「これからはいいお友達で ─」 同じ言葉を聞いたのはもう何回目だろうかと思いながら、向けられた背が小さくなるのを見送った。甲高いヒールの音を響かせたそのひとの、艶やかなブルネットの長い髪を揺らす冷たい風が身にしみる、冬の気配が色濃い晩秋の事だった。 【 いいひと 】
「ボクね。ハボック少尉って本当にいい人だと思うんだ」 ああ、この台詞も何度も聞いたよなあ。最初はこの台詞で始まって、……最後もこの台詞で終わるんだよな。何故か。 「ほら、こうやってパカッと頭取って中を覗き込んだ時。中が空っぽなのにビックリはしていたけれど、その後すぐに笑ってくれたでしょ。あの笑顔がすっごい嬉しかったんだよ」 そういやそんな事もあったっけ。あの後すぐに、笑顔の可愛いナタリーが幼馴染みと結婚するって報告に来たんだよな。はは…。 「ボク、ハボック少尉が大好きなんだ。ホントだよ?」 ……そういや、はっきり『好きです』って言われた事あったか? オレ? 『ハボックさんていい人ね』なら腐るほど聞いた覚えがあるんだが。─ いやいや、記憶を漁れば一度くらいは出てくるはずだ。あの時とかあの時とかー。 「だからね、ハボック少尉。ボクと結婚してください!」 ………はいーっ!? 「や、あの……はあ?」 「ボクの話聞いてなかったの?」 「聞いているとかいないとかって話じゃないだろう、アル。…って、……はいー!?」 「せっかく一世一代のプロポーズをしてるのにー」 いや、そんな子供みたいにむくれられても困るんだが。……そういや普通に子供だったな。図体がでかいと錯覚してしまう。あー、分かった。こりゃアレだろう、アレ。 「いやもう十分驚いた参りました。んで、カメラはどこだ?」 「何キョロキョロしてるの? 少尉」 「いや、これドッキリだろ。マスタング大佐か大将がどこかにカメラ仕込んでるんだろ?」 「何ふざけてるのさ」 「………は?」 「ボク真剣なんだよ!?」 はいーっ!? 「いやそれ、真剣にありえないだろ」 「どうして?」 「………お前、実は大将の弟じゃなくて妹でしたってオチなのか?」 「失礼だなー。“アルフォンス”は女の子につける名前じゃないでしょ。ボクは兄さんより背も高かったしカッコよかったんだから!」 そんな得意そうに胸張られても……。 「あのな。今ならまだ間に合う。お前は男なんだ。別に他人の趣味についてどうこう言う気はないが、今から嫁に行く事を考えなくてもいいだろうが」 「何言ってるの? ボクは男の子だもん。結婚て言ったらお嫁さんを貰う立場に決まってるじゃない」 「………は?」 「身体は丈夫だし、自分で言うのもなんだけど性格もいいし将来性もあると思うよ。……兄さんはちょっとうるさいけどボクが全力で守るから、安心してお嫁に来てね」 はいーっ!? 「あの……アルフォンスくん? 君にはオレはどんな風に見えているのかな?」 「?」 「とりあえず、オレも性別=男なんだけど……」 「細かい事は気にしない!」 「気にしろよ!! つーか、そこが一番でかい障害だろうが!!」 「愛があれば年の差も性別も超えられるって、軍のお姉さん達が言っていたよ」 本もいっぱい貸してくれたと嬉しそうに掲げてみせた表紙には、どうやら男らしいきらびやかな二人組が、何故か絡み合ってカメラ目線でこちらを見つめていた。何で皆同じような構図なのだろうか。 「ボクまだ子供だから、しばらく婚約だけかなー。元の身体に戻ったら式を挙げようね。ボクはタキシード着て……。ハボック少尉はお嫁さんだから、やっぱりウェディングドレスを着なきゃだよねえ」 自分がウェディングドレスを着せられると聞いた途端、何故か大佐がフリルのたっぷりついた真っ白のドレスを着て、がに股で闊歩しながら高笑いを響かせている図が脳裏を過ぎった。