大右衛門の話

 八坂村の切久保部落に大右衛門というせっかちなお爺さんがあった。ある日のこと三原の畑へ蕎麦刈りに行った。空は青く澄みきっていて山は紅葉に百雀は朗々と鳴く秋の日に大右衛門は一人ぶつぶつ小言を言っている。「どういちきしょうだ、そばのやつみんな根ここげになっちまう」「ちきしょうめごうさわいたな」と。やがてやっかいそうに鎌を磨ぎ始めたがどうしても磨げぬ。おかしいと思ってよく見ると磨げぬも道理、しきぎ(石臼の引手)だった。

 あるとき大右衛門は油買に大町五日町の浅右衛門のところへ行った。昔この付近では灯火用の水油は竹の筒に入れて持って歩いたそうだ。大右衛門は「今日は油いれへついでくだせ」といいながら竹の筒を出した。主人は「ありがとう」と立って筒を受け取ってみると驚いた。竹の筒と思ったのは実はすりこぎだった。

 ある日炭焼きに行くため仕度をした。大右衛門は忙しげにはばきをつけ終わり、用意もできていよいよ出掛けようとして見ると片足につけたはずのはばきがない。見ると今座ったそばの柱に巻き付けてあった。

 田植えを前に控えた大右衛門の忙しさは格別だった。今日は里(大町)の田へ6回も馬を追おうというので大元気で「どうたれぢきしょめ、あしあしあし」と怒りながら馬に沓をはかせて馬を引き出したが、馬は沓を穿いていない。不思議に思ってみると厩の口に立てかけてあった梯子に沓を穿かせていたのだった。

 ある時朝早く出掛けるというので晩のうちに妻にいろいろ用意させた。昼の弁当の焼餅は炉端に置き風呂敷は枕元に置いて寝た。早起きした爺さん、早速風呂敷を取り炉端へ行って焼餅を包み「さあ行って来る」といって家を出た。あちらこちら用を足している間に昼食時になったので、ある茶屋に立ち寄り焼餅を焙りながら食べようと風呂敷から出すと何の事だ、おはぐろ鉢ではないか。自分がおかしてくてたまらず、そっと風呂敷へ隠そうとすると風呂敷の一方に長々と紐があり所々に随分妙な模様があるではないか。いかに暢気(のんき)な爺さんでもおそろ恥ずかしく、そこそこにして茶屋から逃げ出したという。


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