____ Journal Review
自然科学の雑誌・論文誌などからの記事をご紹介するページです。

The Fury of Space Storm by James I. Burch (South West Lab)
人工衛星観測と太陽風嵐 --サィエンティフィック・アメリカン誌 2001年4月号

この論文は読むほどに理解にいたる物である。何故今頃紹介するかは、その質の高さと
最近の宇宙空間天気予報に欠かせない新しいものだからである。筆者の齋藤は1998年か
らホームページで電波伝播予報の真似事を始めたが、過去に大学や研究所を通じて学んだ方
法に新しい人工衛星に搭載した各種観測機のデータのもたらす観測値がどう適応できるの
か?を勉強する為に素晴らしい解説であった。そして観測値を毎日比較しながら5年が経
過して改めてこの論文の価値が理解できた。

○このジェームス・バーチさんの所属するSouth West Reserchは、NASAやNOAAに衛星観測値を
 提供している研究所でCollins RockwellのMUF計算ソフトにも毎日のAp,K,SFIをリンクして
 提供している。

○簡単な解説では理解できない黒点減衰期の現在の太陽風による地磁気の擾乱の予報で
 は宇宙空間磁場の偏倚などは重要な要素である。このプラズマと電磁場の関係からはじ
 まり磁気リコネクションという考え方を導入して,地球の昼側と夜間側の接続される地球磁場
 の擾乱を説明する。

○この論文は日経サィエンス誌の2001年7月号の76ページに翻訳紹介された。

○多くのアマチュア無線家達は電波伝播について興味を持つけれども,単に黒点が沢山あって
 惑星間宇宙磁場指数のA値が小さければ良い空中状態だと覚えているが,そんな単純な
 ものではない。しかもIT技術の進歩で多くの太陽観測データ,空間磁場データが入手できる
 現代に住む以上、この宇宙の神秘性を科学的に解釈できればHF帯通信の楽しさも増え
 るだろう。

○この論文は日本経済新聞社から「日経サィエンス」の2001年7月号を購入すると読める。
 原文と比較すると若干翻訳に難はあるが新しい宇宙物理学の片鱗に触れることが出来
 る。万一入手が出来なかった場合には筆者宛に郵便代として\120切手を同封して申し
 込まれればコピィをお送りする。お問い合わせはEメールで、hamradio@roy.hi-ho.ne.jp 
 お訊ね戴きたい。    齋藤醇爾 2003年9月12日

トランジスタの誕生

 科学技術の分野で20世紀最大の事件との問いに、筆者は「トランジスタの誕生」と
答えるという。
 トランジスタの誕生はたかだか50年程前のことである。当時アメリカで研究や開発に
携わった人達の多くは既に亡くなっているが、発明者ショックレーやバーディーンらと
親しくつきあった菊池氏の話から、トランジスタの発明は「人間ドラマ」であることが
物語られている。

 1940年代のアメリカ。電波兵器の研究の一つとしてレーダー用の検波器の研究が最初
だった。この目的には真空管では役に立たない。例えばパイライト(黄鉄鉱)にニッケル
針を立てた検波器の方がよい。しかし拾ってきた鉱石を使い、経験に頼って使いこなす
のでは将来が開けない。そこで、本当に優れた特性を作り出す技術とその支えとなる
学問の研究を国がプロジェクトとして支持した。
 当時の理論家が扱っていた検波器のモデルは、金属と半導体の境界にはバリアがあり、
バイアス電圧の向きによって、電子の流れ易さに大きな違いが出ると信じられていた。
ところで実は、このバリアの高さが問題であり、当時の理論によればバリアの高さは接触
している半導体と金属のそれぞれの「仕事関数の差」に等しいとされていた。
 国の研究プロジェクトの目的の一つは、良い特性の検波器を作ることであった。そこで
「どうすれば特性を変えられるか?」という課題が生ずる。バリアの高さを変えるために
針に使う金属をいろいろ変えれば、仕事関数の差が変わるのであるから特性が変わる...
マイヤホッフはいろいろな金属の針で検波器を作り特性を調べたが、結果は全くこの予想を
裏切っていた。

