省エネ社会への提言(前編)(2009年10月17日)

以下の記載はNHKが2009年9月に放映した「未来への提言」−エネルギー学者・エイモリー・ロビンス氏に対するインタビュー番組を忠実に文章化したものです。

世界を覆う深刻な経済危機、その解決の新たな切り札として今注目されているのが、アメリカのオバマ大統領が掲げる「グリーン・ニューディール政策」である。

新しいエネルギー技術の創出で雇用と地球環境を守ろう 太陽光や風力発電と云った自然エネルギーへの積極的な投資を行う事で、経済の再生を実現しようとしている。 

こうした自然エネルギーを重視した新しい社会のコンセプトを、今から30年前に提唱し世界に広めて来たのが、エネルギー学者のエイモリー・ロビンス氏である。 アメリカの雑誌「タイム」は今年、ロビンスさんを世界に最も影響を及ぼした100人の一人に選び、こう評した。 「33年掛けて漸く世の中が彼に追いついたのだ。20世紀人類は石油が齎す経済の繁栄と快適な生活を謳歌して来た。 しかし今、エネルギーの大量消費が齎す大きなリスクに直面している。 地球温暖化が引き起こす大規模な地域災害や深刻な水不足、そして近づきつつある化石燃料の枯渇、ロビンスさんはこう云った問題を解決する為に最先端の省エネ技術と自然エネルギーの活用を訴えて来た。カリフォルニアでは自然の光を利用した究極の省エネ博物館を誕生させた。ここではエアコンの設備がなくても快適に過ごせる。 アメリカで石油を最も多く使うのはアメリカ軍である。ロビンスさんは軍の省エネも進め、石油の使用量を飛躍的に減らした。

「省エネは温暖化を解決し、お金も儲かります。エネルギーこそが世界の諸問題を解決する鍵なのです。」 環境に優しい世界をデザインしようと挑戦を続けるエネルギー学者エモリー・ロビンスさんの未来への提言です。

ロッキーマウンティン研究所

アメリカロッキー山脈、その中腹にある「ロッキーマウンティン研究所」です。世界に先駆けた環境技術を提供し続けています。1982年にこの研究所を建設したエイモリー・ロビンスさん、地球環境を保護するエネルギー戦略の第一人者です。これまで世界15カ国でエネルギー分野の政策立案にも携わって来ました。執筆した図書は20冊を超え、16ケ語に翻訳されて来ました。 特に1977年に発表した「ソフト・エネルギー・パス」は、ロビンスさんの名を世界に轟かせました。化石燃料への依存を止め、自然エネルギーを活用する未来の社会の姿をいち早く描いたのです。ロッキーマウンテン研究所のスタッフはおよそ80人、建築や都市計画、それに自動車などのエキスパートが集まり、自然エネルギーの活用や省エネの様々な方策を研究しています。それをもとに企業へのコンサルティングを行ったり、自らベンチャー企業を立ち上げるなど、ビジネスにも大きく係わっています。 考えるだけでなく行動する“Think & Do Tank なのです。 

インタビュー

今回ロビンスさんにインタビューするのは、日本の国立環境研究所で温暖化のリスクを研究する気象学者の江守正多さんです。 スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って、今後100年間の地球の気温を予測しています。 江守さんは「このまま

CO2排出が続けば2100年の地球の平均気温は、4度以上上昇する可能性がある」と予測しています。この結果、台風や旱魃と云った気象災害が頻発し、その被害額は世界のGDP2割にも及ぶと云う試算もあります。 江守さんは、危機を避ける為にはCO2の排出量を現在の半分以下に減らさなければいけないと警告しています。 世界中の誰よりも早く自然エネルギーの重要性を唱えてきたロビンスさんのことを、江守さんは憧れと尊敬の眼差しで見つめて来ました。 

江守:今気候変動が明らかに人類の抱える最も重要な問題の一つになっています。あなたは気候問題の現状と今世界で取られている対策についてどうお考えですか?

ロビンス:私が最初に気候変動について論文を発表したのは、もう41年も前の事です。既に当時、気候変動がいずれは社会問題となる事は明らかでしたが、結局その通りになっています。幸いなことに、今や殆どの人がこの問題を解決しなければならないと考えています。しかも解決策はコストが掛るどころか、逆に利益を生み出すことに人々は既に気付き始めています。省エネ対策でお金が掛っても直ぐに元が取れるからです。

所が、経済学者は誤解をして来ました。 省エネでそんなに儲かるのなら、もうとっくに皆そうしているはずだ。 皆がやらないのはメリットが無いからだと、勘違いしていたのです。実は温暖化対策が利益と雇用を生み出し、競争力を高めるものだと分かってしまえば、政府も積極的に政策を打ち出し、抵抗勢力はすぐに消え去ってしまうでしょう。

