
2001年12月30日(日)
ずっと探していた漫画『続・翔んだカップル』を手に入れることができた。今までいろいろな古本屋のページで検索をかけてみたけれど、いっこうにヒットしなかったのである。ある日、作者・柳沢きみお氏のファンページを見つけることができた。そこで掲示板をのぞいてみると、有望そうな古書店(神戸にある)のサイトを発見!さっそく調べてみると、ありました、その本が!すぐにWebから注文すると、手配がスピーディーに進み、今日その本が配達されてきた。正月にじっくり読みたいと思う。しかし、便利になりましたねぇ。
2001年12月29日(土)
甘党母と回転寿司を食べにいった。横浜の『沼津港』という店である。ネタがよくて、いつも行列ができているという話である。並ぶのはいやなので、午後5時頃にいってみると、店はいっぱいだが、待たずに座ることができた。さっそく目の前を回っているすしを食べ始めた。ホタテやトロ、ヒラメ、穴子、ボタンエビなどいろいろなものを食べた。珍しいところでは鯨も食べてみた。皆ネタが肉厚でとてもおいしかった。もっと食べられると思っていたが、15皿程度しか食べられなかった。今度は甘党娘たちも連れてきてあげよう。
その帰りにレコード屋でCDを買った。イタリアのロック・グループ、ラッテ・エ・ミエーレの『受難劇』である。このCDはすでに持っているのだが、デジタル・リマスターで見開きジャケット仕様の限定版ということで、つい手がでてしまった。確かに、LP盤のようでなかなかおもしろいものだ。音は、新しいリマスター盤の方が、クリアでとげとげしさを感じない。素晴らしい。
2001年12月28日(金)
学童保育の存続を訴える集会・パレードに参加した。パレードは昨年に続き2回目であるが、昨年は都合により参加しなかったので、私にとっては初めての参加になる。
会場に着くと、もうこどもたちが集まっていて、以後続々と集まってきた。約300人を超える参加者である。「学童保育をなくさないでくださーい」と声を出してパレードしたが、沿道の多くの市民が注目してくれた。こどもたちにとってはたいへんなことだったと思うが、よく頑張ってくれた。ありがとうございました。
パレードの成功に気をよくして、帰りにケーキを買った。「ブールミッシュ」という店で、チーズクリームとフルーツのケーキ(名前を忘れてしまった)を買った。チーズの甘酸っぱさとフルーツの甘さがいい組み合わせでおいしかった。

2001年12月27日(木)
甘党娘たちは甘党母の実家に一足先に行ってしまった。そこで、甘党母とデートを楽しむことにした。箱根の『喜仙荘』という旅館の日帰りプランである。前日に電話をしたが、運良く予約が取れた。貸し切り露天風呂と昼食がセットになったものである。
東名高速を使って箱根に行ったが、途中の道が空いていて、かなり早く着いてしまった。そこで畑宿の寄木会館に寄った。ここで、ペン立てを購入し、旅館に向かった。
露天風呂は展望はないがきれいなものであった。お湯はちょっと熱めだったが、入っているうちに慣れてしまった。足をのばして風呂に入り、のんびりと浸かった。リフレッシュである。風呂の後は、昼食である。松花堂弁当といわれる種類のものらしいが、天ぷらがまだ温かいなど、できたてのようで、とてもおいしかった。ご飯もお代わりでき、大満足であった。たまには、リッチな昼食もいいよね。


2001年12月24日(月)
クリスマス・イブである。今回のクリスマス・ケーキも、甘党家御用達の『ロッキー洋菓子店』で買うことにした。普通のクリスマス・ケーキではもの足らないので、今年もちょっと違うものを選んだ。甘党娘たちと相談の上買ったのは『木苺のノエル』である。ついでに、ショート・ケーキとモンブラン・半熟プリンも買った。
夜、ささやかなクリスマス・パーティーを行った。夏にイタリアで購入したベネチアン・グラスを出し、それにシャンパン(ノンアルコール)を入れて乾杯した。安物のシャンパンが高級品になったようであった。木苺のノエルは大正解であった。甘酸っぱい木苺のムースと、中に入っていたチョコムースが抜群の組み合わせで、とてもおいしかった。大満足である。

2001年12月23日(日)
私の青春の愛読書『翔んだカップル』の続編がでたという。その名も『翔んだカップル21』。つらつらと新聞を見ていてその記事を発見した。「これは読まねばならない」と思い、早速購入した。登場人物たちは私と同様みんな年をとっていた。その中で繰り広げられる「翔んだカップルワールド」。次巻が楽しみである。
2001年12月16日(日)
風邪の方は多少よくなったが、のどがまだ痛い。そういうわけで、今日の学童保育の宣伝行動は休ませてもらった。みなさんにはたいへん申し訳ないことである。
夜、いつもの会場で、ギタースクールの発表会があった。私の発表曲は「フェステ・ラリアーネ」である。リハーサルではまあまあのできだったのだが、本番ではいきなりミスってしまった。何事もなかったような顔をして、はじめからやり直したのだが、やはり動揺は隠せないようで、かなりミスしてしまった。風邪で体調も悪いし、厳しい発表会になってしまった。出直しですね。
2001年12月15日(土)
また、風邪を引いてしまった。昨日の午後あたりから、咳・くしゃみ・鼻水が出始めたが、すっかり絶不調になってしまった。ギターの発表会も控えているので、仕事を休んで耳鼻科へ行った。薬を処方してもらい、何とか少し楽になった。明日の発表会は大丈夫だろうか。
2001年12月10日(月)
仕事の帰りに「PCデポ」でWindowsXPのネットワークについての解説本を買った。XPつにいてはあまり種類がなかったが、何とかわかりやすそうなものを買うことができた。帰宅してからその通りにやってみると、きちんとネットワークを設定することができた。「何だ、簡単じゃないか」と思ったのだが、その後相手のコンピュータを認識することができない。何度やってもうまくいかず、考え込んでしまった。
しばらく悩んだ後、ふと気がついてファイヤーウォールソフトの設定をいじってみると、相手のコンピュータを認識することができた。いやー、コンピュータってほんとに難しいですねえ。
