卒業生に伝えたメッセージ
定時制 情報技術科の教育実践を紹介する
解 説
平成9年3月 情報技術科の生徒たちは、定時制の兵庫県立神戸工業高等学校を巣立っていきました。
このクラスは 岩波ブックレット#351 「定時制高校青春の歌」(南 悟 著)の中でとりあげられた情報技術科2年のクラスでした。
その後、大きな反響を呼び 夕刊読売新聞に平成6年8月24日より27日までの間「定時制・青春物語」として6回の記事が掲載されました。
この6回の連載中4回までがこのクラスのメンバーが登場しています。
また 平成6年6月4日には 寅さんシリーズの映画監督 山田洋次氏がこのクラスの授業に入られ、国語科の南悟教諭の授業を見学されるなど大きな話題を呼びました。
この経過については 前述の夕刊読売新聞8月25日号に載っております。(私もその授業を担任として見せていただきました。山田洋次氏は夜間学校をテーマとした「学校」も手がけていることは ご存知の通りです。)
そのときのクラスの生徒については、ほとんどが、そのまま無事卒業することになりました。社会に励ましていただいたお陰と思います。
(仕事の関係で1年遅れた者もいますが 全員がやめずにがんばっています)
この文章はそのクラスに対して卒業式後の「最後のホームルーム」で配布したものです。
卒業式の答辞とあわせてご覧いただければと思います。
働きながら学んだ君たちは自信を持て
情報技術科 担任 西川敏弘
卒業おめでとう。短いようで長かった4年間であり、それぞれの思いがこの卒業にあるのではないかと思う。
本校での高校生活は、働きながら学ぶ生活であり、周囲の友人たちが気楽に過ごす時にも、学校や仕事のことで悩んだ事もあったのではないかと思う。
担任として、君たちに満足な対応をできず迷惑をかけたことも多かったが、どうしても全員進級、全員卒業という事を優先してしまい、君たち生徒から「もっと厳しくした方がよい、甘すぎる」といわれたことも心残りである。
特に、平成7年度より情報技術科長を兼任するようになってからは、君たちだけでなく情報技術科全体を見渡さなければならなくなった。しかし、3〜4学年を通じ1人も現級留置者が出なかったことはクラス全員の力と各先生の指導やご家族の愛情の賜物であったと思う。
専門教科での資格取得では、全員が何等かの資格検定を取得できた事は君たちの学習成果の現われであると思う。
国語科(南先生)の指導により、k君が全国の読書感想文コンクールに入賞したことや、y君やnさんがクラブの全国大会に出たこと、ベトナムから来日6年で日本語を克服したt君、工業教育フェアでアイデアロボット作品入賞したk君、大阪電通大短大に合格したn君、課題研究発表会では下級生を驚かすソフト作品を作ったts君、is君。1年で情報技術検定2級を取得したtb君。このように数え上げるときりがない。それだけ、それぞれの学校生活の成果は全日制と比較しても何等遜色はない。(比較の意味もないかも知れないが、私はそう思っています。)
私自身も働きながら大学に学んだ経験があるので、君たちの気持ちはある程度わかるようなつもりでいるが、残念ながら私は怠け者で、学校には「仕事が忙しい」といい、職場には「学校が忙しい」というような都合のいいような振る舞いをしていたように思う。(これは私自身の問題ですが)
勿論、私には悪気があったわけではないが、本業の仕事を多く背負い込むと「共倒れ」になると思ったし、「現実に配慮が欲しい(余裕がなかった)」と思うことが多かったのである。今から思うと周囲の人も、本当の事は、うすうす解っていても暖かく見守ってくれていたのであったと思う。
そのような、私の視点で見ても、君たちの頑張りは絶賛に値するものであると思うし、私に君たちと同じ条件で頑張れといわれても正直いって出来る自信はない。君たちから学んだことは非常に多くあり、私自身の大きな財産だと思っている。
思えば、この学校に入るため勤務先を変ったり、条件の悪いアルバイトを選ばざるを得なかったなど金銭的な面だけを見れば失ったことも多くあったと思う。
しかし、卒業証書(高卒資格)や「学校の思い出」は、今後君たちの人生を考えると、決して損にはならないと信じる。間違えてはいけないのは高卒に価値があるのではなく、高卒という切符を手に入れた君たちの今後は、努力によって道が開けるのだと思う。特に、今まで頑張ってきた君たちだからこそ、これからも立派にやっていけると思う。
誤解無きよう付記するが、中卒でも立派な人は立派なのは当然です。高卒であったとしても、これからの「君たちの社会人としての努力」が大切と思う。内容が伴わない学歴はマイナスになることもあるということも忘れずに頑張って欲しいと思っています。
(原文には 生徒個人の名前があるのですがここでは仮名にしました)