温暖化の他にも世界には様々な問題があります。貧困や格差、生物多様性の危機、そして水や資源の不足、省エネとはこうした多くの問題をすべて同時に、しかも利益を上げながら解決する「マスターキー」なのです。

省エネが如何に利益を生み出すか、ロビンスさんが実現して世界を驚かせたのが、この研究所の建物です。

1984年に自宅兼研究所の本部として自ら設計しました。 山の上に建てられた為、冬は零下40度にもなりますが、建物の中は暖房を使わずに過ごせます。一体どんな秘密が隠されているのでしょうか。 建物全体には徹底的な断熱が施されています。 一番重要な役割を果たしているのが窓です。ガラスが2枚入っているでしょう。 特殊なフィルムでコーティングし、ガラスの間にガスを充てんしています。光は通しますが、熱は跳ね返す機能を持っています。見た目は普通の窓ですが、実はガラス15枚分の断熱効果があるんです。ドアも真空断熱です。 機密性が極めて高く、室内にいる人が発する熱さえも逃がしません。建物の壁は石造りです。石が太陽の熱を蓄え、その熱を室内の放射して内部を温める機能を持っています。 更に中央に作られらサンルームが建物全体に熱と光を取り込む役割を果たします。 この様な省エネハウスで最も問題になるのは、建物の北側が寒いのに南側だけが暑くて眩しくなってしまう事です。 サンルームの白い漆喰の壁が太陽の光を反射して、周りの部屋まで届かせます。 こうした工夫によって、この建物では真冬の間も暖房なしで室温は20度に保たれ、バナナやアボガドなどの植物が元気に育っているのです。 ここでは殆どのエネルギーを自給しています。 屋根の上にはソーラーパネル、そして太陽の熱でお湯を作る太陽熱温水器です。 また太陽の光を取り込み、ダクトの中で反射させて室内に送り、照明に使っているのです。 建設費12000万円の内、省エネ設備の為に追加した費用は140万円、光熱費の節約によって10ヶ月で回収できました。 

江守:なぜこのようなユニークな家を建てようと思ったのですか?

ロビンス:私達は殆どエネルギーを使わず、しかも快適で住みやすい建物を普通と変わらない建設費用で建てられる事を証明したかったのです。その目的は十分達成できました。 暖房や温水に使うエネルギーは、同じ規模の建物のわずか1%で、電力も10%しか使いません。水の使用も半分です。もしこう云う家をあなたが誰かに設計してもらったら、お金を貰った様なものなんですよ。実際この様な環境で働くと快適で楽しく、健康に良いだけでなく仕事の能率も上がる事が分かりました。自然の光を最大限に取り込む設計になっています。 機械を殆ど使っていないので、機械音が全く聞こえません。 視覚と聴覚に優しく酸素とイオンに満ちた空間でバナナやトマトをもぎ取って食べる事も出来るんですよ。 

ロッキーマウンテン研究所の建物は、その後多くの省エネビルに影響を及ぼしました。 2008年にオープンしたカリフォルニア・アカデミー・オブ・サイエンス、地球の自然の多様さを伝える巨大な博物館です。 世界的建築家レンド・ピアノ氏が設計、ロッキーマウンテン研究所が環境コンサルタントを務め、世界トップクラスの省エネを実現しました。 展示施設の9割のエリアは外光がふんだんに降り注ぐ設計になっています。 照明にはセンサーが付けられ、暗過ぎる時にしか点灯しません。 建築に使われた材料も環境に配慮しています。この鉄骨もコンクリートも断熱材も、建物の材料のほとんどはリサイクルで作ったものです。 断熱材はジーンズに使うデニムの糸屑で作りました。 細かく裂いて壁の中に詰めているんです。 そして環境対策の目玉が博物館の屋根です。 厚さ20センチの土を敷き詰め、この地域に自生する植物を植えました。こうした植物は気候にもともと適応しているため、水やりなど維持に必要なエネルギーが掛りません。 この生きている屋根が太陽の光を遮って、建物を一定の温度に保つ役割を果たします。 またドーム型の屋根の下には室内の熱くなった空気が自然に溜まり、自動的に開閉する天窓から外に出される仕組みです。 こうした工夫によって、博物館の広い展示エリアは全くエアコンの設備なしで快適な室温が保たれているのです。 

こう云った省エネビルを建てる動きは今、全米に広がっています。 特に進んでいるのがニューヨーク市です。 新築のビルには厳しい省エネを義務付けています。 今年オープンした大手銀行所有の商業ビルです。自家発電の際に発生する熱を給湯に使うシステムや、夜間電力で作った氷を冷房に利用する装置など最先端の省エネ設備を取り入れています。 エアコンの吹き出し口は床面の上、人の体により近くする事で冷暖房の効率を高める工夫です。