 歴史のもう一つの焦点はベル電話研究所にあった。ここに、歴史に残る貢献をする男、
ケリーがいた。さて、1935年ケリーはベル電話研究所が将来のアメリカ社会のために何を
なすべきかを真剣に考える。その結論は明解で「高性能の電話網を全土に構築する」こと
であった。その次に彼が踏んだ論理は「それは真空管を使ってはできない」ということで、
そこから「全く新しい増幅器の発明」が必要だという結論を得た。
 ケリーについてはもう一つエピソードがある。1943年、第2次大戦のさなかに「戦争が
終わったら何をすべきか」という論文を書き、その中で「戦後はレーダの研究に絡んだ
仕事から技術の革新が起こるだろう、その仕事の中で固体物理学の研究がカギとなる」と
述べている。既に卓抜した洞察が現れている。

 1935年、ケリーはマサチューセッツ工科大学のスレーターの指導で、学位のための理論
研究をしていたショックレーを訪ね、ベル研究所への入所を勧める。翌年ベル研究所に
入ったショックレーに対して、ケリーは改めて新しい増幅器の発明の意味を説いた。
ショックレーは固体中、実際には結晶中の電子現象から手をつけ、今でいう「電界効果型
トランジスタ」の原理に相当する研究を始めた。すなわち、結晶中の電子の流れを電界に
よって制御しようとするものであった。実験はブラッテンに手伝ってもらっていたが
うまくいかなかった。
 ある日、彼はグループの会合で「なぜ失敗が続くのだろうか?」という主題で討論した。
そのころグループには、バーディーンが参加していた。バーディーンは「結晶の表面には、
電子をつかまえておくことのできる量子力学的なエネルギー状態が存在する」と、一つの
仮説を提唱した。世界を変える端緒となったこのモデルは「表面準位」と呼ばれた。
簡単にいえば、表面準位に入った電子によって結晶表面には常にバリヤができていて、
これは接触させる金属の種類などには依らず、半導体だけで決まる。そして、ショックレー
らの実験では、誘起された電子は表面準位に捕らえられて動けなくなっていたから電流には
何も変化が起こらなかったのである。

 バーディーンの仮説は検証する必要がある。この仕事にはブラッテンがあたった。表面
準位の中に入っている電子の数を外からかける電界によって変化させ、その効果を電流の
変化として観測しようとしたのだ。ゲルマニウムの結晶の上に針を立て、その接点の所に
電解液を置いて、電解液に白金電極で高電圧をかけたが、あまり効果が出なかった。
液体をグリコールボーレイトに変えた。すると、実験の後で結晶の表面に青い膜がついて
いるのを発見。友人に聞いてみると「ゲルマニウムの酸化膜」だという。
 「酸化膜は絶縁体だから、それは丁度よい。この膜の上に金を蒸着して、その金の膜に
電圧をかければ大きな電界の効果が出るだろう」そう考えて実験したところ、期待通りの
大きな信号が出た。ところがその符号が逆なのである。金の膜にプラスの電圧をかけると
電流が減るはずなのに、電流は増加する! バーディーンは、これは表面準位の検証の
実験ではなくて、何か別の新しい現象を見ている可能性があると判断した。
 ブラッテンが改めて実験試料を調べてみると、なんと酸化膜が見あたらない。友達の
科学者に聞いてわかったのは、彼が実験の途中でゲルマニウムの表面を水で洗ったとき、
この酸化膜は水に溶けてなくなって、その結果、表面には二つの金属電極が接触していた
のである。この実験の失敗の陰に幸運の女神が隠れていたのである。

 この実験に増幅現象が生じていることが分かり一同は興奮する。1947年12月16日、電力
増幅率450%が確認され、23日には、関係者の前で更に増幅の確認が行われ、これが正式な 
トランジスタの誕生日となった。結晶表面に2本の針を立てた形から「点接触型」と呼ばれ、
トランジスタという名前は、その翌年1948年5月になって決まった。
 かくしてトランジスタはこの世に誕生したが、ショックレーは複雑な心境に陥ってしまう。
12月の実験のほとんどは、バーディーンとブラッテンの2人で実験は進められ、彼はあまり
関与していなかった。長い苦労の後に出会った疎外感に悩んだ。もう1つは現象発見の後、
ベル研究所の首脳は情報の管理に入り、特許処理を検討する。それが済む6ケ月後の
1948年6月に外部発表と決めた。特許部は一向にショックレーに接触しない。ついに彼は
我慢できずに、特許部に連絡してみると、新しい発見はバーディーンとブラッテンの主張
として扱う。ショックレーのそれまでのアイデアは、電界効果による増幅で、それは
リリエンフェルドが1930年にアイデア特許を取得しているから、新たには申請できないと
考えているという返事であった。