2001年12月9日(日)
「OS」というところが主催する撮影会に参加した。今回も小倉優子さんが目的である。途中道に迷ってしまい、少し遅れてしまった。撮影会はすでに始まっていて、撮影できる時間が限られてしまった。また、ほとんど座りポーズばかりだったので、バリエーションに乏しいものになってしまった。スタジオは素晴らしいものであったが、少々残念であった。
2001年12月8日(土)
新しいコンピュータのセッティングをした。時間はかかるがソフトのインストールは順調にできた。しかし、ネットワークのセッティングがうまくいかない。WindowsXPの解説本を読んでもよくわからない。仕方がないので、ネットワークのことに詳しい本を買い求めることにした。
2001年12月7日(金)
注文していたコンピュータが届いた。今回もDELLのマシンである。仕様を電話で確認して、WEBから注文してみた。希望しているCD-RW が品薄なため、納品まで4週間かかるといわれていたのだが、約10日ほどで納品になった。ありがたいことである。週末にセッティングをすることにした。
2001年12月1日(土)
昨日の夜から腰が痛くなった。座った後、さっと腰を伸ばすことができない。ぎっくり腰の前兆かと思った。きっと疲れがたまっているのだろう。無理をしないでそろりそろりと歩くことにした。しかし、まいったなあ。
2001年11月30日(金)
元ビートルズのジョージ・ハリスンが、ガンのため死亡したとのニュースを聞いた。ショックだった。
2001年11月25日(日)
休日出勤の代休で、11/26と11/27が休みになった。この平日の休みを活用して、奈良旅行に出かけた。今回のテーマは『石仏巡り』。どんな旅になったかは、「趣味のページ」の旅行記で詳述する予定である。
2001年11月18日(日)
甘党娘1号と2号の授業参観があった。はじめは甘党娘2号の小学校へ行った。『道徳』の授業であった。こどもたちが積極的に発言をしているのにはちょっと驚いた。みんななかなか素直である。その後甘党娘1号の中学校に行った。中学校の授業参観は初めてである。『数学』と『国語』の授業を見た。残念ながら甘党娘の発言の機会はなかった。ここでもみんな素直に授業を受けていた。甘党娘にもがんばってもらいたい。
2001年11月17日(土)
「母さんの誕生祝いにご馳走しろ」と親父に言われ、夕食会を持つことになった。リクエストに応えて、たまたま家のそばに新規オープンした『かに道楽』へいった。土曜の夜ということでもあり、けっこう客がいた。予約しておいてよかった。かに鍋コースを食べたが、なかなかおいしかった。特にかに刺しはとろっとしていて、とてもおいしかった。また鍋のかにもホクッとしていていける。最後のかに雑炊がまたおいしかった。甘党娘たちも、もちろん我が両親も喜んでいた。たまには、親孝行しなければ。
2001年11月12日(月)
風邪をひいてしまったようだ。のどが痛く咳が出る。市販の薬を飲んだが、いっこうに良くならない。仕事の帰りに耳鼻咽喉科へ行った。「のどが真っ赤ですねぇ」と言われてしまった。のどに直接薬を塗り、飲み薬を処方してもらった。さすがに良く効き、楽になった。ここのところ急に寒くなったので、気をつけなければ。
2001年11月11日(日)
地元幸ブロックの『学童ほいくまつり』に参加した。昨日は一日中雨であったが、何とか持ち直し、晴れ上がった。やれやれである。今年のスタンプラリーのテーマは『夢』、多くのこどもたちが夢を求めてかけずり回っていた。例年よりもこどもの姿が少ないようだが、こどもたちの元気な様子を見ることができた。詳細は『学童保育のページ』へ。
2001年11月10日(土)
甘党娘1号と川崎へ買い物に行った。あいにくの雨である。甘党娘1号は何か下心があるようだが、素直に買い物につきあってくれた。「エディ・バウアー」でチノパンツを買い、さいごに「タカノ」で明日までの限定品『早生栗のモンブラン』を買った。限定品に弱いのである。家に帰ってからみんなで食べた。説明書きに「今年収穫された早生栗のピュアペーストに、無糖の生クリームを少し加えるだけの贅沢なレシピで作る特製マロンクリームを、メレンゲたっぷりの口溶けの良いスイートポテトスフレと合わせたクリーミーなモンブラン。栗好きな貴方におくるこの秋一番の美味しさです」と書いてあった。確かにほどよい甘さのマロンクリームとスイートポテトが絶妙に合っていて、おいしかった。来年もまた食べたいと思った。

2001年11月3日(土)
文化の日である。今日明日と、静岡市において『第36回全国学童保育研究集会』が行われ、それに参加した。初日は雨が降ったが、二日目は晴天に恵まれた。久しぶりにまじめに学習し、頭がいっぱいになった。詳しくは、『学童保育のページ』にレポートしたい。
2001年11月2日(金)
sigmarionU用に、P-in Comp@cを買ってしまった。携帯電話でのweb巡回スピードの遅さに閉口したためである。毎月の出費が増えるが、まあ何とかなるだろう。家に帰って早速つないでみると、速い速い。大満足した。
2001年10月28日(日)
高津ブロックの『学童ほいくまつり』に参加した。恒例の餅つき要員である。晴天を期待していたのだが、朝からポツポツと雨が降り始め、会場に着く頃には本降りになってしまった。まつりは小学校の体育館に会場を移し、予定通りに行われた。餅つきは庇のある屋外で行った。あいにくの天気であったが、餅を買いに来てくれる人が大勢いて、見事完売した。感謝、感謝である。
2001年10月21日(日)
太田裕美のコンサート『雨女の逆襲』に行った。会場はSHIBUYA-AXという新しいところであった。ライブハウス風のホールであった。会場についてまず驚いたのが、ドリンク券を強制的に買わされたことである。そんなことは事前に知らされていなかったので、戸惑ってしまった。さらに、会場には行ってドリンク券でジュースを頼むと「品切れ」だと言う。ドリンク券を買わせておいて、「品物がありません」はないだろう。不快であった。
