手書きスケッチやジェスチャーで画像や動画を検索できる技術も研究されています。」と今後の動向を語っている。

  7. ナノインプリント

    加速度的に進歩するナノテクノロジーの世界。 しかし、その一般社会への普及には、どうしても「コスト」と言う課題が立ちふさがる。 そこで、大量生産を可能にしナノテク製品のコストダウンをねらって、各国各社が技術開発にしのぎを削っている。「ナノインプリント」はナノメートルサイズに加工された“ハンコ”を使って、大量生産を行う技術である。 このハンコは「モールド」と呼ばれ、電子ビームなどを用いて、シリコンや石英を彫りこむ事で作られる。 このモールドを軟らかい物質に押し付ければ、その物質にナノサイズの構造が出来る。押し付けられる物質には樹脂が使われる。開発現場で使われているのは、紫外線を当てると固まる特殊な樹脂で、液体状の樹脂に透明なモールドを押し当て、そのモールドの上から紫外線を一秒ほど照射すれば、樹脂が固まって加工が終了する。 現在は樹脂以外を加工するのは難しいが、電子回路の金属部分がナノインプリントで出来ないか研究中である。 あらかじめシリコンなどのモールドに金属を付着させておき、基板となる樹脂に押し付ける。 その後、モールドをはがすと基盤の上にモールドの型がうつされた金属が残ると言う方法が研究されている。

  8. Zプリンター

    復元できない骨董品を、高速にフルカラーの立体で再現する。 アメリカのZコーポレーションは手軽に使える3Dプリンターを製作・販売している。 紙の代わりに「石膏の粉」を、4色のインクの代わりに「三色のインクと接着剤」を使う。 設計図となる3次元データがあり、機械に収まる大きさであれば、どんなものでも造形できる。造形は全自動で進む。 機械はまず、0.1ミリメートルの厚さで石膏の粉をしく。 そこに立体の断面図をインクと接着剤で印刷する。粉をしく事と断面図の印刷を交互に続けていくと、断面図の部分の石膏が積み重なって行き、粉の中に埋まった状態で立体が完成する。プリンターには余分な粉を除去するためのエアブラシも備わっている。立体構造を把握できる特殊なカメラを使ってデータを取得し、コンピュータでデータを補えば撮影したものをそっくりそのまま造形することが出来る。 CT画像をもとに患者の骨の模型を作ったり、航空写真をもとに街のジオラマを作ったりと、3Dプリンターの活躍の場は広がっている。

  9. フリーズ・ドライ

    フリーズドライ製品の中で最も生産量が多いインスタント・コーヒーを例に製造工程を説明する。 最初の工程はコーヒー液の抽出と凍結である。 コーヒー液を抽出した後、マイナス40Cで急速に凍結させる。 凍ったら粉々に砕かれ、角ばった粒状になる。 急速凍結によってコーヒーの中には小さな氷の粒が無数に形成される。 次の工程は乾燥である。 乾燥は、ほぼ真空状態に保たれた乾燥庫内で行われる。 真空状態で温度を上げていくと、コーヒーの中にある氷の粒は溶けて水になる事なく、一気に蒸気となっていく。 このように固体から直接気体になる現象を「昇華」と言う。フリーズドライは昇華を利用した乾燥法である。 昇華が進むと、氷の粒の跡は数マイクロメートルのごく小さな空洞として残る。 乾燥の工程が終わる頃にはコーヒーは穴だらけになり、水分量は3%前後にまで低下する。 わざわざ昇華によって食品を乾燥させる理由は何だろうか。 フリーズドライで乾燥させた食品は、食材の形だけでなく、栄養や色、香りなどの成分をよく保存するからである。 この技術の欠点は、厚みのあるものは乾燥に時間が掛かる点である。 また、野菜や果物など、細胞壁がある植物も昇華の効率が悪く、乾燥に時間が掛かる。
    フリーズドライ食品は軽く保存性や復元性に優れているので、宇宙食にも利用されている。 国際宇宙ステーションに長期滞在中の若田光一飛行士も今頃フリーズドライの宇宙食を食べているかも知れない。

