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ああもう! デカい図体してみっともねえな
分かった、分かったよ。オレが側にいてやるから
ずっと一緒にいてやるから




【 夢みるように眠りたい 】




 とんでもない夢を見た。

「あれ? 何で大佐がここにいるんだ?」
「今、自分が何処にいて何をしていたか正確に報告してみたまえ。鋼の」
「……東方司令部のマスタング大佐の執務室で…居眠りしていました…?」
「良く出来ました」
 仏頂面の部屋の主はにこりともしないでそう言うと、同時に拳も飛ばしてきた。遠慮なしにこづかれて、エドは頭を抱えて思わず不平の声を漏らす。
「痛えだろ。脳細胞が死ぬ」
「今よりバカになる事などありえないから安心したまえ」
「むー」
 こちらが悪い事は理解していたので、口論するのはやめておいた。大体、夢見が悪くてそんな気分になれない。
「上官の部屋で腹出して熟睡するとはいい度胸だな」
「おかげさんで」
「褒めとらん」
 これみよがしな嫌味を言ってくる男の顔を、ソファからようやっと起き上がったエドは、覚めきらない頭でぼんやりと見やった。
「とんでもねー夢を見た…」
「ほうほう。夢を見るほどぐっすりと眠っていたんだな」
 執務机に積まれていた書類を整理しながら、振り向きもしないくせに嫌味だけは忘れないヤツの背中を眺め、エドはいつものように憎まれ口を叩く事なく、独り言のようにぼそりと呟いた。
「あんたが泣いていた夢」
 その途端、ロイはどさりと机に突っ伏した。
「 ― ちょっと待て。何を見たって?」
「だから大佐が泣いている夢だって。仏頂面して黙ったままボロボロ泣いてるんだもんな。さすがに困った」
 背筋を伸ばし、真顔できっぱりと言ってのける子供とは対照的に、ロイは机に齧りつくが如く沈み込んでいた。不意打ちに食らったショックが大きすぎて足元がおぼつかない。
「……はーがーねーのー。君は私に断りもなしにー」
「いや、夢って断ってから見るモンじゃねーし」
 何とか気を取り直して立ち上がり、ワケの分からない戯言をほざく子供を睨んでみたが、彼は意に介す様子はなく真っ直ぐな視線を向けてきた。笑うでもなく、からかう様子も見せない押し黙った生真面目な表情が、いつもと勝手が違っていてどうも調子が狂う。
 言うべき言葉を見つけられずに、苦りきった表情で口を結ぶ男を黙って見つめていたエドは、不意に手招きをした。あっけに取られた表情を見せる相手に向かってしきりに手を振る。
「マスタング大佐。こっちきて座れ」
「は?」
「いいからここに座れって」
 さっきまでいぎたなく寝そべっていたソファを指さし、有無を言わせぬ口調で告げるエドを、ロイはまじまじと見つめた。何かを企んでいる様子ではないが、妙に真剣な表情が余計に薄気味悪い。
 命令口調なわりには静かな声音が不気味だったが、ここで突っぱねるのも大人げないと思い直して、子供の我がままに付き合ってやった。先ほどのショックが尾を引いていたせいもある。まったく、失礼な妄想をするガキだ。
「これでいいか」
 諦めたような大きなため息を吐いて歩み寄り、投げやりに自分の隣にどっかと腰を下ろす男の一挙手一投足をじっと見ていたエドは、やにわに立ち上がるとその前に立ちふさがった。
 ひとに足労をかけさせておいて、いきなり目前に立ちはだかって見下ろしてくるあつかましさに、さすがにロイはムッとして、その行動をたしなめようと口を開きかけた。が、無礼な態度とは裏腹の神妙な顔つきに言葉に詰まってしまう。このガキは、一体何を考えているのだ?
 ― と、不意に金の瞳が目の前からかき消えた。と思ったら、ふわりと何かに包まれたような暖かさを感じる。それが抱きついてきた子供の体温だという事を理解するのには、数瞬の間が要った。
 大胆な行動をしでかしたわりには、照れ隠しに唸り声を上げている子供を横目で見やって、さてどう反応したものかと少しばかり途方に暮れた。気味が悪いので引き剥がそうかと、我ながら意地の悪い考えが浮かんだが、いつもの生意気な様とは違った彼なりに真摯な態度に、行動に起こすのはためらわれた。
「さて。この状況の説明をしてもらっても構わないかね? 鋼の」
「う゛ーっ」
「唸っているだけでは分からんだろう」
