迫り来る太陽活動の異変

太陽観測はかってない黄金時代を迎えています。この10年世界各国が太陽観測衛星をぞくぞくと打ち上げました。
現在太陽を宇宙から観測している衛星は6つ、かってない数の多さです。
これらの映像が集まってくるのがアメリカカリフォルニア州にある太陽天体物理学研究所です。この研究所は1970年代から太陽観測衛星の開発を行っています。5機の衛星が集めた映像は、一旦ここに集められ、世界中の研究者の元へに配信されます。
この部屋では現在太陽を観測しているすべての衛星の画像を見ることができます。 地球に一番近い恒星太陽はかねてから天文学者が最も注目する天体でした。
現在観測を行っている最新の衛星が2010年2月に打ち上げられた太陽観測衛星SDOです。
太陽全体を紫外線や可視光線等で観測する事ができます。
異なる種類の光で観測するとそれぞれで全く違う太陽の姿を見ることができます。普通の光では、しみのようにしか見えない太陽の黒点、ところが紫外線に切り換えてみると、暗く静かなイメージとは逆に明るく輝く躍動的な姿が浮かび上がりました。
黒点とは太陽表面の活動が最も激しい場所です。黒点の数が多い程太陽の活動は盛んだと考えられています。
この黒点を細部まで観測できるのが日本が打ち上げた衛星「ひので」です。「ひので」は4年間で300本の論文を出した最も成果を上げた衛星です。「ひので」は2006年に打ち上げられました。かってない高解像度の望遠鏡を搭載しています。
この黒点の大きさは直径2万 km 1万度という高温の炎が黒点を囲むように噴き出しています。
点にしか見えなかった黒点が、まるで生き物のように躍動して見えます。この黒点は研究者の間で「日本」と名付けられています。黒点の周囲にあるやや暗い縁取りのような部分、これは半暗部と呼ばれています。半暗部のしま模様をよく見ると交互に反対向きの流れが見えます。やや明るい部分では、外側から黒点の中へ流れ、やや暗い部分では、黒点の中から外側へと流れていることが発見されました。
「ひので」を使った観測プロジェクトのリーダーを務める常田佐久さんです。 11年がかりでこの衛星の開発を行ってきました。
この「ひので」をコントロールしているのが宇宙開発研究機構です。
午前10時毎日この時間に「ひので」の観測計画を検討する会議が開かれます。 鮮明な映像が得られる「ひので」を使って観測したいという要望が世界中の科学者から寄せられます。
2008年4月「ひので」は太陽系最大の爆発をとらえました。黒く移る二つの黒点の間で小さな光が何度も見られています。突如現れた白く輝く光の帯はフレアと呼ばれる巨大な爆発です。水爆1億個にも相当するという莫大なエネルギーを放出しています。さらに、黒点に向かって勢いよくガスが吸い込まれていく不思議な現象も発見されました。
長年観測すると黒点の数は、時間とともに変化することがわかりました。
長い間黒点の変化は11年という決まった周期で繰り返されてきました。ところが今、この太陽活動に異変が起きているというのです。
11年という正確な周期を刻んできた太陽活動の次のピークは、2011年に来る予定でした。ところが現時点でまだ黒点の数はあまり増えていません。正確だった太陽の周期が突然狂い始めたというのです。実はこの異変が地球に大きな影響を及ぼす可能性が指摘されています
人類で最初に黒点を観測したのは、あのガリレオガリレーです。以来400年にわたり黒点の数は継続して観測されてきました。その記録を見ると、なかには70年間にもわたって黒点がない時期があります。この時期は発見者の名前に因んでマウンダー極小期と呼ばれています。黒点がなく太陽活動が衰えていたその時代、地球の環境はどのようになっていたのでしょうか。
青野さんは京都で昔の人の日記から桜の満開とか或いは花見をしたとか、そういう記述を探しています。櫻は春先の温度によって花の時期が決まります。この性質を利用し、古文書に書かれた桜の満開の日から過去の気温を探ろうというものです。特に桜の開花は敏感に気温等に左右されるので、これを植物計と言ったりするわけです。植物を使って気温の推移を図るのです。研究の結果、1600年代初めは、元日から数えておよそ100日程で桜が満開を迎えていました。しかし1600年代後半では、桜の満開はそれよりも10日以上遅くなっています。
青野さんは、満開の時期から当時の気温を割り出しました。すると黒点が姿を消したマウンダー極小期の70年間は、平均気温が2度近く低いことがわかりました。太陽活動が弱くなり黒点が消えた時、京都は寒冷化していたと考えられます。
