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カトリックの実際


Q&Aの「カトリック,プロテスタント,ユダヤ教の違いは?」を読まれたカトリックの方からメールを頂きました。現在ではカトリック内で、かなり改革が進んでいるようで、認識を改めました。
ここにAさんの許可を頂きまして、私とのメールのやりとりを全文公開致します。Aさん、ありがとうございました。



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初めまして。Aと申します。

 貴、ホームページの充実した内容に感嘆している者です。今日、初めて訪問させて
頂きました。私はカトリックで受洗して1年と5ヶ月になります。その前には3年ば
かり、プロテスタントにおりました。

 あなたの御意見である、カトリックとプロテスタントの違いについて、少しコメン
トをさせていただきますが、現在、カトリックは改革がかなり進んでおり、1960年代
の第2回バチカン公会議移行、かなり考えが変っているというのが実情です。そして
その変化は、信徒の世代間でギャップが生じるほどですので、ましてやプロテスタン
トの方が認識を改めて頂くのはさらに難しいと感じています。

 実際、私はプロテスタントで信仰義認をしっかり学び、信仰は聖書がまず基本であ
り、聖人、マリアに対するものは、聖書の範囲内で大いに参考にはしますが、聖書の
解釈に変化をもたらすものであれば、それは問題とされるべきでしょう。

 カトリックは世界に10億いますので、カトリックがこうだと一つでくくるのは無理
があります。教皇庁がこういているからといって、それがカトリック信徒全員の総意
だと思うとこれもまた間違いです。たとえば教皇庁は避妊を認めませんが、カトリッ
ク教徒の過半数はこれに従いません。
 また、私自身もそうなのですが、マリアに対するとりなしの祈りをするしないは、
信徒の自由です。ただし、彼女はよく誤解されますが、人間であって、カトリックで
も崇拝の対称ではありません。キリストが天に昇ったことは、「昇天」ですが、マリ
アは「被昇天」といいます。この違いはわかりますか?

 無論、ひとくくりにできない以上、中には法皇の意向を絶対視する人もいるでしょ
うが、それは私の見るかぎり、少なくともカトリックの総意となるものではありませ
ん。
 また、彼の存在を預言者的にとることも間違いです。カトリックはローマ教区の司
教を伝統的に教会のパウロの後継者、代表者としているだけで、彼もまた人間である
以上間違える権利があります。彼もカトリック信徒であり、他の信徒と同様、罪の赦
しの告解の秘跡を受けています。不謬性という言葉もありますが、実質、意味がいな
と思います。

 たとえば、ルターについて、カトリック教会は近年、彼を教父として讚える立場に
立っています。彼がカトリックの当時の過ちに気がつかせて下さった。彼の存在も、
神の導きであったとするものです。

 私は3年間、プロテスタントで学んだ人間ですが、カトリックに変って1年余、私
の学んだ信仰義認がそのまま教会で受入れられています。それはカトリックの広さの
ようなものです。狭い、一つの考えのみを押し付けるところではありません。

 私も、百万人の福音の愛読者で、ハーベスト・タイムの愛読者です。妻はバプテス
ト連合に籍があります。
 カトリックのメーリング・リストでプロテスタントの雑誌の話をよくします。

 互いの違いは違いとしても、それを上下で説くのでなく、互いに学びあうというこ
とはエキュメニズムの方向性としては大切だと思いますが、あなたはどのようにお考
えですか?

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管理者のLukeです。
メールありがとうございます。

At 19:30 01/4/1 +0900, you wrote:
> 初めまして。Aと申します。
> 
>  貴、ホームページの充実した内容に感嘆している者です。今日、初めて訪問させて
> 頂きました。私はカトリックで受洗して1年と5ヶ月になります。その前には3年ば
> かり、プロテスタントにおりました。
> 
>  あなたの御意見である、カトリックとプロテスタントの違いについて、少しコメン
> トをさせていただきますが、現在、カトリックは改革がかなり進んでおり、1960年代
> の第2回バチカン公会議移行、かなり考えが変っているというのが実情です。そして
> その変化は、信徒の世代間でギャップが生じるほどですので、ましてやプロテスタン
> トの方が認識を改めて頂くのはさらに難しいと感じています。
> 