気を取り直して、座席を探すとどこにもない。会場係に聞くと、中の案内係に聞けと言う。案内係に聞くと、焦った様子で「少々お待ちください」と言って、あわてて連絡を取っていた。私と同じように座席を探していた人が待ちぼうけを食わされていた。しばらくすると、最前列にパイプいすを並べ始めた。準備するのを忘れていたらしい。ひどい主催者だ。最前列なので多少許せるが、このような対応にすっかり興ざめしてしまった。
コンサートが始まると、気分も良くなってきた。やはり生の歌声はいい。また最前列ということで、私の約2メートル前ぐらいで歌う太田裕美を見ることができた。感激した。中盤、「スカボロー・フェア」を歌った。先日のアート・ガーファンクルの歌う「スカボロー・フェア」とはまた趣が違って、とてもよかった。
今日の結論、「コンサートは最高だが、会場は最低」。
2001年10月19日(金)
sigmarionUを買ってしまった。衝動買いに近いものである。以前から、NECのモバイル・ギアやHPのジョルナダがほしいなぁと思っていたのだが、店頭でsigmarionUを見てとっても欲しくなってしまったのである。デザインがいいとか、機能もよくなったとかの理由もあるが、購入しやすい値段というのも強い動機である。どうしても必要なものではないのだが、物欲に負けてしまった。これからどんどん活用していこう。旅のお供なんかにいいな。
2001年10月13日(土)
アート・ガーファンクルのコンサートに甘党母と二人で行った。甘党娘たちは留守番であるが、ゆっくりと羽を伸ばしたにちがいない。
コンサートはプログラム通りに進行した。オープニングは「ハート・イン・ニューヨーク」である。その後は、「アメリカの歌」「スカボロー・フェア」「4月になれば彼女は」など、名曲が続いた。アートはもうすでに年配だが、声は相変わらず美しい。天使の歌声である。途中休憩を挟み、ラストは「明日に架ける橋」。ピアノのアレンジが美しい名曲である。アートの声が心の奥までしみこんできた。実に素晴らしい。アンコールに応え、「サウンド・オブ・サイレンス」などを歌ってくれ、約2時間弱のコンサートは終了した。ホッとするようなコンサートであった。家に帰ってから、サイモンとガーファンクルのアルバムを聴きたいと思わせるようなものであった。
2001年10月8日(月)
アメリカによるアフガニスタン空爆が始まってしまった。マスコミの論調は、仕方がないとか当然のものとかが多く、戦争をするなとの声はほとんど聞かれなかった。ましてや自衛隊を派遣するなとかは・・・。
何があっても戦争はいけないというのが、20世紀の教訓ではなかったのか?21世紀も戦争の世紀にしてしまうのか?罪のない人々が死んでいく様を見るのはつらい。人間はこんなにも愚かな生き物なのか?
2001年10月7日(日)
3連休である。外出するのにはいい季節だが、道は混んでいるし、人は多いし・・・ということで、横浜で食事をすることにした。買い物などをしてぶらぶらした後、横浜・ベイ・シェラトン・ホテルのレストランに行った。スペイン料理のブッフェがあるとのことであったが、残念ながら満席、ほかの店に行くことにした。
横浜ポルタにあるイタリア料理の店「トラットリア・ダ・マルコ」に行った。ここはそんなに混んでいなかった。世界パスタチャンピオンの店だというので、パスタを中心に注文した。トマトソース、クリームソース、塩味といろいろのものを食べてみた。やはり、トマトソースや塩味のものが、さっぱりしていておいしかった。クリームソースは、こってりしすぎであった。全体に、量がやや少な目なのが物足りなかった。イタリア産のオレンジジュース(赤い色をしていた)もけっこうおいしかった。まあ、けっこう満足できた。
2001年10月5日(金)
出張の帰りに横浜に寄り、三越地下の「DALLOYAU(ダロワイヨ)」という店で、ロールケーキを買った。フランボワーズの粉がまぶしてあるもので、秋の限定品だそうである。商品名は忘れてしまった。
夕食後、それを家族で食べた。柔らかいケーキで、甘酸っぱくておいしかった。秋は「甘いもの」である。

2001年10月2日(火)
昨日は中秋の名月であった。だが、今日こそ月が真ん丸になる日だということである。午後10時過ぎがよいのだそうだ。午後6時過ぎ、職場のベランダから、月を眺めた。低い位置にあるオレンジ色の月が、とても美しかった。こんなにじっくり月を見るのは久しぶりである。家に帰ってから空を見ると、高い位置に登った青白い月が見えた。不思議な輝きであった。
2001年9月30日(日)
保育団体との共同宣伝行動の後、Fが主催する撮影会に参加した。撮影会に参加するのは久しぶりである。今日のお目当ては「小倉優子」さん。とてもかわいらしい少女である。
会場は、マンション・スタジオ。20人以上のカメラマンが参加していた。常連の人も多いようで、小倉さんに気軽に声をかけていた。人が多いので、なかなかいいポジションがとれず、前に陣取った人は動こうともしない。マナーを守ってほしいなぁ。撮影では、積極的にポーズをつける人も少ないので、もうひとつおもしろくない。人気のあるモデルさんの場合、こんなもんかな。
2001年9月27日(木)
市民団体が主催する、市長候補者の討論会に参加した。会の進行方法については、やや不満があったが、全候補者が一堂に会するという意味で、画期的なものであった。途中で、小学生のこどもが質問する場があった。勇気をふるっての質問であったが、その回答にひどいものがあった。まるでこどもを脅すようなものであったり、おとなの言いなりになっていると決めつけていたり。あんな回答しかできないなんて、市長候補者というのはもとより、おとなとして失格である。実に情けなかった。
2001年9月24日(月)
秋分の日の振替休日である。朝からさわやかな晴天に恵まれた。学童保育連協の役員たちとの「交流ソフトボール大会」に参加した。2試合目から参加した。久しぶりのソフトボールということで、力むこと力むこと。ボールをミートすることができず、ボテボテだったり空振りだったり・・・。参加することに意義があるソフトボールであった。しかし、3本もホームランを打ったAJ氏は、何者だ?
