第4節 「特定」の諸相
〔注1−38〕
ただし、この部分の筆者の記述全体について妥当であるという判断を下し得るわけではない。「現実世界に、その対応物が存在しておらず」ということを、「非特定的な(non-specific)用法の"a book"」の与件であると安井は考えているのかどうか、安井のこの簡便な記述に依拠する限りでは、私には判断がつかない。従って(と言うべきであろう)、この部分の記述が「非特定的な(non-specific)用法の"a book"は、現実世界に、その対応物が存在しないがゆえに、itで受けたり、「the+名詞」という形で受けたりすることはできない」(確言とその根拠)と言わんとしているのか、それとも、「非特定的な(non-specific)用法の"a book"は、現実世界に、その対応物が存在しない。更に、itで受けたり、「the+名詞」という形で受けたりすることもできない」(いわば、連言命題)と言わんとしているのかも、やはり私には判断がつかない。
荒木一雄・安井稔編『現代英文法辞典』の"non-specific(非特定的)"の項を見ると次のような記述がある。「不定名詞句が、特定の指示対象(referent)の存在を含意していなければ、その不定名詞句は「非特定的」である 」という記述、及び「非特定的不定名詞句は、現実世界に存在する特定の対象を指し示していないので、同一の非現実世界の中で話が進行している場合を除いて、非特定的不定名詞句をitで受けることはできない」(下線はいずれも引用者)という記述である。
「特定の指示対象(referent)の存在を含意していない」が「現実世界に存在する特定の対象を指し示していない」と言い換えられているように見えるのだが、「特定の指示対象(referent)の存在を含意する(しない)」と「現実世界に存在する特定の対象を指し示す(さない)」は内容に互換性があるという判断を受け入れ難いことに加え、ここでは更に「同一の非現実世界の中で話が進行…」という理解に苦しむ表現が出現している。「同一の非現実世界の中で話が進行している場合には、非特定的不定名詞句をitで受けることができる」ということにでもなるのであろうか。やはり、分からない、と言っておく他はない。
"I want to write a book."という孤立した発話に依拠して"a book"に実現されている「特定」の在り方についても、脈絡から抜き出された発話に関わる「発話外照応性」についても、語り過ぎるとしたら早計ということだ。安井稔編『コンサイス英文法辞典』の次のような記述(荒木一雄・安井稔編『現代英文法辞典』の記述と殆ど同じである)が参考になる。
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