 「自分一人で、本当の結晶増幅器を考えよう」ショックレーは決心した。そのために
増幅の原理について掘り下げる。それまで2本の針が接触している半導体表面には薄い
表面層があり、その層を伝わる電子現象が増幅に関係しているという見方が漠然と
とられていた。ショックレーは表面層は本質的ではないと考え直してみた。「結晶の
内部を通ってみてもよいのではないか?」そこで彼はシャイブに実験を頼み、くさび型の
結晶の先端近いところで、2本の針を反対側から押しつけて実験したところ、全く同じ
ように増幅することが分かった。ショックレーはこれで自身を得た。
 12月の末から1ケ月の間、ほとんど夜も寝ないで理論の展開に没頭して、結晶の内部で
動作するトランジスタの基礎概念をほぼ完全に作り上げてしまった。これが今日のトラン
ジスタの原型で「接合型」と呼ばれるものだ。
 ショックレーは「接合トランジスタの理論は、やってみればそれほど難しいものではなく、
ただ懸命にやりさえすればできるものだった」と述懐しているが、どうしてそれほどに
夢中になって取り組んだかというと、それは「フラストレーション」からだったという。

(菊池誠:「トランジスタの誕生」電子情報通信学会誌,Vol.83,No.1,pp4-7,(2000-1))

マイクロプロセッサの25年

 世界初のマイクロプロセッサ4004は電卓・オフィス機器用LSIを開発する過程で誕生した。

 過去28年間で、マイクロプロセッサの命令アーキテクチャは4bitから64bitまで進化した。
世界初のマイクロプロセッサ4004の性能は750kHzの動作周波数で0.04MIPS(Million
Instruction Per Second)であった。パソコンの高級機に使用されている450MHz版
PentiumU(Xeon)と4004の性能を単純に比較するとマイクロプロセッサの性能向上は
2万5千倍である。平均して1世代で4.5倍、10年で100倍の性能向上を達成した。

 マイクプロセッサの性能向上に最も大きな貢献をしているのが半導体プロセスの発展
である。平均すると3年から3年半で新世代の半導体プロセスが登場しており、それに
歩調を合わせて新世代のマイクロプロセッサが開発されている。

 新しい時代をもたらす「時代を拓く技術」は10年ごとに誕生しており、システムを
構築する技術は「時代を拓く技術」によって進化し続けている。
  1951年..接合型トランジスタの開発により「回路の時代」が登場し、
  1961年..シリコンプレーナ集積回路の開発により「論理の時代」へと発展し、
  1971年..マイクロプロセッサの開発により「プログラムの時代」をもたらした。
  1981年..IBMパソコンの登場により「OSとGUI」を経て、
  1991年..WWWの登場による「インターネットと言語の時代」へと進化した。

 マイクロプロセッサが提供する知的能力は、家庭電化製品、オフィス機器、自動車、
通信など、あらゆる分野に広範囲に大量に活用されている。18世紀中葉にイギリスで
始まった動力による第一次産業革命は、人類の機械力学的能力の限界を事実上なくした。
19世紀中葉にアメリカで始まった電気による第二次産業革命は、通信や放送や電化製品に
よって速度と快適さのある近代文明を人類にもたらし、大規模なエレクトロニクス産業を
築き上げた。そして、シリコンチップに載った知的能力をもったマイクロプロセッサに
よる第三次産業革命は、新たなる文化を創造するための『知の道具』を人類にもたらした。
マイクロプロセッサの誕生により、いかに品質を高くかつ安く物を作るかといった生産
という文明を重視した時代から、何を作るかといった創造という文化を重要視する時代を
登場させた。