実は寒冷化は日本だけの事ではありません。事実ロンドンの中心を流れるテムズ川、1600年代後半に書かれた絵には、この川が凍っていた様子が描かれています。この時期、ヨーロッパでは農作物の不作も続きました。
地球を温めていたのは、太陽の光です。大量の光はどのくらい弱まっていたのでしょうか。アメリカの太陽観測衛星は、太陽から放たれる光の量を40年間正確に測定していました。その結果、驚くことに太陽活動が盛んで、黒点が沢山現れた時に、反対に活動は弱まり黒点がないときに、放たれる光の量は、0.15%しか変化しません。ほとんど一定なのです。では黒点が少なかったこの時代太陽の光は弱まっていないのに、なぜ地球の気温は低下したのでしょうか。実は太陽表面の様々な活動を引き起こしているのは、光ではありません。
ここはアメリカカリフォルニア州にあるビックベア湖です。真っ白なドームが水に浮かぶように建っています。ニュージャージー工科大学の太陽観測施設ビッグベア天文台です。2010年2月に新しく作り変えられました。この中に世界最大の太陽観測望遠鏡が収まっています。
この天文台の台長を務めるピル・グーディーさん、40年にわたり太陽を追い続けています。望遠鏡は、太陽の熱であたたまるないよう全体が白く塗られています。直径1.5メートルの反射鏡、しかし宇宙空間に浮かぶ観測衛星に比べて、決定的に不利なのが空気の存在です。暖まった空気の揺らぎで像がぼやけてしまうためです。
そこで、この天文台では二つの大きな工夫をしています。地面よりも温まりにくい水の上に望遠鏡を設置することで、空気の揺らぎを最小限に抑えています。
二つ目の工夫は望遠鏡で集めた光を分析する部屋の中にあります。望遠鏡の真下にある観測室の鏡やレンズを通して観測装置に光が入ります。途中にあるこの鏡に空気の揺らぎを抑える特殊な工夫が凝らされています。実はこの鏡、瞬時に形を変えることができます。高速度カメラで空気の揺らぎを検出し、ゆがんだ像を修正するために鏡を変形して綺麗な像をつくり出します。補償光学と言う特別な技術です。
太陽の表面およそ3万キロ四方を拡大してみます。高温のガスが、内部からわき出す様子です。ピントは合っているのですが、空中の揺らぎため像がぼやけています。
ここでこの補償光学装置を ON にすると、先程とは全く違う目の覚めるような映像が現れました。
この望遠鏡でHアルファーと言う特別な光を使って太陽を観測してみましょう。幾つもの細い曲線が現れました。実はこれこそ、太陽活動の根元です。磁石の上に鉄をふりかけた時に見える磁力線と同じカーブです。幾つもの曲線は太陽のいたるところに、磁石があることを示しています。太陽のいたるところで、この磁力線が見られるのは驚きです。太陽はまさに磁石の星なのです。
その磁力の強さは、静かに見える太陽表面でも地球の100倍、激しく活動する黒点では1万倍にも達しています。強い磁力が作り出す特徴的な磁力線のループは、太陽表面の至る所を蔽っています。その磁力線が生み出されるのは、太陽の内部です。
太陽には表面から深さ40万キロのところまでガスが対流している層があります。その底の部分で、ガスの運動のエネルギーから磁力線が生み出されていると考えられています。
磁力を持った太陽の姿は、皆既月食の時にはっきりと見ることができます。これは太陽の大気です。よく見ると、筋状のものが見えます。磁石の星太陽から宇宙空間に放たれる磁力線です。この磁力線が太陽の様々な現象を引き起こします。
太陽の表面から立ち昇る炎プロミネンスです。このプロミネンスも磁力によって、ガスが浮き上がる現象です。
磁石の台の上で、磁石の独楽を回すと、磁力によって、独楽が、中に浮きました。
これと同じようにプラズマガスが、太陽の磁力で浮き上がったのがプロミネンスです。太陽系最大の爆発現象フレアー、これも太陽の強い磁力が引き起こしています。
太陽の内部から表面に噴き出した磁力線、その足元がガスの対流によって近づくと、二つの磁力線が接触します。この時、磁力線同士がつなぎ変わります。形の変わった磁力線はゴムのように縮もうとします。
その力で太陽の表面にガスがたたきつけられ大爆発になるといいます。太陽が見せる激しい活動は、内部で絶えまなく生み出される巨大な磁力のエネルギーの現れです。
太陽の強い磁力は何と太陽系全体を包み込む程広範囲におよんでいます。この磁力こそ太陽表面で見られる様々な活動を引き起こす根源なのです。
ご存知の通り地球にも磁力があります。地球の場合磁力は南北に整然と走っています。
ところが太陽の場合、磁力線は複雑に入り乱れています。ここに太陽の秘密があります。
