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エルサレムの平和を求めよう。
クリントン大統領の和平工作が失敗し、ブッシュ大統領のイラク空爆、イスラエルの
タカ派首相誕生と、中東和平の出口はいまだ見えません。問題の根源には聖地エルサレムの帰属問題
があり、背景にはこの地域の歴史的状況があります。
このエルサレムについて聖書から見てみましょう。
エルサレムは 紀元前1004年にイスラエルの2代目の王であるダビ
デによって征服され(サムエル下5章4,5節)、その後バビロニア、
ペルシャ、ローマなどの大国に翻弄されながらも、紀元70年にロー
マ軍によって徹底的に破壊されるまで、イスラエルの首都であり、ユ
ダヤ教の神殿が建つ聖地でした。そしてユダヤ人は離散し、そこには
アラブ人が住むようになりましたが、第二次世界大戦後、ユダヤ人が
この地に戻ってくるようになると、アラブ人との間で争いが起きるように
なりました。その経緯には西側諸国の政策、思惑などが絡む政治的な
問題を含むので、ここではそれには踏み込みません。
エルサレムはシオンとモリヤという
2つの山の上に作られた都市で、シオンは旧約聖書の詩篇では、神の
都エルサレムの別名として頻繁に用いられています。
”主はシオンを選び/そこに住むことを定められました。
「これは永遠にわたしの憩いの地。ここに住むことをわたしは定める。」”
詩篇132篇13,14節
このシオンから、イスラエル民族を通して神の支配と祝福が全世界に
及ぶと信じられています。したがって、ユダヤ教にとってはなくては
ならない場所なのです。またモリヤの山は、ユダヤ人の父祖であり信
仰の父と呼ばれるアブラハムが、「ひとり息子イサクを神に捧げよ」
という神のテストを受けた場所として有名です。(創世記22章2節)
このとき、イサクの代わりに犠牲となった羊が、後のイエス・キリス
トの比喩であるとキリスト教では信じられています。事実、イエスは
エルサレムの郊外の丘の上で十字架につけられたのです。
「エルサレム」という言葉には「平和の教え」という意味がありま
す。これは皮肉でしょうか。私たちは今、このダビデ王の詩のように
、平和を求めたいと思います。
”エルサレムの平和を求めよう。
「あなたを愛する人々に平安があるように。
あなたの城壁のうちに平和があるように。
あなたの城郭のうちに平安があるように。」"
詩篇122篇6-9節