 筆者の嶋正利氏は、世界初のマイクロプロセッサ4004の開発者として知られる。
本報告はマイクロプロセッサの歴史を通して、機能と性能と進化を決める要因の関係、
マイクロプロセッサの誕生と発展、パソコンへの採用による大飛躍、コンピュータ
技術の導入による高性能化、マイクロプロセッサがもたらした社会の変化などについて
まとめられたものである。マイクロプロセッサ生みの親である嶋氏が、総括している
ところが意義深い。

 平成12年4月から、嶋氏は福島県立会津大学の教授に就任される予定である。

(嶋正利:"マイクロプロセッサの25年",電子情報通信学会誌,Vol.82,No.10,pp997-1017,1999-10)

ソフトウェア・ラジオ

 ソフトウェア・ラジオとは究極の無線通信機として現在研究中のもので、アンテナに直接
ADコンバータを接続して、そこでデジタル変換した後はDSPで処理しようとするものだ。
無線機として必要なフィルタリング、利得調整、復調、復号などをすべてDSPで処理する。
送信する場合は、DSPで処理した信号をDAコンバータで変換した後アンテナに出力する。

 ソフトウェアラジオのメリットは、DSPのプログラムで信号処理を行うので、プログラムを
入れ替えれば1台の無線機がAMラジオやFMラジオあるいは携帯電話のようにすることが
可能になる。丁度、パソコンがワープロになったりCDプレイヤーになったりゲーム機になる
のと同じだ..しかし、現時点ではこれらを構成するのに必須なADコンバータやDSPの性能が
達していないため、まだ夢物語ではあるがいくらか実現性も見えてきている。

 ソフトウェアラジオの実用化研究が最も長く続けられているのはアメリカの"Speakeasy"だ。
"Speakeasy"は米国防省がマルチバンドでマルチモードの無線機を開発する目的で1900年度から
スタートし、1995年から始まったフェーズ2の研究が今年で完了する。

 米軍の通信システムの多くは相互間で互換性がなく、敵の妨害以前に味方同士の無線システム
間の互換性がないことが、グレナダ侵攻などの実戦で顕在化した。湾岸戦争など多国籍軍での
運用となると更に問題は複雑になり、ソフトウェアさえ入れ替えればどんな無線システムにも、
また、将来の新しいシステムにも対応できるソフトウェアラジオの開発が切望されていた。

 現時点ではDSPやADコンバータの性能が十分ではないため、周波数変換した後処理での
研究が進められており、1994年に行われたフェーズ1の実証試験では、異なる形式の通信を同時に
行ったり、形式が異なる通信システムのブリッジ接続を行い、別々の通信ネットワークの
ゲートウェー機としての動作を実証した。また1977年には空軍の演習で使用され、地上部隊の
VHF−FMのポータブル無線とF−16戦闘機のUHF−AM無線機との通信ブリッジ機能も
実証したという。
ソフトウェアラジオの外観図
ソフトウェア・ラジオ "Speakeasy”の外観図

(井上秀和:「屋根裏の資料室」,トランジスタ技術,CQ出版,1999-8月号,p.352)
(井上秀和:「屋根裏の資料室」,トランジスタ技術,CQ出版,1999-9月号,p.328)

ガス絶縁と地球温暖化問題

 SF6(六フッ化硫黄)というガスをご存じだろうか?エンジニア以外にはあまり知られていなかった
このガスも1997年にはマスコミにも登場して、少しは知られるようになったかも知れない。
これはもちろん同年12月に行われた気候変動枠組条約第3回国際会議、いわゆる地球温暖化防止
京都会議のおかげである。

 そもそも大気に放出されたガスは局所的な窒息作用などの問題がなければ、多くの場合拡散によって
薄まりこれまで問題にされることはなかった。最近になって、オゾン層の破壊や地球温暖化(温室効果)
というグローバルな効果が問題とされるようになってきたのである。例えばフロン類は種々の分子構造の
ものがあるり、すでに1cm3に10^10個のフロン類が存在しオゾン層への影響と温暖化効果の両面で問題と
なっている。SF6はオゾン層への影響はないが、地球温暖化効果は特別に高い。