2001年9月23日(日)
甘党の弟一家と両親が遊びに来た。弟の娘(そろそろ1歳)のご機嫌が悪く、私の顔を見ては大泣きする。そりゃあ、ひげ面は怖いでしょうよ。夕食時、ご飯を食べ出すと機嫌が直り、私が差し上げたご飯も食べてくれた。あー、よかった。
2001年9月22日(土)
昨日は本格的な雨になり、気温もぐっと下がった。今日はいい天気になったのだが、涼しさを通り越して、寒いくらいだった。足早に秋が来てしまったようである。
2001年9月12日(水)
朝の新聞・ニュースを見て、ひじょうに驚いた。アメリカ・ニューヨークのビルに、旅客機が突っ込むという自爆テロである。その後ビルは崩壊し、たくさんの人が行方不明になっている。その映像は、まるで映画のようであった。とても現実のものとは思えなかった。こんなことがあっていいのだろうか。罪のない人々を巻き込むテロは許せないが、武力による報復もあってはならない。人は、なぜ、憎しみあうのであろうか。合掌。
2001年9月11日(火)
台風がゆっくりとしたスピードで、関東上空を通過していった。我が家に被害はなかったが、多摩川の水があふれたりした地域もあった。たいへんなことである。
ADSLのスピードが不安定の時が多く、時にはISDNよりも遅かったことがあるが、ここのところなぜか安定してきた。コンスタントに1.2mbpsでている。よくわからないが安心した。
2001年9月9日(日)
台風15号が近づいてきている。おかげで、甘党娘1号の体育祭が延期になってしまった。平日開催だと、見に行けないわ。
2001年9月8日(土)
川崎のデパートでの物産展で、沖縄の「紅芋のモンブラン」を買ってきてもらった。紫色のクリームが不思議な雰囲気を醸し出している。食べてみると、かなり甘さ控えめで、おいしかった。ロールケーキも食べたかったな。

2001年9月5日(水)
9月に入ってからも比較的涼しい日が続いている。例年、強烈な残暑にさいなまれているが、今年は何とかしのげそうである。
2001年8月31日(金)
今日は、いよいよADSLの開通日である。仕事から帰ってきて、すぐにADSLルーターモデムの設定をしてみた。そしてインターネットのプロパティなどを調整して、接続!1回で見事に成功した。メールのダウンロードやホームページの表示などが、驚くほど速くなった。超特急である。素晴らしい。素晴らしすぎる。ブロードバンドのスピードテストをしてくれるサイトにアクセスして、速度を測ってみた。すると約860kbpsでているようだ。1.5mbpsとはいえないが、十分満足できるスピードである。もう、ISDNには戻れないな。
2001年8月30日(木)
イー・アクセスよりADSLルーターモデムが届いた。今日がADSL工事日で、明日が開通日ということで、ハラハラしながら待っていたのだ。箱を開けると、ちょっと安っぽいルーターモデムがでてきた。今まで使っていたISDNルーターよりちゃちな感じがする。こんなんで、高速通信ができるなんて、すごい。明日が楽しみである。
2001年8月29日(水)
ADSLの導入にともない、ISDNからアナログ回線への変更が行われた。明日はADSLの工事日である。早く開通しないかな。
2001年8月28日(火)
人間ドックを受診した。内容はいつも通りだが、最後の診察がとても丁寧で、結果やレントゲン写真を見ながら詳しく説明してくれた。特に異常なしとのこと、安心した。
2001年8月25日(土)
スピルバーグの「A.I.」を見に行った。小さな映画館であったが、かなりいっぱい人が入っていた。「本物の愛とは?」という問いを訴えてくる映画だった。「シンドラーのリスト」と同様、娯楽作というよりも、主張のある映画だった。
2001年8月21日(火)
大型の台風が近づいてきており、雨が強くなってきた。明日あたり、関東上陸の可能性もあるという。雨が降り、水不足が解消することはいいことだが、人への被害がないことを祈る。
2001年8月18日(土)
今週は、甘党母の実家へ行って来たが、昼間はやはり暑かった。それでも、湿度が低く、こちらよりも過ごしやすかった。近くの温泉に行って、露天風呂に入り、リフレッシュしてきた。
今日は、多摩川の花火大会である。私の実家へ行って見ることにしたが、家を出た頃から雨が降ってきた。台風の影響だろうか。「こりゃダメだな」と思いながら、車を走らせた。
実家には、すでに弟夫婦が来ていた。もうすぐ1歳になる娘もいた。とても可愛かったが、私の顔を見て、しっかり泣いた。また、仕方ないだろう。花火の時間が近づく頃、雨はやんでいた。多摩川の河川敷に行ってみると、例年より人出が少ないように感じた。花火は、対岸の世田谷の花火と、ほぼ同時に始まった。世田谷の方が、鮮やかな花火であった。
途中、強風による中断があり、最後は、強風により中止になってしまった。一番盛り上がるスターマインが見られなかったのが、残念であった。
2001年8月11日(土)
久しぶりに雨が降った。時にはかなり雨足が強くなった。おかげでずいぶん涼しくなった。恵みの雨である。
プロバイダーのHi-HoからADSLの案内が来た。今ならかなり安く、また工事も早いということで、思い切って申し込んでみた。どうなるか、楽しみである。
2001年8月8日(水)
甘党娘たちが一足早く田舎へ行った。電車での二人旅には慣れたもので、旅行のお土産を持っていそいそと出かけていった。田舎でも、少しは勉強してよ。
2001年8月7日(火)
ディスプレイの修理をDELLに依頼すると、3年保証なので交換になるとのことであった。その交換のための新品ディスプレイが届いた。早速パソコンに接続すると、美しい画面がでてきた。あー、よかった。しかし、新品と交換してくれるとは、偉いぞ、DELL。
2001年8月5日(日)
無事ヨーロッパから帰国した。帰りの電車の接続が良く、思ったより早く帰宅できた。日本は意外と涼しかった。このままいくといいのだが。
2001年7月26日(木)
いよいよ『甘党家ヨーロッパツアー』のスタートである。どんな旅になるかわくわくドキドキである。旅行記については『趣味のページ』に書く予定である。
2001年7月25日(水)
