工業高校の情報技術教育を考える

インターネット活用授業の報告と専門技術者としての視点

平成8年度 兵庫県高等学校教育研究会 工業部会電子部会報告内容

  

兵庫県立神戸工業高等学校

情報技術科教諭  西川 敏弘

 はじめに

 インターネットを通して神戸大学や県立人と自然の博物館(三田市)、そして神戸市内の定時制高校2校を結んだ実験授業が行われるということが新聞紙上で大きく取り上げられたのは平成8年6月のことであった。

 実験授業は、神戸市立m高等学校(普通科)と、本校(情報技術科)の生徒を対象として行われた。

 博物館の展示物などの資料を映像で紹介するほか、博物館の先生にも解説をしていただくなど、ちょうどテレビジョン放送の中継媒体にインターネットを利用したようなものと考えてよい。勿論、この様子はインターネットの特性を生かし、全国の教育大学などの関係者が見守っているのであるから、事の重要性は想像いただけるものと考えています。

 なぜ、このような大役を本校が担当することになったかというと、これは本校が、定時制の情報技術科だという理由だけでなく、本校の全日制である兵庫工高は百校プロジェクトに参画していることや、企画自体が、定時制高校という、普段、遠隔地にある社会教育施設を利用できない勤労生徒に対して教育上有効であるということが挙げられるのではないかと思っています。

 特に、神戸市立m高校は、インターネットを活用した教育に積極的に取り組んでおられ、この構想自身、同校の先生がたの情報技術教育についての熱意によるところが非常に大きいものがありました。このことは、工業高校での情報技術教育を専門とする私たちにとっても考えさせられる問題を多く含んでいるものでもありました。

 本稿では、これらの報告/技術紹介という視点だけではなく、私自身が考えさせられた悩みなどを述べながら、問題提起という形で、皆さんのご批評を戴きたいと思います。

 なお、実験に関しては、県立兵庫工業高校、県立教育研修所をはじめ、多くの先生がたのご協力をいただきました。改めて厚く御礼申し上げます。

1.何が問題なのか

 「工業高校の情報教育における技術的優位性は無くなったのか」これは、普通科の定時制高等学校である市立m高等学校と単に設備比較して論じるつもりではないことをお断りしておきます。

 おそらく、ここまでの私の文章を読んで情報通信技術を専門とする先生がたには、非常に疑問が沸いたことがあるはずです。これは、インターネットの一般的な使い方ではなく、技術的な面では他の方法が良いのではないかと否定的な見解をされた方も多いのではと思います。

 実は、私も当初そういう気持ちがありました。しかし、教員という立場でみるとこのような取り組みは、積み重ねることが重要であろうと考えるようになり、それと同時に、このような時代に生きる専門教科教員の立場はどうなるのか、そしてどうあるべきかを真剣に悩むようになってきました。

 特に、私たち専門技術者要素をもつ教員は、自分たちの世界の価値観で判断をしてしまうことがあります。

 私自身、教員になるまで、1979年よりパソコンの製品開発設計に従事していました(8ビットでmzシリーズというものでした)創世記の商品だけに、キット形式であったり、日本橋のパーツ屋やハムショップにしかなかった時代で、プログラムやコンピュータのことを、ある程度理解しないと使えないもので、技術者層やマニアのためのものでした。

 勿論、そのときの情報教育といえばエレクトロニクス技術教育と同意語になっていたようなものですから、この分野についての専門性については電子技術者こそ専門家であるという意識が非常に高いものでした。

 特に私は、通信技術について有線/無線を問わず大好きで、インターネットプロバイダー等の管理技術者資格である電気通信主任技術者や無線技術士の資格を取得したり、20年間もアマチュア無線を続けたり、コンピュータ通信の研究をしているものですから、この分野にかけては、(工業の同じ専門の先生には負けても)他教科の先生には負けたくない(負けるわけがない)と考える生意気な考えをもっております。

 こんな私がショックをうけたのがこのインターネット活用授業で多くの先生と出会ったことです。

 結論から述べますと、自動車整備士とドライバーは同じ自動車に携わるものですが、全く仕事も立場も違います。情報技術の専門家といえども、純然たる教育に従事するものがコンピュータを活用するのか、電子情報通信の技術教育に従事するのかの違いがあると考えます。しかし、世の中が進化すれば、利用者側のノウハウがいきているのだということが身をもって感じました。