 一般家庭や工場などで使用される電力を送るのにはどんな短距離であっても導体と絶縁物が必要である。
その絶縁方式には絶縁物の様態を分類すると6種類となる。その中の一つにガス絶縁方式がある。SF6を
使用したガス絶縁は、開閉機器、管路気中送電、変圧器、ガス遮断機などに利用されている。

 すでに1970年代〜1980年代にかけて、アメリカではEPRI(電力研究所)、DOE(エネルギー庁)の委託により
SF6の代わりにガス絶縁に使われるガスを見いだす、あるいは開発する研究が大々的に行われたが、
絶縁特性、消弧特性(アーク放電を消去する特性)ともSF6に勝るガスはないという結論になっている。
絶縁特性については、同じガス圧でSF6以上の放電電圧を示すガスはいくつも有るが、沸点、安定性、
有毒性などの総合特性でSF6を越えるガスはないということである。

 代替ガスとして、現在はSF6ガスと窒素などの混合ガスが考えられているが、混合ガスは純ガスより
特性が低下するためガス圧を高めるか容器寸法を大きくする必要がある。従って見かけほどSF6の使用量が
低下しないうえ、液化の回収が難しくなるという問題もある。

「筆者の意見」
 世界では、CO2ガス排出権などを行使したり売買したりされている。SF6に毒性はなく(炭酸ガスと
同じように窒息に注意が必要とされる程度)、強電の分野において優れた特性を示すこのガスは、
他に代え難いものであり、我々の生活に貢献する度合いは大きいと考える。寄与係数の様なものでの
評価をすることはできないだろうか?貴重な特性をもつガスであるので大事にしたいものである。

(宅間董:電気学会誌 Vol.119.,No.4, pp232-235,1999-04)

携帯電話用高周波デバイスの超小型化技術

 今ではもう珍しさを感じさせない携帯電話であるが、その市場拡大には、小形・軽量・高性能化に
よるところが大きい。最近のセットでは体積100cc,重量100gを下回るモノも珍しくない。これを
可能にしたのは携帯電話を構成する各種デバイスの進歩によるものである。本稿は、これら最新の
デバイスについて解説したものである。

1.アンテナ
 携帯電話では、送受信用のホイップアンテナの他、マルチパス対策としてダイバーシチ受信用の
 内蔵アンテナがある。多くは板状逆Fアンテナを誘電体上に形成して小型化・薄型化している。
2.高周波フィルタ
 フィルタは挿入損失を少なくし、減衰帯域での減衰量で評価される。この特性は共振器のQ値に
 依存しているが、小型化するとQ値が下がるため特性も劣化する。従来は同軸共振器が用いられて
 いたが、共振器の電極を印刷により行うプレーナ(平面)共振器が開発されている。
3.周波数シンセサイザ
 ここでもVCO性能とC/Nはトレードオフの関係にある。共振器のQ値と発振回路のC/Nの関係から
 回路の最適化を行い、当初の訳1/10の大きさまで小型化されている。しかし、無線部のなかでは
 数少ないIC化されていない部品の一つであり、他ブロックと共にIC化するのが課題である
4送信電力増幅器
 携帯電話の中では最も消費電流の多い部品であるため、効率は通話可能時間に影響する。
 この部分は小型化より、効率の向上が図られてきた。しかし、変調方式がアナログ(FM)から
 デジタル(QPSK)へ替わり、線形増幅が必要となって、低歪みと効率というトレードオフとなる
 性能が求められている。

 以上、簡単に解説記事の内容について紹介したが、ある雑誌でこれらの携帯電話の開発に
携わっている技術者の話として、「メーカーは0.1gどころか、1mg軽くするのに必死の努力を
している。プリント板に部品を搭載する半田の量までコントロールするとか、ケースの厚さを
薄くして落下試験を繰り返す。血のにじむような軽量設計を行った自分の担当製品が、町で
女子高生に、飾りものを幾つもぶら下げられて扱われているのを見ると、あの苦労は一体
何だったのだろうかと泣きたくなる」と紹介されていた。まことに同感である。