太陽は凡そ27日で自転します。ガスでできている太陽は場所により自転速度が異なります。赤道に近い程早く、極に近い程ゆっくり回っています。
そのため、内部を南北に走る磁力線は次第に横に引き延ばされ、グルグルと太陽に巻きつくようになります。
磁力線には密度にムラがあり、その一部の軽いところが表面に浮き上ります。この浮かび上がった磁力線の断面が黒点です。
黒点は、太陽内部で作られた強い磁力線が飛び出している場所です。
では太陽活動の変化に伴って、磁力の強さはどうなるのでしょうか。先程見たように黒点の数、太陽活動が変化しても光の強さはほとんど変わりません。 ここに太陽の磁力の変化を重ねました。太陽の磁力は大きく変化していました。しかもその変動は、太陽活動とピタリと一致しています。この磁力こそが、地球の気候変動に大きく影響をおよぼしているという、全く予想もされなかった可能性が指摘されています。1600年代後半黒点が消え、太陽活動が低下した時代地球は寒冷化していました。太陽の磁力が弱まったときに、なぜ地球は寒冷化してしまったのでしょうか。
1997年デンマークで書かれたある論文が世界に衝撃を与えました。そこには、太陽の磁力が地球の雲に影響を与えると記されていました。
デンマーク国立宇宙センターで研究を続けるヘンリック・スベンスマルクさんです。
彼は、霧箱を使って実験を行っています。私たちはこれを使って雲がどうやってできるか、そのプロセスを研究しています。スベンスマルクさんは雲の量とある意外なものとの間に深い関係を見出しました。
人工衛星で測定した地球を覆う雲の量と同じ様に変動するものがありました。 宇宙から降る放射線、宇宙線です。
宇宙線とは遥か彼方の宇宙で星が最期を迎え爆発したときに、生まれる放射線です。
実は地球に降る宇宙線の量を大きく変動させているのは、太陽の磁力であることが広く知られています。太陽系は太陽が出す強い磁力で覆われています。これがバリアとなり、宇宙線は、簡単に中に侵入できません。
しかし、太陽活動が衰えると磁力のバリアが弱まり、より多くの宇宙線が太陽系に侵入します。つまり太陽活動に従って地球に降り注ぐ宇宙線の量が変化するのです。
 太陽活動により、宇宙線を防ぐ磁力バリアの強さが変わると、地球の雲の量が変わり、地球の気温も変わります。太陽活動とそれによって作られる磁力バリアが、宇宙線を介して地球の気候をコントロールしていると考えられるのです。
そもそも雲は、水蒸気があるだけではできません。 雲の発生に欠かせないのは、水蒸気が集まるための核になる微粒子の存在です。この写真は太平洋の上を写したものです。これは海を航行する船が作った雲です。船の排気ガスに含まれる微粒子に水蒸気が集まって雲となったものです。
この微粒子の出現に宇宙線が深く関わっていると考えました
宇宙線が地球に到達すると、空気中の分子と衝突します。すると分子は電気をおびます。
電気を帯びた分子は、互いに引き寄せあって次第に大きくなります。
こうして雲の形成に不可欠な微粒子が生み出されます。この微粒子を核として水蒸気が集まり、雲が発生すると言う説です。地球は太陽の磁力によって守られていますが、その磁力が弱まると地球に多くの宇宙線が侵入します。そうすると上空に沢山微粒子が発生し雲が出来ます。その結果日光が遮られ地球は冷えてしまうというものです。
多くの人は、地球は孤立していて様々な事が地球だけで起こると考えています。しかし実際の地球は孤立していません。太陽活動が宇宙線の量を変え、地球の雲の量を変え、気候を変える、すべては繋がっているのです。今それが明らかになろうとしています

この説は、世界に大議論を巻き起こしました。今各国で検証が行われています。 その中で最も広く検証を行っているのジュネーブ郊外にある欧州原子核研究機構、通称 CERN です。全長27キロに及ぶ世界最大の加速器を使って宇宙の起源に迫る等、大規模な研求が行われています。
その一角で、宇宙線と雲との関わりを探るクラウド実験が行われています。直径3メートル、高さ4メートルの密閉容器、地球上のあらゆる場所の大気の状態を再現することができる世界で唯一の装置です。これで、宇宙線が本当に雲を作るのか確かめようというのです。チェンバーと呼ばれるこの密閉容器には、2万6000トンの空気を閉じ込めることできます。
そして天井には、強い紫外線を照射するためのライトがつけられています。実験ではまず、空気の成分、温度や湿度、光の強さを、雲ができる上空の大気と全く同じ条件にします。そこに加速機で人工的につくり出した宇宙線を照射し、雲を作るのに必要な微粒子が発生するかどうか詳細に調べます。