 何が問題であるかというと、これはある意味では私自身の意識の問題であるのかもしれません。しかし、多くの先生方にも同じような思いを持つ方も多いのではにかと考え、本稿にまとめた次第です。このような前置きや、私の立場の言い訳を、参考にされ、以下の報告をお読みいただければ幸いです。

2.インターネット活用授業について

 実験環境についてネットワーク図を示し、当日の報告文書を参考までに示します。本校は、通信速度28.8kBPSの専用線でORIONSに接続されており、この点では摩耶兵庫高校も同様である。ただし、m高校はこの実験にあたり、臨時ISDN回線を設置しました。

当日の報告書はこちらにあります

 このため、伝送容量の面で本校に通信上の制約が生じることになり、本校における音声は、アナログ公衆回線を経由してm高校からインターネット上に音声を伝送することになりました。

 また、画像は白黒で、1画面送付に約3秒を要しました。  実験は、CUSeeMe方式とIPーMuluticast方式で行われましたが本校は、前述の制約上前者を中心となりました。

 尚、画面はビデオプロジェクターで拡大し、音声も増幅器を利用した。したがって、生徒はパソコンに向かうことは必要とせず、インターネットなどを特に意識しなくてよいのである。

 音声伝送については、本校の場合、双方向通信ではなく、手動の半二重通信であった。このため、受信中には送信できないのでこれを切り換えることが必要であった。

 また、パソコンで伝送画面の操作を行うオペレータや、送信画像を取り扱うテレビカメラの操作が必要である。これらの操作を、本校情報技術科職員や大学生等が担当した。授業については、本校の理科の大場教諭が担当された。

 大場教諭は、ベテランの先生であり、学習指導案は、m高校のi先生と共同で作成され、県立人と自然の博物館にも事前打ち合せなど万全を尽くされていた。

 これら、授業の様子は、写真や新聞記事を参考にされたい。

3.授業というソフトと専門情報技術

 このように、授業というソフトウエアは、特殊形態といえ通常の指導の延長線上にあるものといえる。ただ、遠隔地にいる人と画像や音声を伝える為、コンピュータ技術や通信技術を利用しているにすぎない。いわば、今までのパソコン利用とは若干性格を異とするのである。

 これは、ちょうどテレビ番組に出演するタレントと、それを中継する放送技術者の関係に置き換えして考えることができると思う。要するに、その仕事を遂行するために必要な能力は、異なるがこれらはお互いに協力して仕事を遂行しなければならないのは当然であり二役はむずかしいのである。(不可能ではないとは思うが)

 これと同じ例として、工業高校のインターネット活用を考えると、工業教員のみでの活用では語学の壁があると思う。  たとえば、海外との電子メールのやりとりなどでは、これは、もはや工業としての授業というより英語の授業が適切であろう。工業英語という道もあるにせよ少なくても英語科教員との協力が必要なのではないだろうか。

 おそらく、定時制の普通科である摩耶兵庫高校での情報機器を活用した教育が盛大になったのは普通科のそれぞれの教育のプロが、自分の教科にあわせた教材開発を工夫された結果であろう。

 また、通信やコンピュータを趣味とする先生の努力は、絶賛に値すると感じた。

 神戸大学で、実験に関する打ち合せが行われ、我々通信の裏方も参加したが、m高校のa先生は、私と同じようにアマチュア無線やネットワークを趣味とする先生で情報教育の熱意が大きく感じることができた。おそらく情報教育の啓蒙などもやっておられるであろう。

 その点、私はというと、専門が情報なだけに、テリトリー守りの姿勢があるのではないかと反省している次第である。

4.私にとっての実験の成果

 この実験は成功のうちに終わり、生徒には、単なるホームページを見るだけがインターネットでできるこどではないということを示す良い機会となった。

 定時制の情報技術科の1年生にすれば、専門的に見ればそのような指導効果しかないが、それ以上に、当日の理科の授業の視聴覚教育としての成果があるのは、当然であるといえよう。結局、この実験に協力できたことは、音声伝送の技術的問題点等を神戸大学の先生に指摘し、NTTの協力で必要な器材を借用できるようになった事と、授業が円滑に進むよう裏方業務をしただけである。そのような状況であるため、成果といえば、教育の世界での動きがなんとなくわかったことと、自分が工業の電子情報技術系教員ならどのような意識で取り組むべきかを改めて考えさせられたことである。