スーツケース配送会社がスーツケースを取りに来てくれた。明日成田空港で受け取る手筈である。身一つで空港に行けるのだから、とても楽ちんである。世の中便利になったものだ。
2001年7月23日(月)
ダスキンより頼んでいたレンタル・スーツケースが届いた。いよいよ旅行の準備である。不安もあるが、期待感も大きい。いそいそと準備を始めた。
2001年7月22日(日)
なぜかパソコンの受難が続く。「いったい私が何をしたというのですか、おー神よー」と、心の中で叫んだ。ディスプレイの修理ができるとしても時間がかかりそうなので、この際だからディスプレイを買い換えることにした。どうせ換えるなら液晶ディスプレイである。
朝一でヨドバシカメラに行き、シャープのLL-T1501Aを買った。速攻で家に帰って、接続すると、美しい画面が現れた。「あー、よかった。」おまけに、机の上がすっきりした。
2001年7月21日(土)
昼間はいろいろと用事があって出かけていた。夜、いつものようにパソコンのスイッチを入れるが、いつまでたっても画面が表示されない。「あれ、またこわれたか」と思ったが、パソコンは正常に動いているようだ。よくよく見ると、ディスプレイのインジケータが、見たこともないように点滅している。ディスプレイが壊れちゃった。このままでは、ウィンドウズを終了することもできない。焦って、隣の部屋にあるサブ・マシンのディスプレイをエッチラオッチラ運び込み、接続した。やはり、メイン・マシンは正常に起動していた。表示ができなければどうしようもない。ディスプレイの買い換えだな。またサポートに電話しなきゃ。
2001年7月17日(火)
しかし、暑い。連日気温30度以上だ。職場にはエアコンなどという気の利いたものはないので、暑くてたまらない。どこへ行っても外気温以上あり、場所によっては40度を超えるところもある。「ふざけんなよ、こんなところで働かして」と、悪態をついてみたくなる。汗で水分がでてしまうので、トイレに行く回数が減った気がする。これではおかしくなってしまう。できるだけ水分をとり、しっかりトイレに行くようにしなければ。
雨もちっとも降らないし、大丈夫か、地球は?
2001年7月15日(日)
パソコンリフレッシュ作戦の二日目である。昨日教えてもらったようにしてウィンドウズの再インストールをし、各種ドライバーのインストールをした。ここまでは順調。次にCD-RWの増設。これも順調にいき、きちんと認識された。最後に、SCSIカードの増設だ。これもあっけないくらいに成功!メイン・マシンは順調に立ち上がった。やった、大成功!ほっとしたが、昨日の失敗は何だったんだろう。パソコンとはわからないものだ。後はアプリケーション・ソフトのインストール。これも順調にいき、メイン・マシンは生き返った。えらい時間がかかったが、無事に終わり、どっと疲れがでた。あー、肩凝った。
2001年7月14日(土)
ここのところメイン・マシンの調子が悪い。よくわからない「警告」がでたり、ちょっとしたことでフリーズしてしまう。これではまずいと一大決心をして、ウィンドウズの再インストールをすることにした。
データのバックアップをとり、マニュアルに従って再インストールを始めたが、どうもうまくいかない。「おかしい」とつぶやきながら、今度はガイドブックに従ってやってみた。ダメだ、うまくいかない。これはサポートに電話だなと思ったが、その前にFAXで情報を取り寄せることにした。このFAX情報は役に立った。今までのやり方は間違っていたのだった。「よかった」とほっと胸をなで下ろしつつ、再度ウィンドウズの再インストールを始めた。今回は、ばっちり完了。「よしっ」と、次にSCSIカードとCD-RWの増設をした。パソコンのスイッチを入れ、ウィンドウズを立ち上げると、なにやら警告がでる。リセットするとセイフモードになってしまう。何回繰り返しても同じ状況である。ついに万策つきて、サポートに電話することにした。土曜の夜ということでとても待たされたが、サポートにつながって相談することができた。さすがDELLの24時間無料サポートである。状況を説明しつつ対策を教えてもらう。CD-RWとSCSカードの増設を、各種ドライバーのインストールの後に、最後にすることなどの対策を教えてもらった。今日はもう遅いので、明日続きをすることにした。I
2001年6月23日(土)
今年の3月末から通っていた歯科治療がやっと終わった。最後に歯石や汚れを取ってもらったが、けっこうきれいになったのには驚いた。歯は大切にしなければ。
2001年6月16日(土)
ここのところ多忙で、日記を書くのもままならない。もっと強い意思で書かねばと思うのだが・・・。
学童保育のシンポジウム会場に向かう途中で、わが愛車「CB400SF」の走行距離が10,000kmを越えた。約2年越しである。これからもいろいろなところへ行き、走行距離を稼ぐぞ。
2001年5月23日(水)
風邪が完治し、やっと普通に戻ってきた。今日は、太田裕美のCDの発売日である。心待ちにしていたアナログレコードのCD化である。「Little Concert」「Far East」「I do,You do」「TAMATEBAKO」「HIROMIC WORLD」の旧譜と、ニュー・シングルの「パパとあなたの影ぼうし」を当然全部購入した。しばらくは、裕美三昧である。
2001年5月22日(火)
甘党家御用達の洋菓子店「ロッキー」のホームページができたとメールがきた。Googleで検索して見つけたというのである。実にありがたいことだ。「リンクしてほしい」とのことであったので、快諾した。
2001年5月21日(月)
先週、仕事で北海道に行ったのだが、その疲れからか風邪をひいてしまった。発熱はたいしたことはないのだが腰や関節が痛く、仰向けに寝ることがつらい。近くの病院に行き、症状を訴えたところ、薬を処方してもらった。薬を飲むと、さすがに効いた。腰の痛みがほとんどなくなった。これで、安心して眠ることができる。たっぷり眠って、回復を待とう。、
2001年5月4日(金)
ゴールデン・ウィークの真っ最中である。今年の連休は天気に恵まれず、昨日などは雨で肌寒い天気であった。それでも、行楽地やそこへ向かう道路や鉄道は、大混雑をしたようである。人混みが嫌いな私は、今年も遠出をしない連休になった。