 こちらの好きにさせたまま真意を求めてくる男に、エドはどうにも気恥ずかしくて言うべき言葉を見つけられなかった。自分でも突拍子のない事をしていると自覚しているのだ。いつもの調子で邪険に扱ってくれれば誤魔化す事も出来たが、真顔で受け止められると次の行動が取れない。こんな時に限って対等に向き合ってくるなんて、こいつは本当にイヤなヤツだと、悔し紛れに心の中で罵ってみる。一通り悪口雑言を思い浮かべてから、エドは意を決して口を開いた。
「………あんた、突っ立ったまま泣いてたから」
「はい?」
「夢の中の話だよ! オレが何言っても答えないで、ぼーっと立ったままこっち見て無表情でただ泣いていやがるから。こっちの言う事なんか聞きゃしないし手を伸ばしても届かねえし、だから ― 。目が覚めたらとりあえずこうしようと思ってた」
 不機嫌な声で一気にまくし立てると、エドは大きな息を吐いた。我ながら恥ずかしい理由だと、自分の心境が推し量れなくて途方に暮れてしまう。しかし、それがこの男にバレるのはもっと恥ずかしかったので、顔を見ないで済むように首に回した腕に力を込めた。
 一方的に告げられた、突拍子もない子供の言い分に、ロイは開いた口が塞がらなかった。さすがに夢と現実を混同するほど幼いとは思っていなかったのだが。
 あきれ返ってしまったせいで息をつくのも忘れて、まじまじと肩口に顔を埋めているエドを横目で見やる。金の髪に縁取られた幼い頬が赤く染まっているのが垣間見えて、可愛らしいと思うよりも先に、つられて何とも気恥ずかしい気分に陥って、大仰なため息をついて天を仰いだ。
「それはただの夢だぞ、鋼の」
「分かってるんだけどさ。 何だかあんた、すっげー悲しそうだったから」
「勝手にひとの気持ちを捏造するな」
「分かってるってばよ!」
 あきれた声音の正論を忌々しく聞きながら、エドは怒鳴り声を上げた。怒った振りくらいしておかないと格好がつかなかった。ただの夢だって事くらい分かっている。夢と現実の区別がつかないほどのガキではない。
 分かってはいたが、でも、本当に。いつものようないけ好かない顔だったのに。 ─ とても悲しそうだったのだ。
「何であんなヘンなモン見ちまったのかなあ?」
「それはこっちが訊きたいね」
 勝手に怒鳴っておいて、それでも離れないで漏らされるぼやきに、ロイは憮然として応じた。そんな身に覚えのない事を訊ねられても答えようがない。
「あんたの泣き顔なんて想像もつかないな」
「自分でも想像がつかんよ」
 だから仏頂面で泣いていたんだな等と、失礼な感想を口にする子供を苦々しく眺めながら、そう言えば最後に泣いたのはいつの事だったろうと考えた。ずっと遠い昔のような気もするし、つい最近の事だったようにも思える。
 ただ涙を流すだけなら今すぐにでも出来ると思うが、心の底から感情を爆発させてとなると、どんな感じなのか霧の彼方に隠れたようにはっきりとしなかった。自分自身の事だというのに、他人事のように把握出来ない体たらくに苦笑する。
 それとともに、自分が忘れている何かを子供に看破されたような情けない気分にさせられて、ついついため息が漏れた。しかし、まあ ─ 。
「子供の体温は高いな」
 抱きついて離れない身体は鬱陶しくはあったが、存外に心地よくもあった。今更振り払うのも面倒だったので、子供の好きにさせておく。
「性根が捻じ曲がっているワリにはあんたも結構あったかいな」
「お前ね…」
 いつも通りの可愛げのない言葉を吐きながら、甘えているというよりも、こちらを守ろうとするかのように腕に力を込める様に、気恥ずかしくもあり少々嬉しい気分にすら陥った。どうにも調子が狂いっぱなしだと、ただ苦笑いだけが浮かんだ。
 いつものクセで余計な一言を入れてしまったが、回した腕に感じるぬくもりは、思いもかけず気持ちが良かった。今更離れるのも面倒だったので、エドはそのままロイの頭を抱き寄せる。ようやっと腕に収まったと何故だか安堵の息が漏れた。
「……安請け合いしちまったなあ…」
 小さな声でぼやいたのを聞きとがめられたが、気が付かなかった振りをした。
 いい年をした大人のくせに、デカい図体でただ泣いていたこいつは、とても悲しそうに見えた。独りにしてはおけないと思ってしまうくらいに。思わず側にいる、なーんて口走ってしまったが、覚醒した頭で冷静に考えてみると、実際にやったとしたら、ムカつくばかりで間違いなく血管が切れるだろうと確信する。こいつの側になんていられない。そんな事はありえない。こいつがそれを望むはずもない。分かっているのに。

