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【 強欲の論理 】



「正直、自分でも少々意外だった」
 辞して、その場を離れるために向けた背中から、不意に声が届いた。
 思わず振り返った先には、脇腹を押さえて苦しげに息を漏らしながら、それでも笑っている男の姿があった。こちらに聞かせるためなのか独り言なのか判別しかねる様子で二の句を継ぐ。
「もう少し割り切りの良い人間だと思っていたのだがね。これでは鋼のを笑えんな」
「ブレダ少尉の報告にありましたね」
 ホークアイ中尉は振り向きかけた体勢から向き直り、真っ直ぐ前を見据えているロイに視線を向けた。
「エドワード君は前へ進む事を決心したようだと。 ─ 誰一人失わない方法で」
「ガキの戯言だ。夢物語だな」
「ですが ─ 」
 バカバカしいと云わんばかりに両断する声を遮って、彼女は口を開いた。
「貴方も同じ事をなさろうとしていますね?」
 問いかけというよりも、確認の意を含んだ言葉への応えはなかった。顔色ひとつ変えなければこちらに目を向けもしない。沈黙を守る姿に、彼女はひとつ大きな息を吐く。
「今の貴方は、無理を承知で駄々をこねる小さな子供のようです。両手いっぱいに荷物を抱えたまま目的のものまで取ろうとしている。何かを手離さなければ欲しいものが手に入らないと分かっているのにひとつの荷物も降ろそうとしない、強欲で我が侭な子供です」
「私の副官は怪我人にも容赦がないね」
 居心地が悪そうに肩をすくめるロイを見やって、ホークアイ中尉は辛辣な言葉と似合わない穏やかな微笑を浮かべてみせた。
「それでも目的を遂げると信じていますし ─ そんな貴方が好きですよ」
「……そういう台詞はもっと色気のある場で聞きたかったものだ」
「そのような事をすれば大佐はつけ上がります。それに、一般論以上の感情を付加されても困りますから」
 たっぷり一呼吸置いた後、相変わらず前を見据えたままぼやく男に、彼女はにこりともせずに事務的な声で応えた。にべもない態度に、ロイはやれやれと大きなため息をつく。それから小さな伸びをして、傷口に響いたのか顔をしかめながら、それでも微かな笑みと共に言葉を吐いた。
「子供が夢物語を語るなら、私は実践してみせればいいだけだ。それなら文句はあるまい」
「大事も小事も両方手に入れるおつもりですか?」
「結果的にはそうなるな」
「そんな事が本当に出来るとお思いなのですか?」
「出来るか否かはこの際問題ではない。やるんだ」
 口を引き結んできっぱりと言い切る横顔を、ホークアイ中尉はほんの少し目を見開いて見詰める。相変わらず視線を交わそうとせずに中空を見据えていたロイは、不意にいつもの、鋼の錬金術師が 『 いけ好かない 』 と評する笑みを浮かべた。
「幸い、私の荷物には手足がついているからな。望みのものを手に入れるまで必死にしがみついていて貰おう」
「もし手足を失ったら?」
「齧りつけ」
 事もなげにあっさりと言ってのける男を、彼女は一段と目を見開いて見やり、それから諦めたような微笑を浮かべて大きなため息をついた。
「貴方の荷物になるのは大変ですね」
「まったくだ」
 苦笑しながらの言葉に、他人事のようにのんびりとロイが相槌をうつ。それから初めて、彼女に視線を向けた。
「それでも付いてくるか?」
 皮肉な笑みを上らせ、しかし決して笑わない目で問いかける男をしばし見詰めて ─ 。彼女はすました表情で口を開いた。
「分かりきった答えを聞いている暇などないと考えます。マスタング大佐」
 その言葉に少しだけ深く笑んで、ロイはあっさりと視線を外した。それ以上何も口にする気はないというように、ひとつ息を吐いてから目を閉じて、壁に身体を預ける。
 無言の催促にもう一度礼を通し、ホークアイ中尉は再び背を向け歩き出した。

 セントラルの長い夜が始まろうとしている。


了 (2005.2.17)



2月はマスタング大佐強化月間です(いつの間に?)
原作の展開があまりに美味しすぎたので、旬の内にちょっくら便乗。つーコトで、何処かで聞いたような題名の、大佐とホークアイさんのお話。
ハボックさんを切り捨てられない自分に、実は本人が一番ビックリしているんじゃー? と思ったり、誰一人失わずに目的を遂げるなんつー子供の夢物語を、大佐は実際にやってのけようとしているみたい等と考えて書いてみたり。ムリを通せば道理が引っ込むって感じ?
やっぱり大佐とエドって類友だよな。グリードよりもこいつらの方が、よほど強欲さんな気がしてきました。2人とも総取りする気マンマン。
ホークアイさんと大佐の関係は、恋愛沙汰よりずっと色っぽいと思っています。原作の2人の何ともいえない緊張感がたまりません。
しかしホントに長い夜が来るんだろうな。原作であっさり朝になったら大笑い(笑えんて)

2005.3.12追記
次の回であっさり朝になってしまいましたー! ま、まあこれからセントラルは、あたかも明けない夜の如く大変だよって含みにしておこう(自分をごまかしています orz)