しかし、1日くらい家族でどこかへ出かけようと、今日は銀座に行って来た。先日テレビで放送していた「焼き肉食べ放題」に挑戦するのである。11時20分くらいに目的の店「銀座スエヒロ寿店」に着いたが、すでにかなり人が集まっているようだった。一人1000円の食べ放題メニューを注文した。安い割りには肉は軟らかくおいしかったが、以外と脂がのっていて、思ったほど食べられなかった。年と共に量を食べることができなくなってきたが、今日はそれを痛感した。特に、油が多いものはきつい。今度は、ぜひ寿司に挑戦したい。
帰りに川崎で、甘党母が使うデジタル・カメラを物色した。いろいろ悩んだ末、FUJIFILMのFinepix4500にした。単焦点であるが、コンパクトなボディが気に入ったようである。
2001年4月28日(土)
プレイステーション2のゲームソフト「グランツーリスモ3」を買った。別の用事もあって川崎のヨドバシカメラに行くと、なぜか長蛇の列ができている。なんと、ゲームソフト売り場に入るための列である。まさかみんなグランツーリスモ3を買うためではないだろうが、とてもではないが並ぶ気にはなれなかった。今日はあきらめようという気になった。別の用事を済まし、ふと思いついてラオックスに寄った。ラオックスは、残念ながらもうすぐ閉店するという。ゲームソフト売り場に行くと、さすがに閑散としていた。グランツーリスモ3があるかなと見てみると、あるじゃないですか。並ばなくてよかった。さっそく購入したのはいうまでもない。
家に帰ってプレイしてみたが、さすがにグラフィックはきれいである。しかしゲームは難しい。ステアリングを切る感覚がつかめず、車体が安定しない。コーナーではすぐスピンするし、とてもレースにならない。これは修行が必要だな。
2001年4月20日(金)
久々の日記である。年度初めは忙しく、日記を書くのもままならない。今日は、甘党母と一緒にコンサートへ行った。『あのラジオ、あの歌、あの青春』というタイトルのコンサートで、TBSラジオのパックイン・ミュージックにちなんだイベントであった。私はパックイン・ミュージックはあまり聞いたことがなく、どちらかというとオールナイト・ニッポンの方をよく聞いていた。このコンサートは、太田裕美が出るというので聴きに行ったのだが、彼女以外にも好きなアーティストが多数出演していた。杉田二郎、山本コータロー、小室等、五つの赤い風船、高田渡、沢田聖子、山本潤子、ムッシュかまやつなど、そうそうたるメンバーであった。出演者が多いので、一人1曲だけというのが少々物足りなかった。太田裕美はデビュー曲の『雨だれ』を弾き語りした。今日のメンバーの中ではアイドルに近いということで異色であったが、弾き語りという面では、十分フォーク系と言えるものであった。やはり『雨だれ』は弾き語りがよい。ジーンと胸に響いた。他には、山本コータローの『岬めぐり』、山本潤子の『卒業写真』、杉田二郎の『戦争を知らないこどもたち』、小室等の『雨が空から降れば』、ムッシュかまやつの『どうにかなるさ』がよかった。やはり、フォークソングはいいよね。
2001年3月30日(金)
ワーナーミュージックから、プレゼントが届いた。以前、「Best Pack21 THE VERY BEST OF THE EAGLES」を買い、ジャケット・クロックプレゼントに応募していたのだ。まさか当選するとは思わなかった。箱を開けると、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」のジャケットそのまんまの時計が出てきた。ありがたいものである。さっそく、部屋に飾ることにした。
2001年3月29日(木)
昨日の夜あたりから体調がすぐれなかったが、今日ついにダウンしてしまった。熱はたいしたことはないのだが、肩がこり体がだるい。風邪薬を飲んで横になると、食事時間以外、ほとんど眠ってしまった。こんなに眠ったのは久しぶりである。夜にはなんとか復活した。あー、まいった。
2001年3月28日(水)
天気予報では「雨」とのことであったが、なんとか晴れ間の出ている天気であった。宿の朝食には、アジのたたきが出た。こりこりとしておいしかった。やはりアジはたたきが一番である。
宿を出て、伊豆スカイラインを走り、韮山へ向かった。これまた恒例のイチゴ狩りである。ハウスのなかにはおいしそうなイチゴが実っていた。真っ赤なイチゴを頬張ると甘い味がひろがった。イチゴ独特の酸味にかける感じがしたが、この時期では仕方がない。2月頃の方がもっとおいしいそうである。ちょうど昼頃だったので、昼食代わりにお腹いっぱい食べた。娘たちも満足したようであった。
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2001年3月27日(火)
春恒例の家族旅行で、伊豆へ出かけた。今回の宿泊地は白田温泉である。今回の宿泊地は、インターネットで探してみた。「ISIZE」のホームページで伊豆を選び、いろいろ探して行くうちに今回のプランにたどり着いたのである。それは、『パラドール千代乃』の「舟盛りプラン和室」である。離れの和室でゆったり舟盛りつきの食事というのに惹かれた。それも比較的低価格である。甘党母と検討した結果、ホームページから予約すると、早速予約確認のメールがきた。あっけないくらい簡単である。「これで大丈夫だろうか?」と心配になるくらいであった。
この日は温かい晴天。高速道路は渋滞もなく、順調であった。伊豆に入ってからは、伊豆高原あたりでノロノロ状態であったが、4時過ぎには、無事宿に到着した。宿に着くと、まず風呂に入ってくつろいだ。湯は無味無臭で、さらっとした感触であった。適温で、ゆっくりとつかっていられた。風呂から出ると、お待ちかねの夕食である。舟盛りや金目鯛の煮付けつきの夕食は、品数も多くおいしかった。刺身は、ホウボウという魚(地元で捕れた)で、こりこりとしてたいへんおいしかった。満腹した。
一服してから、貸し切りの桧露天風呂に入った。甘党娘たちには断られてしまったので、甘党母と夫婦水入らずである。桧の露天風呂に入って夜空をボーっと眺めた。至福の時であった。