 でも、本当に悲しそうだったのだ。


「ヒューズ中佐こっちに来てたんですか? っていうか何してるんです?」
 マスタング大佐の部屋の前で、こっそりと中を窺っていたヒューズ中佐とハボック少尉は、不思議そうに首を傾げるアルに向かって静かにするよう唇の前に指を立てると、2人揃って手招きした。
 胡乱な態度の大人たちに戸惑いながら、アルは出来るだけ足音を忍ばせて側に寄ってみた。細く開かれた扉から、室内の様子が垣間見える。
「ありゃー」
 中の光景を目にして、アルは思わず声を上げた。来賓が座るソファには、この部屋の主が深々と沈み込み、自分の兄ときたら、一応は上官であるその人の身体に遠慮なしにのしかかって、2人仲良く高いびきをかいていた。
「ちょっくらヤツに用があったんだがな。あんまり気持ち良さそうに寝ているんで起こすのに忍びなくてなあ」
 気を使っている様子でしみじみと言葉を漏らすヒューズ中佐が、内心面白がっているのをアルもハボック少尉も知っていた。でも確かに面白いなと、言葉にはしないが揃って同じ感想を抱く。
「ああやっていると親子みたいっすね」
「せめて兄弟といってやれ。あいつが聞いたら泣くぞ」
「兄さんもそれ聞いたら泣き喚きますよ。 ─ あーあ。どうしてお腹出して寝るのかなあ?」
 大口開けてだらしなく寝入っている国家錬金術師たちに向けられた視線は温かかった。

 本格的な冬を迎える東方司令部は、今日も平和である。



了 (2004.12.9)

えーと…。捏造もほどほどにしとけ?
題名はとある映画のパクリ。オリジナリティのないしばたさんです(情けない)

ふとした拍子に、大佐があの仏頂面でボロボロ泣いている姿が頭に浮かんだので、エド兄も泣かせたし、公平にオヤジも泣かせてみるかー等とワケ分からんコトを考えて書いてみた小ネタ。
とはいっても実際に泣かせるのはアレなので、ロイエド者らしくエドの夢の中で泣かせてみました。
以前『自分が泣きたい事に気がつかないエド』ってのを書きましたが、子供に説教したワリには大佐も似たり寄ったりって気がしなくもなくー。まあ、いいお年なので感情を爆発させて泣くコトはそうそうないでしょうけれど。

本当は『Life goes on』の後の話にしたい所ですが、原作の時の流れにこんなヨタ話を入れる隙間はありませんな。その辺は各自適当に妄想してやって下さい。
ヒューズの死を絡めると、狙いすぎであざとい感じがしたので、強引に登場させてみたりしました。大佐の本気の涙はこの後ってコトになりますです。

エド兄ってば、まんま『明日への活力』でアルに抱きついたのと同じ方法を取っていますがー。図体のデカい弟のみならず、中肉中背よりちょいと小さいであろう大佐でも、相手を座らせないと守ってあげるように抱きしめられないようです。ちょっと可哀想な豆。きっとその内大きくなって、まともに大佐を抱きつける日だって来るさー(無責任に)
ってなコトで、この話はエドロイものに分類しときます。

しっかし我ながら脈絡のないヘンな話。出来心だったんです。見逃して下さい orz