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ロゴスについて教えて下さい。〜ILAtPさんより〜

> 突然のメールにて失礼いたします。
> 
> 私は聖書に興味を持つものです。
> 
> HPを見て、質問したいことがあり、メールをしました。もしお時間に余裕があれ
> ばお答え頂きたいと思います。お忙しいところ申し訳ございませんが、よろしく
> お願いいたします。
> 
> 私の疑問は「はじめにロゴスありき」についてです。
> 
> よく、ちまたでは、ロゴスの部分を「言葉」とか「混沌」とかいうふうに訳され
> ていますね。原典の聖書には一体どういうふうに記述されているのでしょうか。
> 「ロゴス」とそのまま書かれているのでしょうか。「言葉」と書かれているので
> しょうか。「混沌」と書かれているのでしょうか。「ロゴス」と書かれているな
> らば、それは日本語訳すると純粋に「言葉」となるのでしょうか。例えば、英語
> で「word」は単純に「言葉」と訳されるように、原典の記述で「ロゴス」は「言
> 葉」と単純に訳されうる単語なんでしょうか。それと、原典の聖書は何語で書か
> れているのでしょうか。本当に単純で初歩的な質問で申し訳ありません。
> 
> なぜ、こんな質問をするかと言えば、・・・・正直、深い意味はないのですが、
> 好奇心と言えば好奇心です。
> でも、ヨハネ福音書によれば、「ロゴス」は神による世界の創造のはじまりの第
> 一歩とみれる訳であり、その最初の第一歩をしっかりと認識しておきたいと考え
> るのです。現代のように高度に発達した文明社会ですら、「言葉」っていうのは
> 絶対に欠かせない存在であって、古代から受け継がれ、今なお「言葉」は重要な
> 位置を占めていますよね。その言葉の本質と神の関わりについてよく知っておき
> たいと考えたのです。
> 
> お返事頂けることを願っています。それでは、さようなら。
> 

ロゴス・インターネット・チャーチのLukeです。

ご質問歓迎致します。

聖書の原典は、旧約聖書はヘブライ語、新約聖書はギリシャ語で書かれています。
ご質問のロゴスという言葉はギリシャ語です。ちなみに三省堂の大辞林によりますと
次ぎのように書いてあります。

ロゴス・ギリシャ語logos
   (1)言葉。意味。論理。
   (2)言葉を通して表された理性的活動。言語・思想・理論など。
   (3)宇宙万物の変化流転する間に存在する調和・秩序の根本原理としての理法。
   (4)キリスト教で、神の言葉。また、それが形をとって現れた三位一体の第二位であるキリスト。

通常は(1)のように「言葉」と訳される単語です。しかし「言葉」とは「声」とは
違い、その人の考え、思想などを表すものとして、ギリシャ時代から哲学的に解釈
されてきました。それが(2),(3)です。
そして、キリスト教において特別な意味を持つようになりました。それが(4)です。
聖書の中でも、ほとんどの場合、「ことば」と訳されています。
ヨハネの福音書1章でもやはり「ことば」と訳されています。しかし1章をずっと読ん
でいくと、この「ことば」というのがイエスキリストを差しているのだと分かります。
私の説明はこれくらいにして、新聖書辞典の解説を引用しておきます。

ILAtPさんの上に神様の祝福がありますように。

■ロゴス (〈ギ〉logos) 

 ロゴスがイエス・キリストについて使用されるのは, #Joh 1:1, 14, Re 19:13|である.それぞれ, 「ことば」「いのちのことば」「神のことば」と言われている.ロゴスが単独で用いられているのは, #Joh 1:1, 14|のほかに, #Mr 2:2, Lu 1:2, Ac 8:4, 14:25, Ga 6:6, Col 4:3, 2Ti 4:2|などがあるが, これは「キリストの福音」という意味である.
 #1Jo 1:1|の「いのちのことば」については, 「ことば」をキリストととるか, 福音のメッセージと解釈するかの2つが考えられる.#Joh 1:14, 1Jo 1:2|を比較すると, 前者は先在のキリストが「ことば」と呼ばれ, 後者は「いのち」と呼ばれているので, 1Jo 1:1|の「ことば」は, むしろ福音のメッセージという意味であろう.
 ヨハネは, 受肉以前のキリストをロゴスと呼んで福音書の序文を書き, 受肉後のキリストについては, ロゴス(ことば)とは呼んでいない.このロゴスということばは, ユダヤ人にとっても, ギリシヤ人にとっても, 長い思想史的背景を持った宗教的, 哲学的に重要なことばである.このことばが先在のキリストを指し示すために用いられたことは, 福音が広くギリシヤ・ローマ世界に宣べ伝えられるために重要なことであった.ロゴスはユダヤ人にもギリシヤ人にも等しく, 宇宙の支配的な事実を表していた.ユダヤ人は, 「主のことばによって, 天は造られた」(#Ps 33:6|)ことを信じ, ギリシヤ人は, ロゴスが宇宙を支配する原理そのものであり, すべての自然法則はその特殊な表現であると考えた.したがって, 両者共, このロゴスが万物の出発点であるということにおいては一致していたのである.ヨハネは, いろいろのニュアンスを含んだ意味を持っていながら, しかも当時の世界の至る所で共通に用いられていた用語を選択して, これをキリストを全世界に紹介するために使用したのである.ロゴスということばを用いて語れば, すべての人がその本質的な意味をとらえることができるであろうと期待できたからである.ヨハネはこの用語にキリスト教的内容を取り入れた.彼にとってはロゴスは世界に内在する原理ではなく, 生きた存在であり, 生命の源泉である.ロゴスは, #Pr 8:22-31|などにあるように, 知恵が人格化されたものではなく, 神的人格であり, 神そのものなのである.パウロはヨハネと違う用語で同じことを表している(#Col 1:15|以下).
(新聖書辞典より)