── おっきくなったらなんになる? ──
【 Scene 】 「ねえ、大人になったら何になりたい?」 「──はい?」 自分でもかなり間抜けな返事をしたと思った。しかし質問があまりにも唐突だったのだから仕方がないだろうと気を取り直してみる。目の前にいる少女はニコニコと笑ってこちらを見つめていた。その邪気のない笑顔を見ていると、何となく疲れが出てしまう自分がちょっと情けない。華奢な身体を包むように長い、豊かな髪が緩やかになびいていた。青い芝生の上にちょこんと座って大きな瞳を輝かせている様子は、まるで子犬の様に可愛らしい…などと口に出してしまったら、きっとこの少女は怒るだろうが。 「えーと…」 「私はねえ、お母さんになりたいわ」 取り敢えず質問の意味を問い返してみようかと口を開いた矢先に、少女の方が先に二の句を継いだ。胸の前で手を組んでうっとりと、妙に瞳をキラキラと輝かせている様に、気圧されて次の言葉を出せなくなる。そんな自分を、宙に向けていた視線をこちらに向けてニッコリと笑ったかと思ったら、少女はいきなり─本当にこの形容詞がぴったりなほど唐突な行動だった─抱きしめた。 「そしてねえ、出来ればマイトみたいな男の子のお母さんになりたいの」 逃げるヒマもなく為すがままに頭を抱きかかえられて、さてどうリアクションを取ろうかと妙に冷静に考え込んでいた所に、パティの声が耳に届いた。途端にマイトがムッと顔をしかめる。何となく、何故だか分からないけど何となく、今のパティの台詞は気に食わない。何だかすっごく気に食わない。 「ちょっと待…」 「きっとねえ、マイトみたいな子と一緒に暮らせたら楽しいと思うの。一緒にご飯食べて、歌も一緒に歌って」 愛しそうにマイトの頭を抱きかかえて、パティが唄うように言葉を紡ぐ。だから何で俺がパティの子供にならなきゃならないんだと大声で叫びたい所だったが、あまりに楽しそうな声に文句を言うのがためらわれた。こうやって抱かれているのもそれほど悪くない気分だと、そう考える自分が恥ずかしくもあったが、心地よさの方が勝った。懐かしい、忘れている何かを思い出させる暖かさだった。文字通り唄うような声音の囁きに、マイトがついうとうとと微睡みかける。 「そうしたら、いっぱい歌を教えてあげるの。きれいな歌や優しい歌をいっぱい。…悲しい歌は教えないの。それはきっと何時か自分で見つけてしまうもの。それまでは、優しい、幸せな歌だけを聞かせてあげる─」 パティの言葉にマイトが急に頭を上げた。それを予期していたのか、パティはしっかりと彼の身体を抱きかかえていた腕を緩やかに解き、自分を真っ直ぐに見据える少年の瞳を同じように見つめ返す。微笑んで。 ああ、そうか…。 唐突にマイトは理解した。彼女は知っているのだ。自分に…自分達に未来などない事を。未来が分かっている訳ではない。漠然とした予感、いや、不安でしかないのだろうが。 緩やかに、しかし確実に進む崩壊と終末。光のない明日。絶望で彩られるこれから。多分、二人とも確信に満ちている。幸せな結末はあり得ない。絶対に。 「ねえ、マイトは? マイトは大人になったら何になりたい?」 それでも。 明るい笑顔につられるように、マイトも微かに微笑んだ。そうして思案気に宙に視線をさ迷わせると、考え考え言葉を紡いだ。 「そうだな、俺は─」 それでも 今は 夢を語ろう。 了 2000.8.5(土)
マイトスキー杉瀬光希嬢へ宿代代わりに書いたもの。これ以上なーんも思いつかない一発芸でした。 オフィシャルっぽくがコンセプト…とか言っておこう。 |