2001年3月16日(金)
「学童保育の存続・充実を求める陳情」の審議が市民委員会で行われた。長く続けてきたこの運動のひとつの山場という事で、私も仕事を休んで参加した。
朝7時30分から市庁舎前で宣伝行動を行った。春とはいえけっこう寒く、ビラを渡す手がかじかんでしまった。10時頃に市庁舎に集まった。学童保育の署名の前に案件があるので、10時15分頃から審議だろうという話しであったが、前の案件が長引いたようで、11時頃から審議が始まった。傍聴者は80名近くで、傍聴席が満杯になった。
審議が始まると、どの議員も行政に対して厳しい質問をしていた。「12万筆という署名の重さ」「学童保育の歴史と役割を否定できない」「はじめに統合ありきではない」など、学童保育を残してほしいという父母の願いに沿った質問が続出し、行政はしどろもどろの答弁であった。審議は約3時間に及んだ。結果としては、資料請求があるとの理由で「継続審議」となったが、学童保育の存続に理解を示す勢力が多くなったように感じた。さあ、もう一息の踏ん張りだ。
2001年3月4日(日)
今日は、私「甘党」の誕生日である。甘党母や甘党娘たちが、ささやかなバースデイ・パーティーを開いてくれた。バースデイ・ケーキは定番のロッキー洋菓子店のもので、チョコレートと生クリームがマッチして、とてもおいしかった。甘党母や娘たちにプレゼントをもらい、至福の時を過ごした。ありがとう。

2001年2月23日(金)
わが青春のバイブル的存在であるマンガ「翔んだカップル」と「新・翔んだカップル」を手に入れた。「翔んだカップル」は学生時代に読んでいたマンガで、当時全巻そろえていたものだった。それを転居の際、手放してしまったのだ。「新・翔んだカップル」はその続編で、当時はちょこっと見た事がある程度のものであった。「翔んだカップル」のファンとしては、このカップルの行く末に興味があったのだが、忙しさにかまけて手に入れなかった。先日ふと立ち寄った古本屋で、「新・翔んだカップル」の第1巻を手に入れてから、「続きを見たい!」と強く思うようになった。そこで、インターネットで検索してみると、自宅と職場の中間くらいにある古本屋に、それがそろっていたのである。それも良心的な値段で。早速注文したのは、いうまでもない。そして、今日仕事の帰りに買ってきたのである。マンガを読み始めると、心だけ若き頃にタイムスリップしたようで、なぜだかジーンときてしまった。
2001年2月18日(日)
川崎へ買い物に出かけた。愛用の「一太郎」がバージョン・アップしたので、それを買うのである。最近は「一太郎」よりも「ワード」を使う人の方が多いようであるが、私はDOSの時代から一貫して一太郎派である。操作法に慣れているのが理由であるが、ワードの編集画面に親しみが持てないこともまた理由である。「日本語ワープロは、断然国産ソフトがいい!」と力説したい。
ついでに、川崎のデパートでやっていた物産展で、「京都・東洋亭の抹茶シュークリーム」と「南葉山・マーロウのプリン」を買った。家に帰ってから、家族でお茶にした。抹茶シュークリームは、さくっとした皮の中に抹茶クリームが入っており、しっかり抹茶の味と香りがして、おいしかった。他にない味である。プリンはでっかいビーカーに入っているのがおもしろい。味はあっけないほどさっぱりしている。すごくうまいというほどではないが、なかなかおいしかった。今日はリッチにふたつの甘味を食してしまった。
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| 東洋亭の抹茶シュークリーム | 南葉山・マーロウのカスタードプリン |
2001年2月11日(日)
穏やかな晴天である。家族で鎌倉散策にでかけた。北鎌倉駅で降り、まず円覚寺に行った。NHKの大河ドラマの影響か、けっこう人が多かった。娘たちは興味ないようすであったが、久しぶりに行くとなかなか良いものである。東慶寺・建長寺から鶴岡八幡宮を拝観した。その後小町通をそぞろ歩いた。「くるみ」という店でクリームあんみつを食べた。はじめは黒蜜が甘過ぎるなと感じたが、寒天・あんこ・アイスと混じり出すとちょうどよい甘さになり、とてもおいしかった。歩き疲れた体にしみるおいしさであった。時には「和の甘味」もいいなあ。
2001年2月10日(土)
三連休の初日である。甘党娘2号は絵画教室なので、甘党母と甘党娘1号とで買い物に出かけた。用事を済ませてから、コージーコーナーでお茶をした。私はイチゴパフェ。アイスとヨーグルトがよくマッチして、甘酸っぱくておいしかった。
2001年2月9日(金)
学童保育の署名をはやく審議してもらうように、議会にお願いに行った。この日も午前からの活動なので、仕事を休んでの参加である。同僚のみなさん、ご容赦を。40人弱の参加者で、市民委員の議員のに思いを訴えたり、各会派の議員にお願いに行ったりした。「審議する」という確約はとれなかったが、参加者を励ます活動になった。
2001年2月5日(月)
朝、バイクのエンジンがかからない!仕事の時間が迫っているので、焦って何度もセルをまわすがダメ。そのうちバッテリーがあがりそうになってしまい、エンジンをかけることを断念した。思い当たることは、昨日オイル交換をしてもらった後、駐車場に入れるときに、誤って横倒しにしてしまったことである。
夜、バイク屋に持っていくと、やはり横倒しが原因のオーバーフローだということであった。すぐに修理してもらった。しかし、焦ったなあ。
2001年2月4日(日)
雪のため延期になった宣伝行動を、川崎で行った。宣伝参加者は前回よりも少なかったが、署名に協力してくれる人は多く、盛り上がったものになった。やはり、反応がよいと楽しくできるね。
夜には、甘党母の*回目の誕生会をした。すき焼きをおいしく食べ、ロッキーのケーキでしめた。今回のケーキはガナッシュクリーム。ほどよい甘さと軽さで、とてもおいしかった。甘党娘たちからのプレゼントは、ハンカチやハンドタオル・マグカップなど。なかなかいいセンスであった。

2001年1月28日(日)