その結果、チェンバーの中の微粒子が急速に増え始める事がわかりました。この微粒子が成長すれば、雲を作る核になります。3年間の徹底的な実験を通して、宇宙線が雲の核となる微粒子の形成に強い影響を及ぼす事が分かりました
さらに微粒子の数が増えると雲自体の性質が変わることもわかってきました。研究に使われたのは、日本が世界に誇るスーパーコンピューター地球シミュレーターです。名古屋大学教授の草野寛也さんは同じ量の水蒸気があるとき微粒子の数によって、雲の形成がどう変わるのか研究しました。先ず水蒸気を含む空気が地面で温められて上昇します。 上空では水蒸気が集まって雲が出来ます。雲からやがて雨が降り、雲は消えていきます。
次に核になる微粒子の数を変えていきます。微粒子の数が少ない場合、上昇した水蒸気は雲を作りますがすぐに雨として降るため、雲は消えていきます。微粒子が多いと雨はほとんど降らずで雲はなかなか消えません。
水蒸気の数を同じにします。微粒子の数が少ない場合、一つの粒子に沢山の水が集中するため、大粒の水滴ができます。、
一方微粒子の数が多い場合一つの粒子に集まる水が少なくなり、水滴は小粒で軽いため、雨として降りません。微粒子の数によって、雨になるか雲として残り続けるかが決まります。その結果、地上に届く光の量に大きな差が生じます。
現在低下している太陽活動はこの先も低下したままなのか、それとも元に戻るのか。未来を予測するための手がかりを過去に求める研究が行われています。東京大学宇宙線研究所の宮原博子さんは、過去1000年にわたる太陽活動からその規則性を探っています。注目しているのは樹齢千年を超える屋久杉です。特別な許可を得て、屋久杉の倒木から年輪のサンプルを取り出していきます。
このサンプルには、過去の太陽活動を知る特別な物質が含まれています。それは炭素14です。 宇宙線が大気に当たるとその量に応じて、 C 14という特別な炭素を含んだ特別な二酸化炭素ができます。
この二酸化炭素は、光合成によって屋久杉の中に取り込まれていきます。この結果、地球の大気に宇宙線が多く当たった年の年輪には、沢山の C14が含まれることになります。年輪ごとに含まれる C14の量を測定することによって、その年の地球にどのくらいの宇宙線が降り注いだのかわかります。宮原さんは、屋久杉の年輪を1枚ずつ丁寧に剥がし1000年分のサンプルを集めました。1000年間にわたる宇宙線の量の変化から年毎の太陽活動の激しさを割り出します。
そして太陽活動が長期間低下する前には、ある兆候が現れることを発見しました。1600年代太陽活動が衰え地球が寒冷化した時期、その直前には、太陽の活動周期が通常の11年から13年に延びていることがわかりました。
さらに太陽活動の停滞期は過去1000年間に3回ありましたが、その全てで直前の太陽周期が伸びていました。つまり周期が伸びるとその後数十年間、太陽活動が停滞するという規則性を発見したのです。これからの10年間が非常に重要な鍵を握っています。今後数年間、太陽から目が離せない状態にあると考えています。
長年太陽活動の予測をしてきたアメリカ海洋大気圏局は今回の太陽活動のピークを2009年と予測していました。ところが2009年この予測を変更し、2013年中頃になるだろうと修正しました。つまり今太陽活動の周期は伸びつつあるのです。もし太陽活動の周期がこの先も伸びれば、いよいよ地球の将来に大きな影響がおよんで来るかもしれません。
観測が始まって以来、我々が経験したことがない太陽活動を今迎えつつあると考えられます。
太陽観測の重要性はますます高まるばかりです。アメリカでは、太陽に探査機を直接送り込むソーラープローブ計画計画が行われようとしています。
日本でも2018年を目指して次の太陽観測衛星の打ち上げを準備しています。国立天文台では、「ひので」の常田さんが中心となり、開発が進められています。
太陽の活動の将来を予測することによって、我々人類への影響を把握していくという意味でも、非常に大事な時期を迎えています。地球上のすべての生き物を支える母なる太陽、その活動が衰えると、私たちの地球にどんな影響が及ぶのか、世界中で研究が続いています。静かに迫り来る太陽の異変、今太陽にかってない熱い視線が注がれています。

               (終わり)

これは、2011年6月7日、NHK BSプレミアムで放映された番組を集約したものです。
近い将来、太陽活動が低下し、地球の冷却化が起きると予測しています。 地球温暖化対策の緊急性が叫ばれる現在、傾聴に値する研究だと思います。