わたしはカトリックでの経験がありませんので、誤解があるかもしれません。
お許し下さい。
今Q&Aの文章を読み返して、反省しております。Aさんがご覧になって
さぞ、憤慨されたのでないかと推測致します。
たしかに第2回バチカン公会議以降、変わってきているようですね。
他宗教との対話促進、寛容な姿勢など。

>  実際、私はプロテスタントで信仰義認をしっかり学び、信仰は聖書がまず基本であ
> り、聖人、マリアに対するものは、聖書の範囲内で大いに参考にはしますが、聖書の
> 解釈に変化をもたらすものであれば、それは問題とされるべきでしょう。
> 

まさしく聖書主義であり、プロテスタントの信仰ですね!その姿勢は共感できます。

>  カトリックは世界に10億いますので、カトリックがこうだと一つでくくるのは無理
> があります。教皇庁がこういているからといって、それがカトリック信徒全員の総意
> だと思うとこれもまた間違いです。たとえば教皇庁は避妊を認めませんが、カトリッ
> ク教徒の過半数はこれに従いません。

カトリックの中にもいろいろな考えがあることは承知しています。
それほど教皇庁の権威も落ちたと考えるべきか、あるいは寛容になったと考えるべき
なのでしょうか。
しかしカトリックそのものは「信徒の総意」でものごとが決まる体制ではないのでは
ないでしょうか。法王と公会議の決定が最高決議機関ですよね。
もし、聖書主義で、信徒の総意で決まるなら、それはカトリックではなく、会衆制の
プロテスタントそのものですね。

>  また、私自身もそうなのですが、マリアに対するとりなしの祈りをするしないは、
> 信徒の自由です。ただし、彼女はよく誤解されますが、人間であって、カトリックで
> も崇拝の対称ではありません。キリストが天に昇ったことは、「昇天」ですが、マリ
> アは「被昇天」といいます。この違いはわかりますか?
> 
マリヤは復活して、肉体と霊魂とが天に昇ったということですよね。そしてとりなしを
していると。
特に中南米諸国では、マリヤ崇拝が盛んで、マリア像に対する偶像崇拝ともとれる
行為が行われていますね。マリヤ像に触ると一年幸福だとか。もちろんこれらは
昔、征服されたときにカトリックを布教されたけれど、土着宗教と混じってしまった
とかいう問題はありますが、一般的にはマリヤ崇拝が容認されていますね。

>  無論、ひとくくりにできない以上、中には法皇の意向を絶対視する人もいるでしょ
> うが、それは私の見るかぎり、少なくともカトリックの総意となるものではありませ
> ん。
>  また、彼の存在を預言者的にとることも間違いです。カトリックはローマ教区の司
> 教を伝統的に教会のパウロの後継者、代表者としているだけで、彼もまた人間である
> 以上間違える権利があります。彼もカトリック信徒であり、他の信徒と同様、罪の赦
> しの告解の秘跡を受けています。不謬性という言葉もありますが、実質、意味がいな
> と思います。
> 

あなたのような信仰がカトリックの方々の中に増えているとすれば、すばらしいこと
だと思います。
しかしカトリックの公式の見解としてはいまだに「教皇無謬論」を否定してはいませんよね。

>  たとえば、ルターについて、カトリック教会は近年、彼を教父として讚える立場に
> 立っています。彼がカトリックの当時の過ちに気がつかせて下さった。彼の存在も、
> 神の導きであったとするものです。
> 
>  私は3年間、プロテスタントで学んだ人間ですが、カトリックに変って1年余、私
> の学んだ信仰義認がそのまま教会で受入れられています。それはカトリックの広さの
> ようなものです。狭い、一つの考えのみを押し付けるところではありません。
> 
>  私も、百万人の福音の愛読者で、ハーベスト・タイムの愛読者です。妻はバプテス
> ト連合に籍があります。
>  カトリックのメーリング・リストでプロテスタントの雑誌の話をよくします。
> 
>  互いの違いは違いとしても、それを上下で説くのでなく、互いに学びあうというこ
> とはエキュメニズムの方向性としては大切だと思いますが、あなたはどのようにお考
> えですか?
> 