ロビンスさんは老朽化してエネルギー効率が悪いビルを改修する取り組みにも力を入れています。 今年から着手するのがアメリカを象徴するエンパイア・ステイトビルです。 4年間掛けてこのビルの消費エネルギーを4割近く減らします。 エンパイア・ステートビルが完成したのは1931年、築80年近い高層ビルの改修は前例のない取り組みです。 ロビンス氏のプロジェクトには大きな関心が集まり、ニューヨーク市とクリントン元大統領も支援しています。 この改修工事のプロセスやデータは今後世界に公開される予定です。 

江守:エンパオア・ステイとビルはとても古いビルですがどう改修するんですか?

ロビンス:私達がこれまでコンサルティングによって劇的な省エネを実現させて来たビルは、大小合わせて世界に1000ほどあります。 中には古くて巨大なビルを改修する事もあるんです。エンパイア・ステイとビルは面積が28万平方メートルで1931年に建てられました。 とても複雑な構造で省エネは容易ではありませんが、エネルギーを38%節約する方法を考え出したのです。 しかも改修に投じる資金は光熱費の節約で元が取れます。 計画ではまず、6500枚の窓を取り外します。 そして、ビルの空いているフロアに窓工場を設け、外した窓ガラスを、ロッキーマウンティン研究所と同じ断熱窓に作り変えるのです。 これによって、冬は部屋の熱を殆ど逃がさず、夏は外からの熱の侵入を減らします。 また照明も省エネタイプに取り替えます。 明るさも改善される上、熱をあまり出さないので冷房の効率を高める事が出来ます。 他のオフィス設備も省エネタイプに交換します。 この様な改修で冷房は従来の3分の1しか必要なくなるので、冷房装置は以前よりもずっと小さくて済むのです。アメリカの場合電力の7割はビルで使用されています。つまり、省エネ対策をまず集中して行うべき所はビルなのです。

1977年、30歳の時、著書「ソフト・エネルギー・パス」を発表、時代はオイルショックのただ中にあり、石油に依存しない社会を目指す新たな文明論として脚光を浴びました。 著書の中でロビンスさんは、人類が今後増え続けるエネルギー需要を満たすには2つの道がある事を示しました。 まず、ハードエネルギーの道、大規模集中型発電です。 化石燃料や原子力を使った巨大な発電所がエネルギーを生み出します。 このシステムは20世紀の経済発展を支えて来ましたが

CO2の排出による地球温暖化や大気汚染など厄介な問題を引き起こし、いずれは資源の枯渇を招きます。 そこでロビンスさんはソフトエネルギーの道として、小規模分散型発電を提唱しました。 自然エネルギーを活用する為、数多くの小型の発電設備を分散して設置するのです。 自然エネルギーは枯渇の心配がありません。 省エネ技術をさらに進化させる事で、エネルギー需要の伸びは抑えていきます。 この小規模分散型発電のコンセプトはきわめて斬新なアイディアとして注目され、世界の環境運動に大きな影響を与えました。 しかし、自然エネルギーでは大量の需要を賄えないと云う批判的な声も相次ぎました。 

江守:あなたがソフト・エネルギー・パスを書いてから、30年以上が経ちます。 あなたがあの本に込めたメッセージの価値は今でも変わらないどころか、むしろ重要になっていると私は思います。そして、あの本には私達がいま考えるべき事がすべて書かれている様に思うのです。 何があなたをこの研究に駆り立てたのですか?

ロビンス:1960年代後半、私は大学で実験物理学者として研究生活を送っていました。当時世界が人口や資源、環境や開発を巡る深刻な事態に向かって突き進んでいる頃、そしてそれらの問題がすべて複雑に絡み合っている事を知りました。 しかし、どうやらエネルギーがすべてに問題の共通項であり、絡んだ糸を解きほぐす切り札になると気付いたのです。 そして、1973年にはオイルショックが起きました。 

その当時のエネルギー問題はどうやって大量なエネルギーを確保するかを考える事でした。 しかし私は、人々が欲しいのは、エネルギーそのものではないと気付いたんです。 黒いドロドロとした液体や何キロワットかの電力ではなく、手に入れたいのは暖かいご飯や冷たいビール、快適な建物と云った、エネルギーによって提供されるサービスなのです。 と云う事は、必要なサービスを安く手に入れる為には、どんなエネルギーがどれだけ必要かを考えれば良いのです。 自然エネルギーを使った小規模分散型発電は大規模発電に比べてコストが安い上、災害に強いというメリットがあります。 大規模集中型発電の場合、地震や台風、テロなどで破壊されると、被害が甚大でしかも長期に及びます。 一方、小規模分散発電なら、災害の時でも電気の供給を続けられ安全で信頼性が高いのです。 こうした考えは多くの国のエネルギー政策で重要な位置を占めつつあります。ここまで社会が変わるのに長い年月が掛りました。

