「”私たちの”主の祈り」 1998.2.16 By Luke

マタイ6章9節〜13節

	天にいます私たちの父よ。     
	御名があがめられますように。   
	御国が来ますように。       
	みこころが天で行なわれるように	 
	地でも行なわれますように。    
	私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。         
	私たちの負いめをお赦しください。                  
	私たちも、私たちに負いめのある  
	人たちを赦しました。       
	私たちを試みに会わせないで、   
	悪からお救いください。      
	国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。
	アーメン。

 この祈りは、イエスが弟子達に教えた祈りで「主の祈り」と呼ばれており。今日
でも多くの教会で、また家庭で、個人で祈られています。当時にユダヤ教やバプテ
スマのヨハネの弟子達の間でも、特定に形の祈祷文があったようです。そしてイエ
スの弟子達も、「私たちに祈りを教えて下さい。」と御願いし、それに答える形で
教えられたようです。
 もちろん、祈りとは定型化した祈りばかりでなく、自由に自分に言葉で祈ること
ができますし、イエスご自身も、「異邦人のように同じ言葉を繰り返してはいけま
せん。」とおっしゃっています。したがって、念仏のようにただこの祈りを唱える
ことに意味があるわけではありません。その意味するところを十分に噛みしめて祈
りたいものです。主が教えてくださった祈りですから。

 今日は、この主の祈りが「共同体の祈り」であることを覚えましょう。この祈り
は個人の祈りではありません。「私」ではなく「私たち」と書かれていることに注
意して下さい。

天にいます私たちの父よ	ーーーー 神は「私」だけの父でなく「私たちの」父で
す。あなたの隣人、友人、知人にとっても父なのです。ゆえに「私たち」は神の子
としての兄弟姉妹なのです。

私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。ーーーー 「私」の必要が満たさ
れるためだけではなく、皆の必要が満たされるように祈りましょう。

私たちの負いめをお赦しください。 ーーーー 「私」が赦されると共に、私もあ
の人を赦す。お互いに赦し合い、赦され合い、とりなし合う祈りです。

私たちを試みに会わせないで、 ーーーー これ以上説明の必要はないでしょう。

 このような麗しい共同体として教会が建てられています。だから、私たちは、声
を合わせて祈るのです。LICは仮想教会ですが、決して現実の教会を否定してい
るわけではありません。いえ、むしろ、この共同体に多くの方々を迎えいれたいた
めに、あえてインターネットの世界にドアを開いているのです。特定の教派、教会
を宣伝するためでなく、イエス・キリストに連なる教会に迎え入れるためです。

(お近くの教会を紹介してくれる団体があります。リンク集をご覧下さい。)


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