  10. イオントフォレシス

    苦い薬やチクリと痛い注射は誰でも好きにはなれない。 また飲み薬には、その成分の多くが肝臓で分解されてしまうと言う欠点もある。 そこで注目されているのが、弱い電流を使って皮膚に薬を押し込む投薬方法である。 原理的にはどんな薬でも皮膚から押し込むことが可能だと言う。 この方法を「イオントフォレシス」と言う。すなわち、電気を帯びた(イオン化した)薬を、体内に電流に乗せて運ぶ(フォレシス)方法である。 実際には脱脂綿などに含ませた薬を皮膚に置き、その上に電極を乗せる。 もう一方の電極も近くの皮膚の上に置き電気を流すと、薬は電流に乗って皮膚の内部に押し込まれる。 押し込まれた薬は、皮膚内の血管に取り込まれ、全身に行き渡る。 電流は微弱で、刺激を感じることはない。 皮膚の表面は角質細胞が密に並んでいる為に隙間が狭く、油分で満たされている。 そのため従来は、分子のサイズが小さく油に馴染みやすい薬しか使えなかった。 この改善策を研究しているのが、京都薬科大学の小暮教授のチームである。 教授らは「リボソーム」を使う方法を開発中である。 リボソームとは「リン脂質」の2重膜からなる直径100ナノメートルほどの球である。 外膜は油と馴染みやすく、内膜は水になじむので内部に水溶性の薬を入れて運ぶことが出来る。 直径が大きいので角質層の隙間を通り抜ける事は出来ないが、毛穴なら通り抜けられる。 小暮教授らは2008年糖尿病のラットを使い、血糖値を下げるインシュリンを入れたリボソームを投与する実験を行い、血糖値の低下に成功した。 糖尿病の患者は一日に何回も注射を使って投薬する必要があるが、この方法が実用化できれば、患者の負担を軽減できると教授は言う。
    リボソームを使うと原理的にはどんな薬でもイオントフォレシスで投薬することが出来る。 近い将来、苦い薬や痛い注射から開放される日がやって来ようとしている。

  11. 火山の“レントゲン写真”

    体の中を透視するレントゲン写真の様に、火山の内部を撮影できれば、噴火のメカニズムを解明したり、マグマの動きを把握する事が出来る。 火山を通り抜ける「ミュー粒子」を活用する方法を紹介する。 ミュー粒子は、宇宙からやって来る高エネルギーの宇宙線が地球の大気の分子に衝突して生じ、私たちの手のひらほどの面積を1秒間に1個ほどの割合で通過している。 ミュー粒子は物体を通り抜け易いが、物体の密度が高ければ、通り抜ける割合が下がる。 例えば火山内部に密度が高い部分があれば、そこを通り抜ける粒子の数は減る。 逆に密度が低い部分があれば通過する粒子の数は周囲より多くなる。 火山の”レントゲン写真”の撮影では、ミュー粒子を検出できるパネル状の観測装置(1平方メートル)を火山の麓に設置する。 ミュー粒子が観測装置の原子を突き抜ける際に出る微弱な光をとらえ、ミュー粒子の通過を検出する。 その際、ミュー粒子が飛んで来た方向も分かるので、観測装置から見た火山内部の様々な方向ごとに、通過するミュー粒子の数を測定できる。 粒子の数の差は火山内部の密度の差を表しているから、このデータをもとに火山の内部構造を画像化できる。 東京大学地震研究所の田中博士らのグループは、すでに昭和新山、薩摩硫黄島、浅間山で撮影を行い、マグマの通り道などの撮影に成功している。 20095月には、イタリアのベスビオ山(ポンペイを壊滅させた火山)で撮影を行う予定だ。 ただしこの方法も万能ではない。 粒子が通過できる厚さはおよそ10キロメートルまでなので、富士山の様な巨大な火山の全体を透視することは難しい。 同様に、地面よりも下を透視する事も不可能である。

