幻 平成12年5月19日号通算89号    

日本酒を飲む会 ニュース 

どこへ行った?「吟ビール」
  「吟」の文字を捨てたもの、拾ったものの裏話

 「吟」という冠のついたビールがありましたね。この季節、飲んでみたいと思っても見当たりません。こういうのを「幻」というのでしょう。
 本号では、「幻の吟ビール」誕生の秘話、なぜ消えたかなど、裏話を探ります。

第1幕

 平成2年12月25日、新聞は「吟ビール」発売を報じました。
 「吟」の字は、いい酒をめざす蔵、酒づくりの男たちが目指した「理想」を具現化したもので、そこには百年にわたる熱い情念が込められていたのです。
 それを、隣接商品のビールが引用していいのだろうか。私は当時、名を連ねていた吟醸酒メーカーの会に緊急集会を呼びかけました。いい酒の聖詞を乱用されては困る。くい止めねば・・・。

 1月9日、呼びかけに応じて幹部のうち4人が集まり、酒造組合を借りて抗議文を書き、組合幹部に見せ(その団体は任意団体だったのに、なぜ組合幹部に見せねばならなかったのか、今でもわからないが)、ビール組合とそのメーカー2社に申し入れをしました。
 そのとき、組合も同じような抗議文を出した。これは後でお笑い種になるのだが・・・。
 それとは別に、私は吟醸酒を愛する者として個人で抗議文を書いて出しました。

 その後、吟醸酒団体の会合で、会員たちに「吟の字が、あなた方の聖詞なら、それぞれがビール会社に抗議文を出すよう」と檄を飛ばしました。その一連の動きの中で、グループのボスは消極的であったのは、彼のところがそのビール会社の特約店だったからだと消息通に教わりました。「心」より「カネ」が大事だったのでしょう。

 私の所へは、1ヶ月半して、ビール2社から、ほぼ同文の申し開きの返事が来ました。いきさつは某スポーツ紙に載りました。ビール会社と取引のある勇気ある蔵には、その筋から圧力が掛かったと報告がありました。だからボスは消極的だったのでしょう。ナサケナイ・・・。吟醸酒メーカーグループへは、なんの音沙汰もありませんでした。

第2幕

 ビール会社は日本酒筋から文句をいわれる理由はなかったのです。なぜ?
 ビールに「吟」の字を付けてもよいと「法律」に書いてあったのです。どこに?

 消費者を守るために公取委が各商品ごとに「不当表示防止のための校正規約」というのを定めています。ビールにもそれはありました。昭和54年に制定されたもので、「ビールの品質表示」に、(1)ラガービール、(2)生またはドラフト、(3)黒またはスタウト、(4)特性または「吟」とあったのです。

 あぁ、私は知らなかった。知っていれば抗議文など出さなかった。その規約が作られるときに知っていれば、身を挺してでも阻止したものを・・・。

 吟醸酒のファンはもとより、弱小酒蔵の誰も知らなかった。ミスったわけである。でも、それを知っている人が日本酒関係者にいたはず・・・。それはだれ?

開幕前

 この公取委の校正規約をもっとも恐れていたのは日本酒業界だったのです。アルコール希釈液にブドウ糖と調味料を入れ、それを酒づくりの原料にしている日本酒業界は、公取委リードの規約作成の先手を打って、昭和50年に「製造方法と原材料の自主基準」を作ったのでした。「自主的に」ということで、厳しさで名だたる公取委の手を擦り抜けたのです。

 ビールに先んじて自主基準を作った清酒業界組合は、ビールの規約を見過ごすはずはない。見ていないとするなら、「首が飛ぶ」職務怠慢だと思いませんか?

 思えば、ビール規約に「吟」の字があるのを知っていて見過ごしたのです。その担当者を弁護するわけではありませんが、彼の感覚には「吟」に込められた情念の意識など、みじんもなかったのですから・・・。

 その20年前、吟醸酒の基礎を築いた全国清酒品評会を引き受けながら、自らの手で瓦解させた前科があったのです。その汚れた手がビールに踏みにじられる「吟」の字を救うはずはありません。

幕間

 娘は離れに寝せていた。ちゃんと戸締まりができるのに、親父は雨戸を外し木戸のカギも掛けずにいた。夜這い男が忍び込む。やがて娘は腹が膨れてくる。親父は怒った。

 幕間にこんな寸劇が見えたのではありませんか。そうです。親父は私の目の前で抗議文を書いたのです。今思えば、彼がどんな顔をして抗議文を書いたかをよく見ておけばよかったなあ・・・。

第3幕

 「吟」の字は、合法的に盗用されたのです。だれかが「どうぞ、どうぞ」と捨てたのです。怒ったのは僅か数えるほどの吟醸酒の男たちだったのです。
 一部のものは、ビール取引を守るために文句さえ言わなかった。彼らには、「吟醸酒とは高く売れる儲かる酒」でしかないのです。
 ビール会社は繰り返しテレビCMを流して、「吟」のハンカチを泥にまみれさせました。そして・・・。

第4幕

 熱心な酒蔵が守るように造り続け、心あるファンと出会って世にデビューした吟醸酒。その聖詞は日本で最高の酒質を表わすものでした。それを冠にし、膨大な宣伝費を掛けた「吟ビール」は売れなかった。消えてしまった。なぜ?

 私にもわからない。大資本の宣伝費をもってしても不可能はあるらしい。一つだけわかることがあります。吟醸酒は「比べ飲み」という独自の特性があったけど、ビールでは?

終幕

 「絹のハンカチもやがてはボロボロ雑巾」と予言しました。私はそうなるのをできるだけ押しとどめ、長く絹であらせたいと思っております。
 吟醸酒を取り巻く脚本はまだ続きそうですが、私にはこの先のことはわかりません。舞台は華やかに長く続くのでしょう?
 それとも・・・。

あの感激を再び! 野田で市民ぐるみの地酒の会

 平成6年4月、「幻の吟醸酒を飲む会」(野田)を開きました。あのときの楽しい集いを皆さん憶えていますか?朝日新聞「青鉛筆」と毎日新聞「雑記帳」に掲載されるほどの楽しさでした。
 あれから6年、野田の会は、野田市市制50周年行事として、市民参加の酒の会を開くことになりました。

日時:5月21日(日)午後1時〜
会場:野田市市民会館(旧茂木邸)
会費:1万円 詳しくは次号で。

幻の日本酒を飲む会・茨城支部が花と酒の楽しい会を!

 竜ヶ崎市の飯野屋では、発足20年を記念し、つくば牡丹園を借り切って酒の会を開きます。目で楽しみ、喉も楽しませる欲張りな酒の会になりそうです。
 6月7日(水)会費1万円
 花を見る人は早めに、酒を飲むだけなら6時30分から。こんなウマイ話はザラにはない。「スケジュールを空けて待て!」である。詳しくは次号で。


〒113-0034 東京都文京区湯島4-6-12湯島ハイタウンB-1308
TEL 03-3818-5803, FAX 03-3818-5814 幻の日本酒を飲む会 篠田次郎