【 明日ヘノ活力 ─ ヒューズ編 ─ 】
「やっぱりさ。娘がすくすく成長していくのを見るのは嬉しいワケよ」 「へー」 「たどたどしい口調で 『パパ、大好き』 なんて言われたら、そりゃもう可愛くて可愛くて…っ!」 「ほー」 「妻は相変わらず綺麗だし、家族の事を考えるだけで明日への活力が沸くというかー」 「ふーん」 「……マスタング大佐のとっちゃんぼうや…」 「聞こえているぞ。ヒューズ中佐」 クリスマスももう間近、街には雪がちらつき始め、何処となく幸せそうな人々が歩いている昼下がりの東方司令部では、セントラルから出張中のヒューズ中佐は上機嫌で、部屋の主のマスタング大佐は不機嫌だった。 「つれないねえ、このお兄さんは。せっかく帰る前に寄ってやったのに」 やれやれとため息をつきつつのヒューズ中佐の言葉に、マスタング大佐は顔も上げず、黙って机の上を指差した。でんと積まれた大量の書類の山を。 「こちらは仕事中だ。用がないならさっさと帰れ」 「えー? 用ならあるじゃないか」 「なら用件をさっさと言え」 「今用件の最中ですけど、大佐」 ようやっと顔を上げた、いぶかしげな表情のマスタング大佐に、真面目な顔でヒューズ中佐曰く。 「最重要事項。家族自慢」 「あー、はいはいはいはいっ」 「 『 “はい” は一回』 って学校の先生に習わなかったか?」 「はいはい」 「まだ多い」 「いちいちうるさいな、お前は。家族自慢は十分に聞いた。報告ご苦労。帰れ」 顔を上げただけ損だとばかりに、無表情でそれだけ言い放つと、マスタング大佐は再び書類に目を落とす。 あからさまに無視の戦法に入った相方に、ヒューズ中佐はもうひとつため息。それからふと思いついたような表情をすると、おもむろに口を開いた。 「そういや、鋼の坊主と仲がいいんだって?」 「はあ?」 急な言葉に、マスタング大佐がめんどくさそうに顔を上げた。 「誰がそんな訳の分からん事を言っているんだ」 「いや、 『マスタング大佐が鋼の錬金術師を苛めている』 だったかな?」 「苛めてなどいない。からかっているだけだ」 憮然としながらも胸張って答えるマスタング大佐を、ヒューズ中佐は呆れ顔で眺める。 「あんまり苛めんなよ。お子様相手に大人気ない」 「それは分かっているんだが、あれはからかうと反応が面白いんだ」 いい大人としての忠告に頷きつつも、笑みを漏らしながらしみじみと反論するマスタング大佐であった。 「あんまりそんな事やってると、坊主に嫌われるぞ」 呆れた調子の言葉に、マスタング大佐はにやりと笑う。 「嫌われているとなると、ますます楽しいな」 ああ、このひねくれ者 ─ とは、ヒューズ中佐の心の声。本気で楽しそうなマスタング大佐を眺めやり、それからこちらもにやりと笑った。 「でも、お前のその気持ち分かるな。俺もそういうヤツを知っている」 「ふむ?」 「反応が面白いんでついつい構いたくなってなー。確かにそいつと鋼の坊主は似ているな」 返事をするのが面倒になったらしく、マスタング大佐はその言葉を聞き流し、三たび大量の書類を捌く事に集中し始める。 それをにやにやと眺めつつ、ヒューズ中佐は言葉を継いだ。 「─ お前さんの事だけど」 「はい?」 言葉の不可解さに、思わず顔を上げてしまったマスタング大佐の眼前に、ヒューズ中佐の瞳があった。何でヒゲ面の野郎の顔をどアップで見なきゃならないんだと、うんざりした顔に、その瞳がにっこりと笑いかけた。 「家族の次に愛しているよ。ロイ」 そしてそのまま、目を丸くしている相手の頬にキスを落とす。 しばしの沈黙が流れた。窓の外からクリスマスソングが流れてくるのが分かるほど。 石になったんじゃないかと心配になるくらい、キスの相手は顔色ひとつ変えずに硬直していた。 と、次の瞬間、マスタング大佐はその場からたっぷり10メートル飛び退いた。椅子に座っていたはずなのに、それは電光石火の早業で、呆然とした顔で窓にへっぴり腰でへばりつく。 「……ぶぶっ」 その様子を一部始終見ていたヒューズ中佐、堪えきれずに吹き出した。 「おーもーしーれーっ!」 最初だけは一応悪いとは思っていたのか、手のひらで口を覆って声を上げないようにしていたが、すぐに我慢出来なくなって大笑い、バカ笑い。涙を流して背を丸めて笑い続ける。 大笑いの対象のマスタング大佐は俯いていた。そのまま顔を上げずに、その代わりに手袋を嵌めた右手を掲げる。 「マスタング大佐、書類書類。燃えるぞ」 ひーひー息を切らして笑い転げながら爽やかに忠告した時、ヒューズ中佐はプチンと血管の切れる音を聞いた ─ ような気がした。 「出てけーっ!!」 怒鳴り声と共に書類の束が飛んでくるのをすんでの所で避けて、大笑いしながらヒューズ中佐は部屋から逃走。 「廊下は走らないで下さい、ヒューズ中佐」 上機嫌で勢いに乗って走る人物を、ホークアイ中尉が見咎める。その姿ににっこりと笑いかけながら、片手を上げてヒューズ中佐。 「や、中尉、後のフォローよろしく」 「─ またですか? なだめるの大変なんですよ?」 『誰の』 フォローか言わないままでも意味は伝わっているらしく、ホークアイ中尉は非難がましい目を向ける。 「いやー、面白くてつい」 「お気持ちは分かりますが、仕事に差し支えるので適当な所でやめといて下さい」 心底楽しそうなヒューズ中佐を眺めつつ、ホークアイ中尉はこれみよがしなため息をついた。 やっぱり軍は、実は平和なのかもしれない。 了 (2003.12.23)
お題を考えるのが面倒なので、無理やりシリーズにしてみた『明日への活力』 今回はヒューロイでどうよ?(どうよって、あんた…) からかって面白いタイプってのは、大佐もエドもどっこいだと思いつつ、大佐『で』遊べるヤツっていったら、ホークアイさんかヒューズだろうなあってコトで、今回はヒューズにご登場願いました。 これを読んでいるお嬢様たちへのクリスマスプレゼントとして、キスシーンも入れてみたのですがどうでしょうか? ホッペにチュ♪ だけどねー。表向けだから。 このコンビも結構楽しいですな。オヤジ〜ず。 |