【 受動喫煙 】
「おや珍しい。今日は大将独りか? 弟はどうした」 やけに暇で閑散とした昼下がりだった。マスタング大佐は有能な副官と共に近隣の視察に出かけていて、他の面々もそれぞれの持ち場に散っている。 そんな時なのに、いや、そんな時だからこそ暇でいた。さり気なく口うるさい上官が居ない今サボらなくて、何時サボるというのだ。 ─ 訂正。 『 サボり 』 ではなく 『 休み 』 誰もいない仕事部屋で一服と洒落込もうと思ったら、今は子供が2人居ついている事を思い出した。その内の1人が、まるで部屋の主のようにそこに居た。留守中の大佐の椅子にどっかと座り、物憂げに外を眺めている。小さな身体が椅子に沈み込んでいて可愛らしいものだと思ったが、そんな事を言ったらこの場で殺されかねない。見かけはちっこいのに凶暴なガキなのだ。 「あー、ハボック少尉か。アルは街に買い物に出てる」 生あくびをかみ殺しながら、目線だけこちらに向けてちっこいのが答える。心の中で 『 ちっこいの 』 呼ばわりしているとバレたら、首と胴がオサラバしかねない。 『 豆 』 よりはマシだろうと弁明しても、やはりダメだろうか? 「少尉もヒマそうだなあ。あまりサボってると後から大佐にこき使われるぞ」 心の中を見透かされたようでギクリとする。 「人聞きの悪い事を言うなよ。忙しい中、ひと時の安らぎを得に来たんだから」 「ひと時ねえ…」 にやにやと生意気な色を見せる金の瞳から目を逸らし、場を取り繕うように煙草を咥えて自分の席に座った。ああ、滅多にない大怪物が不在の昼下がりだというのに小怪物が居座っているとはついていない。利害関係が薄い分、こっちの怪物は遠慮がないからな。 「少尉、あんまり煙草吸いすぎんなよ。身体に悪いぞ」 「お前ねー。口うるさい母親みたいな事言うなよ」 「受動喫煙させられるこっちの身体に悪いの。錬金術師は健康でなきゃならないんだぜ」 大佐の椅子から降りると、こちらの机に断りもなく腰を下ろし、腰に手を当てて偉そうに告げるちっこいのに、だったら寄ってくるなよと言いたい気分に駆られた。でもそう言ったら言ったで、 『 この部屋の何処に居ても煙はやってくる 』 とか何とか、すました表情で反論するに決まっている。 そう思ったので、話題を変えてみる事にした。 「錬金術師ってのはそういうモンなのか?」 「まあね」 頷いて、ちっこいのは両の手を合わせて輪を作る。それから神妙な顔で言葉を紡いだ。 「錬金術ってのは物質の 『 理解 』 から始まる。他の物質を 『 理解 』 『 分解 』 するためには、自分の身体の組成を理解出来ないようじゃ話にならないんだ。それこそ血管の一本、細胞のひとつまでな」 つまり、と言葉を切ってにやりと笑う。 「錬金術師ってのは身体が資本ってコトだ」 オレの場合は特にそうなんだよと言うのを聞いて、ああ、なるほどと得心した。普通の錬金術師とは違い、鋼の錬金術師は練成陣を描く事はしない。大佐のように既に陣を仕込んでいる物を持っている訳でもない。己の身体そのものが練成陣だと言っているのを聞いた事があった。 「なるほどねえ」 素直に感心しながら頷くと、ちっこいのは小首を傾げて思案するような、何かを企むような表情をした。─ と、突然くゆらせていた煙草をヒョイと取り上げられる。 「あ、こら」 咎める間もなく、慣れない手つきでそれを口に運んで咥える。そのまま息を吸い込んだようで、ムッと気難しい顔で渋面を作った。 「…不味いもんだな、こりゃ」 「何の真似だ? エド」 「美味そうに咥えてるからどんなモンかと思って」 「身体が資本なんじゃなかったのか?」 「まー、そうなんだけどさ」 照れ隠しのように笑って一旦口を噤み、それからさっき部屋に独りで居た時にしていた表情を見せた。遥か遠くを見る目。まるで絶望だけを見つめているようだと、奇妙な考えが頭をよぎる。 「 ─ たまには不健康なコトをしたい時もあるだろ?」 そう言って、すぐにいつもの表情に戻った。生意気そうな子供らしい笑み。 何か声をかけようと思ったが、何も言葉が浮かばなかった。呼びかけようと口を半分開いた状態で、そのまま押し黙ってしまう。 多分、気遣わしげな、同情するような目つきになっていたのだろう。ちっこいのは困ったように笑って、何を思いついたのかもう一度煙草を吸うと、そのままこちらに顔を近づけてきた。 一瞬何が起こったのか分からなかった。唇に当たる柔らかな感触のそれに呆然とする。 次の瞬間、口腔に煙を吹き込まれた。自分で吸ったモンじゃない煙って不味いものだと、思わず顔をしかめる。唇を離された時には、不覚にも咳き込んでしまった。 目尻に滲んだ涙を拭って咎めるように見上げると、こちらを面白そうに見下ろす瞳と目が合った。バカにするという感じではなく、純粋に楽しいと思っているようだ。 「な。受動喫煙って不味いモンだろ」 にっと笑いながらそう言う邪気のない姿にあきれてしまう。どう反応すればいいものやら分からずに、仕方がないので大きなため息をついた。 子供にからかわれて動揺してしまったのが悔しくて、ぶっきらぼうに煙草を取り上げる。不機嫌極まりないという表情をしてみせたが、見透かされているのか、ちっこいのは涼しい顔でそのまま机に座り込んでいた。 この世に悪魔はいる。それも小悪魔だ。食われないようにせいぜい気をつけようと決心する。 ─ ああ、そういや上官は大魔王だったな。 オレって運が悪いと、ハボック少尉は小さな声で呟いた。 了 (2004.07.20)
鋼イベントに行って活力を貰ってきたので、ふと思いついた小ネタを書いてみました。お話書くなら今のうちだな。 一応キスシーンありなので(こちらには男性が来ているのし) 表に置くかギリギリまで悩みましたが、裏に置くにはヌルすぎるし、サイキの方でもこの位なら表にあるからいっかーってコトでこちらに。 子供にからかわれて悔し涙にくれるハボックさんの話。ただの思いつきなのであまり意味がありません。ハボエド…じゃなくてエドハボだよね、やっぱり(^^;) ちとキスシーンが書いてみたかったの。そのワリには、え? キスしてたっけ? …って思われる位にあっさりしたモノでしたけど。足りない分は妄想力で補ってくださいませ。 もちろんエドの錬金術講釈はハッタリで、根拠なんかありません(きっぱり) |