早春

                       梅の花を見、心地よい春風を感じていると生命の歓喜に浸るなどと

                    言いたい所だが、花粉症にやられてしまって 、のどがひりひり、鼻水が出るわ、

                   時々くしゃみということで、これまでアレルギーなど無縁の生活を送ってきて油断

                             していたことで、こんな目に合うとは残念。

               東京では五人に一人でこれからなりそうな予備軍も含めると、将来はへたをすると、

                 三人に一人は花粉症などという東京の悲しげな春を見ることになるかもしれない。

                    原因については大気汚染も相当 関係しているというから、困惑する。

                        新約聖書に「野の百合を見よ。労せず、つむがざるなり、

                されど、神はこの様に美しく装いたもう。ソロモン王の栄華も及ばず」とある。

                         「野の百合を見る」という単純なことの中に

                         大自然の美しい秘密が隠されているということに、

               最近は科学の方面でも取り組んでいるという話を聞くが、どうも一般には

              野の百合の美しい色もニュートンの光の波長から脳の電気信号へ、それから色を見るという

              かなり乱暴で粗雑な説明で納得しているようだが、

            実際の科学の現場では緻密な努力がされているのだろう。

           この「野の百合を見る」ということの謎を解くということは

        二十一世紀最大の謎として、科学者の目にも魅力的テーマと映ってきたらしい。

        しかし、キリストが言われるように、【野の百合の美しさは神が装いたもう】

        とある様に、全て物質の物理化学的な説明でこの「野の百合を見る」ということを

              説明できるとは私にはとうてい考えられない。

          釈迦は「ありとあらゆる物に仏性がある」と悟ったというが、

         日本の道元はさらに飛躍して「存在は仏性である」と言っているし、

         キリストは人を霊に生きる者と肉に生きる者とに分けておられる。

      ここで分かることは物理化学的に説明される生命というのは個々の生命現象であって、

         生命そのものは「永遠の生命」という言葉に象徴される様に、物質ではない。

        現代はニーチェが「神が死んだ」と予言した時代であり、肉に生きる時代であるから、

        こうした道元もキリストの文句も昔の人の思い込みと思われる人も多いかと思うが、

    今 科学が挑戦しようとしている脳の認識能力がどうして生きいきした「野の百合」になるか

          という問題、これをこの早春に梅の花を見て、それから桜の花の満開を見て、

         じっく り考え味わおうと思っている時に、無粋にも花粉症で鼻水だらだらでは

          何ともなさけない。楽しみにしていた春の喜びが半減してしまう。

     原因はかなりはっきりしている筈だから、東京都も環境省【click!最新のニュース 】も

     もう少しはっきりさせるべきではないか。大気汚染と花粉症の関係の因果関係はまだ科学的には

     証明されていませんから、まだ正確なことで発表するわけにはいけないなどとおっしゃるのは

           民主主義ではありませんよ。民衆の相当数がやられているというのに。

【この文章を掲載して少したつてから知ったのだが、東京都では花粉症と大気汚染の関係を公報で認め、市民の意見を求めている様です】

           かって水俣病で、水銀が海に流され漁民の中に多大な被害が出ても、

          そこの工場を持つ会社は 科学的に因果関係は証明されていませんなんて言うし、

                御用学者が応援するものだから、

           水俣病が社会的に公害病として認知されるのに、長い長い裁判となって 、

            その長い時を経てやっとやっと会社の責任が認められたのです。

         今の日本は山ほどの問題が山積しているから、何を取り上げても大変な議論

          となるでしょうけど、今 私が述べた観点にしぼって日本を見た時に

(現状では不可能ということは分かっているが)

             単純な空想という感じで言うならば今の日本に自動車が半分になれば

             世界一の生活大国になる要素は充分にあると思うけど、どうですかね。

         仕事に車が必要な人以外はなるべく車にのらない様な雰囲気を社会全体がつくっていく。

      不便になった分は公共の交通機関やタクシーあるいは何か別の乗物を開発するというアイデアはどうか。

                             アメリカでは、人が移動するとても便利な器械が発明されたという話も聞く。

         それはともかく、どんなに金があって、物があふれて経済成長が高くても

         東京の人の半分が花粉症になる様な大気汚染が加速するならば

                  生活大国とは言えないでしょう。

      【それに全国の交通事故死者年間一万人近い、怪我人は百万人近いというのも恐ろしい。

               やはり、子供が安全に遊べる町並みが確保され、

                 沢山の樹木や花が植えられた東京、

                   川の水が綺麗になつた東京 

            世界中の人が来て美しい町 で文化的な町だと言われる様な東京にして、

         先ほども言った様に街角に咲いている「野の百合」や「野の薔薇」をゆったりした気分で

               楽しめる、そうしたことが真に生活大国になることで、

                車を沢山持っているから豊か であるなどという感覚は

      地球環境という視点からも考えるべき時代の曲がり角に来ていると思う。いかがでしょう。

【 国によってはあるいは日本でも場所によっては車が絶対に必要であって、それが経済を活性化し民衆の生活を向上させるという所もあると思いますが、あくまでも、このエッセイは日本それも 鉄道の発達した東京に住む者としての率直な感想ですので、車という科学技術の偉大な発明、それに車の便利さ、人類に対する貢献というもの は身にしみる程よく分かっていますが、時代は環境を守る方向に転換すべき時機に来たという判断ですので、車を人類のために上手に使おうということですので、誤解のないようにお願いします  】

森にかえったしな乃  このエッセイを書き終えた後、偶然に発見したホームページであるが、交通事故をなくそうという切実な意思がこちらに伝わってくる。最愛のわが子を失ったご両親の気持は悲しみで言葉を失う。 涙なしでは読むことが出来ない。この様な方が全国に沢山おられるということを、まだ事故に合っていない人も知るべきである。事故はいつ誰を襲うかは分からないのである。私の車社会に対する疑問というテーマに合うのであえて リンクさせていただいた。

大手小町 「花粉症は公害病だ」というタイトルを見た時、その通りだと思い、早速リンクさせていただきました。それ以外のcontentsの中身も豊富で、映画あり、文芸あり、学問あり、ファションありで文化的なものに対する洞察の深いホームページであると感心しました。