(小川晃一,石崎俊雄,小杉裕昭:電子情報通信学会誌 Vol.82,No.3,pp251-257,1999-03)

重箱の隅

 「重箱の隅」は「トランジスタ技術」誌連載のコラム名である。同誌を再び毎月購入し始めて、
もう3年半位になる。実は、毎号このコラムを読むのが楽しみになっている。このコラムのことを、
ご本人(の友人)は「科学落語」と評しておられる。「念入りなマクラのあとに、最後の3行を
書くための話が延々と続く古典落語そのものだそうだ。」

 1999年2月号のテーマは「超並列」である。今回の『最後の3行』は、以下のようになっている。
 科学技術が爛熟期を迎える世紀末には、いままで不可能とされていた物理の泥沼に超強力な
計算機パワーで進軍する必要がある。
 そのときに論理回路の発熱で地球を壊さないためには、演算量に対する発熱を制限した回路が
必要になり、ソレは今まで考えられていたよりずっと遅い周波数で動作する、超並列計算機に
なるかも知れない。

 最近では「量子コンピュータ」が話題に上がっている。現在のスーパーコンピュータでも太刀打ち
出来ないシュミレーションなどを、超並列計算機に構成された量子コンピュータは、短時間でこなして
しまう潜在能力を持っているからだ。これからは超並列の時代だ。

(小林芳直:「重箱の隅」,トランジスタ技術,CQ出版,1999-2月号,p.344)

圧電気の一世紀

 圧電気現象は、1880年ラジウムの発見で有名なピエール・キューリー(1859-1906)とその兄ジャック
(1855-1941)と共に発見された。キューリー兄弟の実験は結晶板に圧力を加えると、結晶の両面に
逆極性の電荷が生ずることを発見したのである。この実験には水晶を初めとして、電気石、ロッシェル塩
ショ糖等が含まれているのは注目に値する。
 1914年第1時世界大戦が勃発し、ドイツのUボートに悩まされた連合国はソナーを開発した。
これには、2枚の鉄板の間に水晶のX板を多数張り付けたもので、ランジュバンが発明した。
この複合変換子は、圧電材料がセラミックスになっても彼の名を冠して、ランジュバン型振動子と
呼ばれている。
 戦後、これらの技術が公開されると、圧電気の平和利用の研究が盛んになった。水晶振動子の
鋭い共振を発振器やフィルタに利用できることを、1921年アメリカのケーディが示した。
そのときの振動子は、X板の棒の縦振動子であった。1924年にはピアースによって、振動子を真空管の
プレートとグリッド間に接続する、いわゆるピアース発振回路が発明された。
 第1次大戦後は無線通信、特に短波の国際通信の発展期で、同じ空間を多数の利用者が共有する無線
通信では、発振器の安定度が重要である。当時必要とされた周波数安定度は10^-4台(0.01%)だったので
水晶発振子の変動要因は温度だけであった。したがって、ゼロ温度係数の水晶振動子の研究、特に、
短波通信の周波数に適した振動子(厚みすべり振動子)が世界中で盛んになった。
 1933年古賀,高木らによってR1カット(AT-cut)が発明された。これは1次の温度係数のみならず
2次の温度係数もゼロとなり、3次曲線状の温度変化を示す。このカットは広い温度範囲にわたって
安定なので、現在に至っては最もよく用いられているものとなっている。海外では、ドイツのベックマン
が10日ほど遅れて、同様の発表を行っている他、アメリカのベル電話研究所のラック等の発表は、
更に1年ほど後になっているが、ATカットの命名は今も使われている。
水晶振動子の外形寸法の変遷
 このエッセイの筆者、尾上守夫さんは東京大学第2工学部を卒業後、ずっと東京大学生産技術研究所で
振動子、フィルタの研究をされてこられた。もはや我々の生活に欠かすことのできない時計、携帯電話、
衛星通信、コンピュータなどには水晶振動子を始めとする、圧電気現象を利用したデバイスが用いられている。
このエッセイはその一世紀を簡単にレビューしたものである。


(尾上守夫:「圧電気の一世紀」,電気学会誌,Vol.119,No.2,pp100-103,(1999))