  12. なぜ炭素から有機物が無数に出来るのか(特集“有機化学とは何か”より抜粋)

    なぜ炭素は無数に有機物を作るか? これは、炭素が2つの強みを持っている為である。 

    一つ目の強みは、
    4つの化学結合する手を持つ元素のうち、炭素が周期律表上で最も高い位置にある事である。 炭素以外にもシリコン、ゲルマニウム、錫、鉛などの元素は4つの手を持っている。 炭素とその下方にある鉛の原子を比べてみよう。(上図参照) どちらの元素も、一番外側の軌道の電子で他の原子と結合する。 結合の強さは電子と原子核が引き付け合う力で決まり、この力は、原子核と電子の距離が遠いほど小さくなる。 そのため、原子核から外側の電子の軌道までが遠い鉛の原子では、電子が逃げやすく、すぐに結合が切れてしまう。 一方、炭素の原子核は、外側の軌道まで近いため、電子を逃がさず、結合をしっかり保つことが出来る。

    2つ目の強みは、元素周期表の上から2段目だけを見た時、炭素が中央にある事である。(上図参照) 炭素と同じ列の左側、右側にあるリチウム、フッ素を比べてみよう。 リチウムは外側の軌道に1つだけ電子を持つため、この電子が無くなると、電子で満たされた1番目の軌道だけとなり安定する。 またフッ素は、2番目の軌道に7個の電子を持つため、もう一つ電子があれば安定する。 (一番目の軌道には2個、2番目の軌道には8個の電子が存在でき、一番外側の軌道上にある電子の数が満杯の時、その原子は安定状態(他の原子と結合しない自己満足した状態)にあり、他の原子と結合しなくなる。)一方、炭素が同じ様に軌道を満たすには、4つの電子を放出して、満たされた内側の軌道だけになるか、または4つの電子を得て2つ目の軌道を満たす必要がある。 しかし、炭素が4つもの電子を奪ったり、放出したりするのは大変だと言う。 その代わりに、他の原子と電子を共有して結合(これを共有結合と言う)するため、様々な結合が可能となる。

     

    上図左に示す「エタン」の分子は、2つの炭素原子と6つの水素原子が共有結合した構造を持っている。 また上図右に示す「プロパン」の分子は、3つの炭素原子と8つの水素原子が共有結合した分子構造をしている。 結合する炭素原子の数には制限は無いので、多数の炭素原子が共有結合し、残った電子軌道の空きを3個または21520個の時、よく燃える固体のロウになる。 数万−数十万個の炭素が繋がると、ポリエチレンになる。
    家庭用の燃料として使われる「プロパン」の気体は、炭素原子3個と水素原子8個で出来ている。 その水素原子の1つを、酸素と水素から成る「ヒドロキシ基」と言う“飾り”に置き換えると、「プロパノール」と言う液体になる。 プロパノールは、化粧品やインクなどに使われている素材である。 この様に有機化合物の性質は、その化合物がどんな“飾り”を持っているかで決まる。 これらの“飾り”は「機能を与える部分」と言う意味で「官能基」(Functional Group)と呼ばれる。代表的な官能基には、アルコールを作る「ヒドロキシ基」、酢など有機物の酸を作る「カルボキシ基」、急激に反応し爆発する「ニトロ基」、水素を引きつけアルカリ性を示す「アミノ基」などがある。

以下省略するが、炭素原子が中心になって無数の有機物を作るメカニズムが詳しく説明されている。

上記以外にも、「暗号、巨大な素数が個人情報を守る」「南半球で栄えた恐竜たち」「歯周病が全身を脅かす!?」「人間らしさを知るためのアンドロイド・サイエンス」「国産機第一号の製作に至るまで」など、興味を引く記事がまだあるが、今回は割愛する。