上下で説いているように感じられたら、申し訳ありません。お許し下さい。
事実プロテスタントの中には、いろいろな教派があり、違った考えがあります。
私は、それらの違いから多くのこと学んでいます。独善的になって裁きあったり
するべきではないと思います。
しかし、それを単に違いとして容認する範囲がどこか、ということですね。それは
聖書ですね。聖書からみてあきらかに間違っていることは容認できません。
まあ、それでも聖書解釈の違いというのもあって、その解釈の正当性など、
あいまいな部分もありますが。

カトリックでも、尊敬できる部分や尊敬できる方はたくさんいますし、私のサイト
でも高山右近資料館がありますが、当時の人々や宣教師から学ぶことはたくさん
あります。

あなたのような方も含めて一派ひとからげに「カトリックは」と言ってしまうところ
に不満を感じておられるのだと思います。

訂正すべきところは訂正させていただきます。助言を頂ければ幸いです。

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Aです。

 御丁寧にお返事ありがとうございます。

> もし、聖書主義で、信徒の総意で決まるなら、それはカトリックではなく、会衆制の
> プロテスタントそのものですね。

 何をもってカトリックという定義をされておられるのかはわかりませんが、カトリッ
クのどのグループも、聖書を否定はしていないと思います。おっしゃるように何をど
う解釈するかでしょう。バプテスマにしても、全浸式でないと聖書の記述に反するで
はないかとか、女は被り物をするべきではないかとか、妻は夫に仕えるべきであると
か…。これが証拠に、同性愛問題についても、その扱いが教派によってまちまちであ
ります。
 しかし、カトリックは10億人いますし、わかりにくいと思いますが、教皇庁の方針
が現実のカトリック信徒の信仰の総意であると定義するのは現実的ではいということ
です。
 例を言いますと、カトリックには「新求道共同体」というグループがあって、彼ら
はカトリック内で生まれた過激な信仰組織なのですが、カトリック内部でかなりの反
対運動があります。

http://coolweb.kakiko.com/oha/

http://www.hvri.catholic.ac/mulberger.htm

 これらはみな、カトリック信徒が立ち上げている、反新求道共同体運動のホームペー
ジです。
 しかし、この共同体も教皇庁の認可を受けた公認団体なわけです。しかしその扱い
を巡って、カトリック内部で大きく二つに割れているわけです。
 これは小規模のプロテスタントにはない話ですね。
 こういう状況では、カトリックのある話をあなたが聞いたからといって、プロテス
タントのように、「カトリックはこういう団体なのだ」とは、なかなか定義できない
ということはおわかり戴けるのではないでしょうか。

 法皇の威光が落ちたという見方もあるでしょうが、落ちたのはよいことです。私た
ちは直接、神様に祈りを捧げるのであって、信仰の対象は神であり、聖霊であり、キ
リストです。そうであれば、信徒と神の間に立つような権威はあるべきではありませ
ん。

 もし、カトリックの生の現場の声をお聞きになると、もっと理解が深まると思いま
す。
http://www.cjin.or.jp/~cjml/

 日本基督教団の牧師先生や、信徒の方も見えています。反カトリック的なことを投
稿しても、袋だたきになるようなことはありませんから、是非、御参加ください。

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Lukeです。

こんにちは。

At 23:39 01/4/3 +0900, you wrote:
> Aです。
> 
>  御丁寧にお返事ありがとうございます。
> 
> > もし、聖書主義で、信徒の総意で決まるなら、それはカトリックではなく、会衆制の
> > プロテスタントそのものですね。
> 
>  何をもってカトリックという定義をされておられるのかはわかりませんが、カトリッ
> クのどのグループも、聖書を否定はしていないと思います。おっしゃるように何をど
> う解釈するかでしょう。バプテスマにしても、全浸式でないと聖書の記述に反するで
> はないかとか、女は被り物をするべきではないかとか、妻は夫に仕えるべきであると
> か…。これが証拠に、同性愛問題についても、その扱いが教派によってまちまちであ
> ります。
>  しかし、カトリックは10億人いますし、わかりにくいと思いますが、教皇庁の方針
> が現実のカトリック信徒の信仰の総意であると定義するのは現実的ではいということ
> です。