すね毛が覗いている足の真っ赤なハイヒールが眩しかった。 「ね? ハボック少尉。いいでしょ?」 いいでしょってそんな目を輝かせて期待されても。もう倒れそう……。 「いやその、アルフォンス。せっかくの申し出なんだが ─ 」 「なんだ? オレの弟じゃ不満だとでも言うのか?」 ああ、またややこしいのがやってきた。 「大将。頼むこの通り。もう勘弁してください。お願いします」 「オレだって可愛い弟をみすみす男にくれてやる気はないんだがな。本人の意思が固いからなあ。オレも鬼じゃないしー」 したり顔で重々しく頷く姿は、子鬼の姿そのものに見えた。頭に2本の角が見えるし、尻からは先が黒いハート型をしている尻尾まで生えている。 「ま、ここは男らしくオレの可愛い弟をどーんと受け入れてくれ、ハボック少尉」 にっこりと笑った金色に輝く髪に彩られた顔が天使のようなだけに、余計に悪魔的に思えた。返事も出来ずに茫然としていると、悪魔は再度口を開く。 「弟に恥をかかせたりしたら……。分かっているだろうな……?」 神様ごめんなさい。もう失恋したからって文句を言ったりしません。仕事も今まで以上に一生懸命やります。 だからどうか、この異次元空間から助け出してください。 「ちょっとやりすぎたんじゃない?」 「かなー。だから大人しく大佐が他の女を紹介しときゃよかったんだよ」 「何を云うのだ鋼の。私が出張ったりしたらシャレで済まなくなるだろうが」 「今でも十分シャレになってない気がするけどな。アルも『ボクがお嫁さんになってあげる』とか言っときゃいいのに」 「ヤだヤだそれは絶対イヤ! ボクは可愛いガールフレンドが欲しいんだもん! だったら兄さんがやればよかったじゃない!!」 「こんなに可愛いオレ様が迫ったら、それこそシャレにならねーよ。少尉が犯罪に走っちまう」 「……可愛い……」 「ああ? 文句あんのか大佐」 「ないない微塵もない。あー鋼のは可愛いねえ」 「なんだよその棒読み口調は! ムッカつく」 「でも気が紛れたら、少尉の失恋の痛手がちょっとは治るかな?」 「治ってもらわねば困る。仕事に支障をきたされたりしたら、おちおちサボる訳にもいかないではないか。─ 私が」 「あんたは自分の事ばっかりだなー」 「部下の心のケアも怠らない優しい上官だと言って欲しいね」 「そこまで己を正当化出来るってーのは才能の一種だぜ」 「そんなに褒めるな鋼の」 「褒めてねえ!!」 「……でもホントに元気になって欲しいな。ハボック少尉っていいひとだもん」 「確かに『いいひと』ではあるのだがねえ」 「いいひとなんだけどなー」 マスタング大佐と、小さな兄と大きな鎧の弟の兄弟は、三者三様それぞれの思いをこめて呟いた。 了 (2007.11.11)
失恋したハボックさんを、一芝居打って慰めようと頑張る大佐と兄弟のほのぼの小噺。ちっともほのぼのしていないような気がするけど気にしない! ハボさんの女関係って、いいひとなだけにそのままで終わってしまうイメージがあります。頼れる友達やお兄さんのまま、先に進めない感じ。 なのでなんとなーく同年代や年下よりも、年上のお姉さまを狙った方が上手くいくような気が。だとすると、ラストとは結構お似合いだったのかもしれませんな。 大佐と兄弟に関してはフォローのしようもございません。すみませんごめんなさい。きっと彼らは彼らなりに、ハボックさんを元気付けようとしているんですよ。きっとそう! ……そうだといいなあ…。 アルにカメラ目線で男が絡んでいる表紙の本を貸したのは誰なのか、つーかハボエドはともかくアルハボはありなのか? などなど、謎は深まるばかりです。 |