『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第一章 「カンマを伴う分詞句」をめぐる一般的形勢、及び基礎的作業

第5節 「脈絡内照応性」と「カンマ」の関係


〔注1−43〕

   "The woman"は「話者にとって既知である名詞句」であることは、"The woman"が目に入った時点で受け手には伝わる。例え"The woman"がこの文の主辞ではないということが判明した場合でも事情は変わらない。その指示内容について何一つ語り得ないような名詞句は、主辞の位置に出現することがないだけでなく、そのような名詞句を含む発話そのものが出現し得ないはずだからである。ある話者が"panon"について語り得ることがらが、"I don't know what panon is."あるいは"What is panon?"だけであるとしたら、このような発話は、戯れによる以外、その身の置き所を見出すことは絶えてないはずである。あるいは、"Raimundus Lullus"という文字列にもこの文字列が喚起する音声にも全く馴染みがない話者が、この文字列を含む発話を実現し得るはずもない。

   このこととほぼ並行的に受け手は、「the+名詞[The woman]」の指示内容が「女性といういうもの(集合)」ではなく、「特別な一個体」であることを、発話という線分のいずこかの位置で認知する。つまり、受け手は必ずしも発話を最期まで辿るまでもなく、「the+名詞」に「特別の個別性」という在り方の「特定」が実現されていることは受け手に伝わるのである。そのことが伝わるおよその位置は、続いて展開されているのが、「女性というもの(集合)」の属性ではなく「特別な一人の女性」の属性の一端であるという判断を受け手が下し得る位置である。

   時間軸(線分の場合にも時間は介入している)に沿ったこうした認知の在り方が記述されている例を挙げておく。

(b) 関係詞節中で主辞となる関係詞の省略[zero relative subject]が容認できない理由の一つが、認知と関わっている場合がある。文例[2](*The table (   ) stands in the corner has a broken leg. …引用者)の場合、読み手/聞き手は動詞辞(has)(この文の七番目の語)に行き当たってはじめて、この語連鎖が、(以下に挙げる)文例[2a]の場合のように、cornerで終わるSVA構造であるという予想とは違って、関係詞構造であると解釈可能なのである。

The table stands in the corner. [2a]

こうした事情を、文例[2b]にみられる、関係詞が主辞として機能していないために省略が容認される構造[zero construction of nonsubject function]と比較せよ。文例[2b]では、youから新しい構造が始まることはyou(三番目の語)に至った瞬間に明白である。

The table you see standing in the corner has a broken leg. [2b]
(CGEL, 17.15, Note(b))

(〔注1−43〕 了)

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