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【 Hand 】



 ラッシュバレーの夕暮れ、囲む岩山に落ちかかった太陽が砂煙に滲む時分の市場は確かに混むのだけれど。
 それにしても今日は人出が多いと思う。何か行事でもあったかしらと記憶を掘り起こしてみたけれど、特別思い浮かばない。たまたま巡り合わせが悪かったみたいだ。
 それなのに、今日の荷物持ちは最悪なんだから。彼らが居る間はアルが買い出しの手伝いをしてくれていたけれど、こんな時に限ってエドしかいないなんて。
 大体あいつは 『 はい 』 の返事の前に、何か言わずにいられないのかしら。 『 エド=仏頂面=文句 』 でワンセットになっている。昔はもっと可愛かっ……あまり変わっていない所がマズいのかも。
 たまにはアルみたいに素直な 『 はーい 』 を聞かせて欲しいものよね ─ って、あっちも同じ事を思っているかもしれない。
 人出の多さに不平を言いつつ、気乗りしない様子ながらも荷物は持ってくれた。けれども、並んで歩くのが恥ずかしい年頃なのか、さっきから少し先を歩くエドの後姿を小走りで追いかけていた。待ってと呼びかけても反応しやがらないし。ホント、可愛くないったら。
 心の中で文句を言いながら物言わぬ背中を追いかけている内に、何だか切なくなってきた。
 すぐ手の届く場所にいるのに、とても遠い。明日は一緒にセントラルへ行くのに。まだ別れる訳ではないのに、もう一緒に歩いていけなくなりそうで、それどころか二度と会えなくなりそうで。
 知らず涙ぐんでいる自分に気づいて、慌てて頭を振って気分を切り替えるのに専念した。大変なのは彼らの方なんだもの。私が落ち込んでいてどうするの。
 ─ あら? エドったら今こっち見た? ……何だかさっきより歩みが遅くなったみたい。
 相変わらず振り返らずに我が道を行っているけれど、離れすぎないように、でも追いつかれない程度に距離を保っているように感じるのは気のせいかな。
 今度は荷物を脇に抱えて両の手の平を凝視している。機械鎧と見比べている…ワケないか。
 ─ ああ、そんなに左手をゴシゴシこすったら赤くなっちゃうじゃない。そっちは生身なんだから。泥でも付いていたのかなあ。つーか、手の平拭いたズボンは自分で洗ってよね! …って、あら?
 人込みに紛れて先を歩いてはいるけれど、間に人が入らないように注意して。振り返らずに、自分に向かってぶっきらぼうに差し出された左手をまじまじと見た。顔を覗こうとしたけれども止めて、いつも整備している機械鎧の方ではない、生身の手の平をそっと握ってみる。
 一瞬ビクッとしたけれども、ただそれだけ。握り返して来る事はない。でも振り解く事もなく、黙って好きにさせておいてくれる。
 見かけは小さいのにゴツゴツとした感触に少し驚き、堅い掌から伝わる温もりに安堵した。これがエドの手なのだ。彼が、彼らが取り戻さなくてはならない半身。
 ならばと私は胸を張る。その時まではこいつの手足でいなくちゃ。彼らが彼らの精一杯で旅を続けるのなら、私は私の精一杯で機械鎧を整備する。負けてなんていられない。置いてなんか行かせない。
 そう考えたら何だか元気が出てきた。ぎゅっと強くエドの手を握りしめると、またビクッとする。
 前言撤回。結構可愛い所もあるじゃない。

 汗ばんだ手の平に免じて、顔を覗き込むのも並んで歩くのも許してあげた。ほんの少し後を、相変わらず省みない背中を眺めながら、手をつないでただ歩いた。夕日に向かって。



了 (2005.4.13)



いえね。原作のウィンリィが色々大変そうだなーと思って。少しはほのぼのさせてあげたいなー…とかとか。
4月は女の子を大事にしよう月間ですというコトで、ウィンリィとエドのまったりほのぼの話。ノーマルカップリングは後ろめたい気分に陥るコトがなくていいやね。心洗われるわ。

実はこれには元ネタがあります。
桑田乃梨子の『卓球戦隊ぴんぽん5』(本当にこーいうマンガがあるのだ)白泉社文庫版のおまけにあった『半歩先を歩いて 振り返らずにそっと手を出してくれて そのままつないでくれる』…というシチュエーションがいたく心に残り、これをエドとウィンリィでやったらどんなにお似合いだろう等という腐女子にあるまじき健全な妄想を、うっかり文章に起こしたのがこれ。
やおい歴○年(当然2桁の年数である)の私でも、たまにはノーマルカップリングを推奨したい時だってあるのです。
思春期に限らず、同い年なら女の子の方がマセているだろうというコトで、ぶっきらぼうに振舞ってしまう不器用なエドと、分かって見逃してくれるウィンリィ。手を差し伸べる前に一生懸命拭いてキレイにしている辺りが、自分で書いておいて何ですが微笑ましくて好きです。
……若いっていいなあ。思わず遠い目になっちゃうわ。