わたしのカトリックの定義は、

ローマ教皇庁を頂点とする全世界的教会組織
基準は聖書と伝承
救いは信仰と行い
神と人の仲介者はキリストと教皇とマリヤ

というところです。

>  例を言いますと、カトリックには「新求道共同体」というグループがあって、彼ら
> はカトリック内で生まれた過激な信仰組織なのですが、カトリック内部でかなりの反
> 対運動があります。
> 
> http://coolweb.kakiko.com/oha/
> 
> http://www.hvri.catholic.ac/mulberger.htm
> 
>  これらはみな、カトリック信徒が立ち上げている、反新求道共同体運動のホームペー
> ジです。
>  しかし、この共同体も教皇庁の認可を受けた公認団体なわけです。しかしその扱い
> を巡って、カトリック内部で大きく二つに割れているわけです。
>  これは小規模のプロテスタントにはない話ですね。

初代教会に戻ろうということらしいですね。これはいいことです。
プロテスタントが辿った道を行き始めたとも言えます。

>  こういう状況では、カトリックのある話をあなたが聞いたからといって、プロテス
> タントのように、「カトリックはこういう団体なのだ」とは、なかなか定義できない
> ということはおわかり戴けるのではないでしょうか。
> 

カトリックの中にいろいろな動きが出てきたということですよね。

>  法皇の威光が落ちたという見方もあるでしょうが、落ちたのはよいことです。私た
> ちは直接、神様に祈りを捧げるのであって、信仰の対象は神であり、聖霊であり、キ
> リストです。そうであれば、信徒と神の間に立つような権威はあるべきではありませ
> ん。
> 

そういうところまで進んでいるとは知りませんでした。それは歓迎すべきことですね。
プロテスタントに近づいてきたと、言ったら言い過ぎでしょうか?

あなたとのこのメールのやりとりを私のサイトに公開してもよろしい
でしょうか。多くの方にカトリックの現状を知ってもらえると思います。

>  もし、カトリックの生の現場の声をお聞きになると、もっと理解が深まると思いま
> す。
> http://www.cjin.or.jp/~cjml/
> 
>  日本基督教団の牧師先生や、信徒の方も見えています。反カトリック的なことを投
> 稿しても、袋だたきになるようなことはありませんから、是非、御参加ください。
> 
> 
---------------------------------------------------------------------


Aです。

> わたしのカトリックの定義は、
> 
> ローマ教皇庁を頂点とする全世界的教会組織
> 基準は聖書と伝承
> 救いは信仰と行い
> 神と人の仲介者はキリストと教皇とマリヤ
> 
> というところです。

 行いについて教皇庁が言っているのは否定しません。しかし、ルーテル教会と最近
出した共同宣言では、「罪の赦しの恵みを授かった者は、おのずと、行いにおいても
反映される」という意味のことを言っています。それはヤコブ書にも書かれてあると
おりです。

> 初代教会に戻ろうということらしいですね。これはいいことです。
> プロテスタントが辿った道を行き始めたとも言えます。

> そういうところまで進んでいるとは知りませんでした。それは歓迎すべきことですね。
> プロテスタントに近づいてきたと、言ったら言い過ぎでしょうか?

 カトリックの人の一部は確かにこうした一連の教会改革を、プロテスタント化、社
会への迎合、誇りを失ったととらえており、改革推進派の人達と対立しているという
のが現状です。しかしそういう対立の中、波はあっても着実に教会は改革を続け成長
していると思います。
 
> あなたとのこのメールのやりとりを私のサイトに公開してもよろしい
> でしょうか。多くの方にカトリックの現状を知ってもらえると思います。

 かまいませんが(^_^;) カトリック保守派の人達はよい目ではみないと思いますの
で、実名は勘弁して下さい(^_^;)。

 改革推進派の神学者で有名な人が上智大学にいます。プロテスタントの妻も彼の著
書を読んで、プロテスタントの牧師のようだと言っていました。
http://pweb.sophia.ac.jp/~f-momose/


 に、彼のホームページがあります。

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Lukeです。

もちろん実名は伏せて公開致します。
百瀬神父のお名前は聞いたことがあります。HP見ましたが、まったく違和感
ありませんでした。

これからもいろいろ教えてくださいね。