『カンマを伴う分詞句について』(野島明 著)
第一章 「カンマを伴う分詞句」をめぐる一般的形勢、及び基礎的作業

第6節 「脈絡内照応性」と世界の揺らぎ


〔注1−56〕

   柳田國男の『遠野物語』第22節、亡くなったはずの老女が現われ、囲炉裏の脇を通り過ぎしな、「裾にて炭取にさはりしに、丸き炭取なればくるくるとまはりたり。」という件りに「『あ、ここに小説があった』と三嘆久しゅうした」と述べた三島由紀夫は続けて「炭取はいわば現実の転位の蝶番のようなもので…」(「小説とは何か」p.283)と書いた。この「炭取の回転」に相当するのが、物語の末尾に置かれた屋台の亭主の台詞とそれに続く記述であった。

   ところで、《老商人》が《屋台の亭主》に対して口にしたのが、(1−10)"I saw . . . I saw a woman -- by the moat ; -- and she showed me ......... Aa! I cannot tell you what she showed me!" とは少々趣を異にした"I saw . . . I saw a woman who had no eyes or nose or mouth." 〈見、見、見た、眼も鼻も口もない女を見た。〉(a + 名詞 + 制限的関係詞節)であったとしたら物語は台無しであった。こうなっては「炭取りは回らない」のである。

(〔注1−56〕 了)

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