去年秋、アメリカに端を発した世界同時不況、巨大企業は破綻し多くの国で失業率が悪化の一途を辿っています。 オバマ大統領が経済危機を脱する為に打ち出したのが、グリーン・ニューディール政策です。 自然エネルギーの拡大やエコカーの普及など環境対策への投資を進める事で雇用を増やし経済を活性化させる狙いです。

このニューディール政策を先取りし、大きく変貌を遂げている地域があります。 テキサス州ロースコー、アメリカ最大の風力発電地帯です。この2年間で建てられた風車の数は、600基を超えました。 風車の建設は一人の農家の呼びかけで始まりました。 この地で代々綿花を栽培して来たクリフ・エサレッジさんです。 彼は過疎に苦しむこの町に新たな産業を興そうと、周囲の農家400人とともに風力発電会社を誘致したのです。 ロースコーは人口1400、農業以外の仕事は乏しく、町は寂れる一方でした。 地域の主な産業は綿花の栽培ですが、1年を通して南西から吹き付ける強い風が畑を乾燥させる為、収穫が安定しません。 農家は不作の年には出稼ぎで収入を補わざるを得ませんでした。 エサレッジさんは隣町に建てられた風車を見て厄介者の風を生かせるのではないかと思い付き、地元の農家を説得して1万5000ヘクタールの用地を確保し、風力発電会社と契約を結んだのです。農家への説得の決め手となったのは経済的なメリットでした。 農地のわずか3%を風力発電の用地として貸し、農業はそのまま続ける事が出来ます。 契約期間は50年です。 風車3基に農地を貸したエサレッジさんには年間およそ100万円の借地料が入ります。 年間500万円を受け取る農家もいます。 ロースコーの農家は去年旱魃で大きな被害を受けました。しかし風力発電のお陰で、経済的な打撃は少なくて済みました。 風車の建設ラッシュによって町には人が集まっています。 聖地が減り続けていた学校には去年新たに40人が転校して来ました。 

更に自然エネルギー産業を誘致しようと州を挙げて大胆な政策を取っている所もあります。 ペンシルベニア州は2021年までに、州内の発電に占める自然エネルギーの割合を、18%に高める事を法律で義務付けました。 これに応じて2006年、スペインの大手風車メーカーが州内に2つの工場をオープンさせました。 工場は閉鎖した鉄工所の建物をそのまま使っています。ペンシルベニアは勝手の主要産業であった鉄鋼業の衰退で多くの人が職を失いました。 この風車工場は1000人の雇用を新たに生みだしました。 環境は経済にとってマイナスだと云う発想に捉われがちなアメリカ人にとって、環境が雇用を作り出すと云う考え方自体が革命的です。 

アメリカの風力発電は電気の買い取り価格を国が高く補償するなど様々な優遇制度を打ち出した事で、8年前の10倍と大きく伸びています。 オバマ大統領がこうした制度を更に充実させたため、普及が加速しているのです。 

江守:今オバマ政権がアメリカの政策を大きく転換させています。 あなたが唱えていた社会が到来し、世界に広がりつつあるのではないかと思います。 遂に来たこの変化をどうご覧になっていますか?

ロビンス:政府の役割とは自分で舟を漕ぐ事ではなく、舵を取る事なんです。 実際アメリカで2007年に増えた風力発電の量は石炭火力発電の過去5年分の量よりも大きかったのです。 つまり原子力、石炭、ガス火力など、あらゆる大規模発電所が小規模発電に圧倒され、大打撃を受けています。 小規模発電はスピーディーに建設でき、コストが安く投資リスクも低い事から、民間の投資を引き付けているのです。 経済危機はすべての業界にとって大きな打撃ですが、最も痛手を受けているのは、大型でスローでコストが掛るプロジェクト、つまりそもそも立ち上げるべきではなかった無駄なプロジェクトです。 ですからそのようなプロジェクトは殆ど廃止に追い込まれるでしょう。 今回の危機は無駄なプロジェクトを一掃する役割を果たしたとも言えるんです。 

ロビンスさんが唱える石油に依存しない社会の実現、その最大の切り札が車です。アメリカで消費する石油の内、殆どが車の燃料に使われているからです。 どうすれば車社会を変えられるのか。 (後編へ続く)