若い頃はメチャメチャハードな内容の合宿だったのであるが、練習メニュー
を考える代表の年齢が上がると共に、内容は楽になってきた様に思う。
しかし、代表の年齢が上がると、私の年齢も一緒に上がるので、感じる
疲労感は全然変わらない。毎回合宿の次の日は、筋肉痛のため階段が
上がれないのである。
今回は、年々合宿の参加人数が減ってきた事もあって、日帰りの練習
となった。
午前9時から午後5時までみっちり練習した後、山を越え温泉に向かった
(温泉で締めくくらないと気が済まないのである)。あと10分程で目的地に
到着と言う時、深い山の中で1台のベンツが脱輪していた。脱輪しているベン
ツのオーナーは、助けを求める訳でもなく、ただひたすら交通整理をしている
(なんとかする気はないんかいっ)。先頭を走っている代表は案の定パーキン
グランプを点けて、ベンツの後ろに停車した。
「どうかしたんですか?」
「ええ・・・脱輪してしまいまして・・・・」
そんなこたぁ見ればわかるのに、無駄な会話をしている二人を見て、後続の8
台の車からワラワラと野次馬が降りてきた。ベンツのオーナーは、なんな
んだ!この団体は!と驚いた事だろう(冗談でマントラでも唱え始めたら逃げ
出したかもしれない)。よくよくベンツを見ると、後部座席に乳飲み子を抱えた
奥さんらしき人が座っていた。どうやら不倫ではないらしい。
30人もいるのだから何とかなると思っていたのだが、なにぶんベンツは重
い。しかも非常に足場が悪いのである。下手に持ち上げようとすると、バン
パー自体が壊れそうだ(助けに行って、損害請求をされたのではたまったもの
じゃない)。
「しゃあないな〜・・・JAFよぼかぁ!」
最初からそうすれば良かったのだが、山奥なので携帯電話が通じない。
PHSなど尚更である。もちろん近くに公衆電話もあろうはずがない。
しかし、首を突っ込んだ以上、後には引けないのである。
「トランクに役に立つ物でも入ってないんですか?」
しかし、ベンツのトランクには役に立ちそうな物は何も入っていない。
この時ふと私は考えた。純粋に親切心だけで動いているのは何人居るの
だろう。仮にも相手はベンツのオーナーである。うまく脱出できたら
「これで美味い物でも食べて下さい」
と万札など渡されるかもしれない。
「いえいえ・・・そのようなつもりで助けたのではありませんから・・・」
と遠慮の言葉まで用意していたのは私だけだろうか・・・
結局、うまい具合に形の良いブロックの様な物があったので、それをタイ
ヤの下にかませて脱出出来たのであるが、最後まで「これで飯でも・・・」の
言葉は聞けなかった。
ベンツのオーナーと別れて温泉に到着すると、もちろん話題はこの事件に
付いてである。脱出に一つも手を貸そうとしなかった女の子達がギャーギャー
喋っている。
「なあなあ・・・見た?」
「ん?何を?」
「ベンツのトランクにさぁ、グッチのバッグがいっぱいあってんで!」
脱出の為のブロックは見つけられないくせに、グッチのバッグはいとも簡単に
見つけるのである。
「お礼にさぁ・・・1個ぐらいくれてもええやんなぁ」
考えてる事は私と一緒である。
余談ではあるが、今回の事件で一番最初に首を突っ込んだ代表は、私の
ダブルスのパートナーである。私と違って背が高く、足などとても細いのだ。
彼と組んで、ダブルスの試合をしていると
「おひ!こっちのチビで、足の短い方を狙わんかいっ!」
と、よく言われる。
私だって、好きで足が短い訳ではないのだ。ほっといてくれ!
しかし、嫁と組んだ時には、この様な事は言われたことがない。