弟の家で新年会をした。私は、本当は学童保育の宣伝行動に参加する予定だったが、雪のため延期したのである。新年会は私の両親も参加し、にぎやかなものになった。主役はもちろん、生まれたばかりの弟の長女である。もにょもにょしゃべったり、泣いたりと豊かな表情を見せてくれた。抱かせてもらったが、この前の時よりも、しっかり重くなっていた。人の家のこどもであるが、成長が楽しみである。

2001年1月27日(土)
昨日からの雪で、一面真っ白になった。今年はよく雪が降る。今日は弟の家で新年会を行う予定だったが、積雪のため明日に延期した。まさかこんなかたちで雪の影響がでるとは。

2001年1月25日(木)
学童保育連絡協議会の役員と市民局長の懇談会があり、それに参加した。平日の午前中という設定で、仕事を休んでの参加となった。懇談は45分という短時間で、話しを深めることは難しかった。せっかく仕事を休んで参加したのだから、もっと中身のある回答をしてほしかったなあ。
2001年1月21日(日)
学童保育連絡協議会の『学童ほいく映画のつどい』に参加した。今年の上映作は『とつぜん!ネコの国』というアニメである。
今朝起きてみると昨日の雪がけっこう残っていて、映画の参加者が減るのではないかと心配した。しかし映画の始まる昼頃になると、気温も上がってきて、道路も乾いてきた。
映画はストーリー展開の早いもので、小さいこどもにはわかりにくかったかもしれないが、なかなかおもしろいものであった。
2001年1月20日(土)
念願のCD-Rを購入した。機種はパイオニアのPDR-WD70である。デジタル録音機はDATを持っているが、便利さはやはりCD-Rである。購入を決意してからいくつかの店をまわってみた。よく利用するYカメラは7万円近い値段を付けていた。試しに、オーディオ雑誌に広告を出しているショップのホームページをのぞいてみると、そこよりも1万円以上安い。送料・手数料を入れてもこちらの方が割安なので、今回はネット通販にしてみた。料金は代金引換なので、安心である。メールで注文し、返信にメールで確認してから、約5日間でものが送られてきた。以外と簡単である。
約1時間かけてセッティングし(DATとカセットデッキをつなげかえて)、さっそく録音してみた。ダブルデッキタイプなので、CDコピーは実に簡単である。これは便利だ。久しぶりに、オーディオをいじる楽しみが増えた。
寒い寒いと思っていたら、夕方頃から雪が降り始め、あたり一面真っ白になった。甘党娘たちは、雪を見てはしゃいでいた。本格的な冬である。

2001年1月17日(水)
今週に入ってから、猛烈に寒い。十数年ぶりの寒さだそうである。たしかにバイク通勤をしていると、寒さがわかる。朝バイクのエンジンをかけたとき、アイドリングにとても時間がかかる。エンジンもつらいのであろう。走っているときも、体が固まってしまうようだ。グリップヒーターを「強」にしても、指先が温まらない。バイク乗りにはつらい季節であるが、寒さに負けないぞ。
2001年1月13日(日)
FSというところが企画した撮影会に参加した。以前参加した撮影会であった「相原りな」さんが出演するので、参加する気になった。マンションの一室がスタジオになっており、撮影スペースは1ヶ所だけであった。2人のモデルさんがいたので、交代での撮影会であった。ライティングはきちんとされていたのだが、撮影スペースや自由度が限られていたのが残念であった。時間があまりなかったので、2本だけ撮影した。
2001年1月10日(水)
仕事仲間のT氏が亡くなった。ガンのため、53歳という若さであった。2年ほど闘病を続けたうえでの最期だという話しであった。まだまだこれからだというのに、実に残酷であり、残念であった。
教会式の前夜式(お通夜)に参列した。故人の生前の人柄・業績を忍ばせるように、多くの参列者が集まった。知り合いも多数いた。私と同様、闘病生活を知らなかったものもいた。
人間の生と死を考える一日となった。黙祷。
2001年1月5日(金)
一足先に甘党娘たちが行っている、甘党母の実家に行った。車で行ったのだが、一般道・高速道とも比較的空いていて、すんなり着くことができた。田舎についてしばらくすると、雪が降ってきた。明日は近くの温泉に行こうと思っていたのだが、このぶんでは無理だろう。実に残念である。
2001年1月4日(木)
子どもの豊かな未来をめざす川崎実行委員会が企画したミレニアムアクションの「初荷だよ!ずっとずっと守って、ぼくと私の学童保育!入れてよ保育園、守ろう保育園」に参加した。年始集会は、市職労民生支部長の挨拶で始まり、大師授産場家族の会代表や市会議員が続いてあいさつした。その後、私はカメラマンとして代表団に同行し、市役所を訪問した。残念ながら市長には会えず、秘書課長に申し入れ文書(保育園の待機児解消や学童保育の統合問題について)を読み上げて渡した。市側からは、「市長に伝える」という簡単なコメントがあっただけで、事務的な対応だった。。続いて開かれていた年始集会の懇談には、児童部長や保育課長・青少年育成課長・留守家庭児担当主幹・企画担当主幹などが出席し父母の質問に回答したが、学童保育の統合問題には通り一遍の回答しか示さず、誠意の感じられないものであった。12時からは市庁舎前で宣伝行動を行い、私もビラ配りをした。ました。市職員の大多数や通りがかりの市民は宣伝ビラを受け取ってくれ、やりがいのあるものになった。
この日はとても寒かったが、50人をこえる父母・指導員・こどもなどが、仕事を休むなど時間を調整して参加してくれた。ありがたいものである。
集会の帰りに「サンベリー」というケーキ屋でケーキを買った。ここは以前、店員さんが「テレビチャンピオン」の「ケーキ通選手権」に出場したところで、チェックをしていたところである。ミルフィーユなどを買って帰った。甘さ控えでなかなかおいしかったが、カスタードクリームがもうひとつカスタードらしくないのが残念であった。今度は、ショートケーキでも買ってみよう。

2001年1月1日(月)
静かな、静かな21世紀の幕開けである。気持ちよく晴れたいい日である。今年も良い年でありますようにと願いつつ、雑煮を食べた。穏やかな元旦であった。