苦しみのとき

2000.1.21 By Luke

	彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。
	わたしは苦しみのときに彼とともにいて、
	彼を救い彼に誉れを与えよう。
					(詩篇91:15)

喜びは分かち合えても、苦しみは分かち合えない、という人がいる。
確かに人にわからない苦しみ、悩みがあるだろう。
どんなに同情しようとしてもできないことがあるだろう。
幼い子どもが病気で苦しんでいるとき、親は代わってあげられたら、
とどんなに願うことだろう。まして他人に何ができるのか。

そんなときはどんな慰めの言葉も空虚に聞こえてくる。ただ沈黙しかない。
しかしその人を真に愛する人はそこを立ち去らない。黙ってじっとそこに居る。
ただそれだけしかできない。いやそれだけいい。その人が呼んだときに、すぐ
答えることのできるように。

 ハレルヤ!感謝します。神はいつも私と共におられ、私に答えて下さる!

 「神が共におられる」というメッセージは創世記から黙示録に至るまで、
聖書全体を貫く祝福のメッセージである。その明確な証がイエス・キリスト
である。アーメン。

(詩篇91篇は、作者の神への深い信頼と、それにこだまするような、神の
素晴らしい約束とからなる、実に美しい詩です。全体を何度も読み、じっくり
味わってみることをお勧めします。)

(注:新改訳聖書においては、人間である作者または登場人物が語っている
ときは「私」、神が語っておられるときは「わたし」と書き分けています。)


詩篇91篇(新改訳)

	いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る。

	私は主に申し上げよう。
	「わが避け所、わがとりで、私の信頼するわが神。」と。

	主は狩人のわなから、恐ろしい疫病から、
	あなたを救い出されるからである。

	主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。
	あなたは、その翼の下に身を避ける。
	主の真実は、大盾であり、とりでである。

	あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛び来る矢も恐れない。
	また、暗やみに歩き回る疫病も、真昼に荒らす滅びをも。

	千人が、あなたのかたわらに、
	万人が、あなたの右手に倒れても、それはあなたには、近づかない。
	あなたはただ、それを目にし、悪者への報いを見るだけである。

	それはあなたが私の避け所である主を、
	いと高き方を、あなたの住まいとしたからである。

	わざわいは、あなたにふりかからず、
	えやみも、あなたの天幕に近づかない。

	まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、
	すべての道で、あなたを守るようにされる。

	彼らは、その手で、あなたをささえ、
	あなたの足が石に打ち当たることのないようにする。

	あなたは、獅子とコブラとを踏みつけ、若獅子と蛇とを踏みにじろう。

	彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。
	彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。

	彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。
	わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。

	わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、わたしの救いを彼に見せよう。

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