『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第一章 「カンマを伴う分詞句」をめぐる一般的形勢、及び基礎的作業

第3節 カンマの有無を契機とする「制限的修飾」と「非制限的修飾」


〔注1−23〕

   制限的修飾(要素)非制限的修飾(要素)の区別については、A・アルノー/P.ニコル『論理学もしくは思考の技術』Antoine Arnauld/ Pierre Nicole, La logique ou l’art de penser(通称 La Logique de Port-Royal 『ポール・ロワイヤル論理学』)(以後、通称のLa Logique de Port-Royal を用いる)中の「外延の制限」と「内包的要素の展開[表出]」に関する記述が大変参考になる。

   まず「内包的要素の展開[表出]」に関する記述。なお、以下の引用部中の「付加」とは、「名詞の観念に内包される要素を展開すること」あるいは「名詞の観念の外延を制限する要素を付加すること」のいずれについても言う。

こうした付加が単なる説明と呼ばれる場合とは、その付加によって展開されるのが、ただ単に、付加を受ける側の語の観念の内包に含まれていた内容であるに過ぎないか、あるいは少なくとも、その語に関してその付加要素が一般的にも当てはまるしその語の外延全体に渡っても当てはまる限りにおいて、その語の偶有性の一つとしてその語に当てはまる内容であるに過ぎない場合である。例えば、"L’homme, qui est un animal doué de raison"〈理性を授けられた動物である人間〉、あるいは"L’homme, qui désire naturellement d’être heureux"〈幸福を望むのが自然である人間〉、あるいは"L’homme, qui est mortel"〈命に限りある人間〉などと私が言う場合のごとく。これらの付加要素は説明要素であるに過ぎない。なぜなら、これらは「人間[L’homme]」という語の観念を全く変えることもしなければ、その観念を制限し[restreignent]て一部の人間だけを指し示すようにすることもせず、すべての人間に当てはまる内容だけを表示しているからである。(p.58)
(下線は引用者。カンマで区切られた"l’homme, qui est mortel"などは、現代フランス語の正書法に基づいた表記である。カンマを欠いた"l’homme qui est mortel"という表記であっても、ここで引用した記述に依拠すれば、"qui est mortel"という関係詞節が説明要素であると判断するのはたやすい。著者ArnauldとNicoleにとって、カンマは説明要素(この例の場合には非制限的関係詞節)に不可欠の要素ではない。)
   次いで「外延の制限」に関する記述。この記述中にある「一般的語[termes généraux]」については「一般的観念も普通名詞も一般的語と呼称し得る」(p.51))という記述がある。
限定[détermination]と呼ばれることもあるもう一つの種類の付加とは、一般的語[mot général]に対して付加されるものが、その語の意味[signification]を制限し[restreint]、その意味がもはやその外延全体としての一般的語としてではなく、そうした外延の一部としてのみ捉えられるようにする場合のものである。例えば、私が次のように言う場合のごとく。"Les corps transparents [the transparent bodies]"〈透明な物体〉, "les hommes savants [the knowledgeable men]"〈聡明な人たち〉, "un animal raisonnable [a rational animal]"〈理性的動物〉。これらの付加要素が単なる説明要素ではなく、限定要素であるのは、それらは付加を受ける語の外延を制限して、もはや、"corps[body]"という語が一部の物体だけしか、"homme [man]"という語が一部の人たちだけしか、"animal" という語が一部の動物だけしか、指示しないようにするからである。(pp.58--59)(下線は引用者。[]内の英語は引用者)
   ところで「修飾する」が「少し変化させる」と理解される(The word modify means "change a little." )ことがある(Betty Schrampfer Azar, UNDERSTANDING AND USING ENGLISH GRAMMAR, p.383)。その場合、名詞修飾要素[modifier]は修飾される名詞句を少し変化させることになる。この場合の「変化」をAzarがどのように理解しているかは見当もつかないが、名詞句の構成要素としてその名詞句の指示内容を特定するのに役立つのではなしに、修飾対象となる「語の観念」を「変化させる」ような名詞修飾要素を日常的場面で体験することは稀である。上記La Logique de Port-Royal(『ポール・ロワイヤル論理学』)の例を見ても分かるように、例えば、「人間[L’homme]という語の観念を全く変える」ような修飾要素は日常的場面との関わりが極めて希薄な類のものにならざるを得ないだろう。例えば、"L’homme immortel[不死の人]"のように。また、「交わる平行線」は中学高校で学ぶ平行線の概念を「変える」ことになるだろう。

(〔注1−23〕 了)

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