 

5.工業高校の情報技術と他高校の情報教育を考える。

 以前より、商業高校での情報教育の動きに関心をもっていた。というのは、職業教育として情報を扱うのは、商業系と工業系と考えるのが一派的であろう。

 ところが、これらの学校の教育内容の差が非常にわかりにくいのである。というのも、最近のパソコン消費者の動向をみてもワープロ、表計算、RDBというオフイス製品が発達してきている。これはいわゆる商業高校で履修する教科との関係が密接になったと感じたのは私だけであろうか。要するに、ソフト自身の完成度が高いということは、コンピュータの専門知識というより簿記などの仕事に近い要素の知識が重要視されるのである。

 これは、いわゆるパソコンマニア少年(こども)が社会人の満足する税務会計ソフトを作れないのと同様であろう。

 高等学校の教員資格で情報処理(商業)が国家試験で取得できる制度ができ、私は第1回試験(H6)に取得したが、その内容は工業高校の情報技術と非常に重複するのである。ただし、簿記会計や商法、商業科教育法に関する知識が必要になるのみである。(なお教員が受験する場合には科目免除もある)  このとき感じたことは、工業の情報技術検定と商業の情報処理検定を比較すると商業は非常に実務的で、工業は科学技術計算のような、数学力を要求する傾向にある。

 ウインドウズ時代の今、実用に供するレベルのソフトは、限られた時間の中で開発は困難で、私自身の事務処理でもRDBに依存してしまっている。おそらく情報処理技術者の試験対策上としても、アセンブラのCASLぐらいのアルゴリズムが適切で、制御系の学習の上でも有効であろう。

 一方、普通科高等学校の情報教育というと、前述のビジネスソフトの活用に加え、ビジュアルベーシックの活用や、絵画ソフトやMIDIの活用などがある。

 しかし、これらもワープロは国語科、絵画ソフトは芸術科、MIDIは音楽科の教員がコンピュータリテラシをつければ指導効果が高いのはまちがいないのである。

 工業高校でもMIDIなどは、発売当初には技術的研究の余地があったであろう。しかし完成したソフトを利用するだけでは、音楽の趣味となる気がする。

 もちろん、MIDIの制御ソフトを作るのであれば、これは工業技術的なものということは間違いないのである。

 

6。ひとつの方向性

 まわりくどいことを述べたようだが、決して私は、商業高校的な情報教育を工業高校でするなと提唱しているのではない。むしろ工業大学にある経営工学科のように商業分野もあわせた知識が情報技術系教員には必要ではないかと思っているのであり、ただ、ソフトの使用方法だけを学習するのであれば問題と思うのである。特に工業はものを作る教科であるなら、ブラックボックスの中を熱中して覗くという意識、すなわち、メカニズムの解析こそが姿勢として望ましいと感じる。この熱中することが、美徳であったはずの電子工学の世界が、おたく呼ばわりするのだから、非常にやりにくいと思うのは私だけだろうか。

 特に、我々電子情報系教員は、どうしても電気系出身者が多く、私も電気技術者の意識が抜けだすことができない。

 そのため、ひとつの意識改革の手段として、神戸工業高校情報技術科では、準備室に、電子情報通信学会の大学教科書シリーズと情報技術者試験の標準テキストを揃えた。

 これは、我々が情報技術教員として教えるには、最新の大学教科書がどのようになっているのかを調べたり、どうあるべきかを研究するためである。

 非常に、つまらないことであるが、本校情報技術科教員の出身学部は、電気や電子出身者ばかりで、情報と名の付く学部出身者はいない。もちろんその時代には情報の学部などはなかった訳であるが、ソフトウエアの教科書は今でも入手が困難であることさえ知らなかったのである。

 電子情報通信という専門性を保ちながら、情報技術分野は、文化の集大成であるから専門指導分野以外の知識をつけていくことが必要であるとの認識はしていたつもりでいたが、改めてその重要性を思い知らされたインターネット活用の授業であったと結論づけたい。

以上


平成12年10月更新

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西川敏弘 jf3mxu@hi-ho.ne.jp