第八章 災厄の民
今までの文中に幾度となく記載されてきた言葉に「禍族」という言葉があります。文中から意味を抽出すると「術者の敵」「悪い奴」「異世界の住人」などが連想されていくと思います。この章では禍族とは何者なのかを述べていきます。
● 禍族とは
冒頭でも述べましたが、禍族は異世界の住人です。では何故異世界の住人が隣りの世界にやって来ているのでしょうか?
世界と世界の境界は「無形のエネルギー」でできています。「有形のエネルギー(光・化学・運動・熱・電気の5種類と霊的エネルギー)」ではいくらエネルギー量が多くても「無形のエネルギー」である世界の壁に作用を及ぼすことはありません。一方で、世界の壁と同じ「無形のエネルギー」を用いれば、壁に「穴」をあけることも可能なのです。一箇所に「無形のエネルギー」を大量に集中させることができれば世界の壁はひずみ、禍族たちはひずみから生じた小さな穴からやってきます。
では、「無形のエネルギー」とはどのようなものでしょうか。代表的なもので意思力と天勢力があります(両者は同じものだと主張する魔法物理学者も多いようです)。これらはDOCルールでは『天勢値』や「縁故」として表現されていますが、通常の測定機器では測ることができないものです。また、有形のエネルギーに正と負があるように、無形のエネルギーにも正と負があります。正の無形エネルギーは希望・歓喜・幸運等に伴って上昇し、負の無形エネルギーは絶望・憎悪・嫉妬・恐怖・侮蔑・怠惰・嫌悪・固執・欲望そして不幸と共に高まります。実際のところ、こういった感情が先なのかエネルギーが先なのかははっきりとしていません。ただ正にせよ負にせよ、無形エネルギーが集まると(すなわち感情が高まると)天勢力や世界の壁に影響を及ぼすのです。禍族たちは負の無形エネルギーをまとめて≪闇≫と呼びます。
禍族に限らず、異世界からの来訪者は「この世界の」法則に従う必要があります。物理法則にも霊的な法則にもです(第7章 第弐幕参照)。この世界には「質量保存則」がありますので、質量のあるものはこの世界に持ち込めません(式術は式の質量に等しい霊的エネルギーを異世界に放出することでこの問題をクリアしています)。よって、この世界にやってきた禍族は質量をもたない「精神体」の形態をしています。精神体の状態の禍族は一部の(妖術の術力リストに「G」印がついている)術力を除いて、術力を使用することができません。一方で、肉体を持たないのでHPにダメージを受けることがありません(「魔物に対して」ダメージを与える術力である火術<聖火>、水術<聖水>、聖術<聖刃><聖光><神槌><神罰>、符術<破魔符>は効果があります)。ですが、術力の2次効果は効力がありますので、2次効果で死を与えることは可能です。
精神体の状態の禍族は「霊感」+『感覚力』で禍族の『天勢値』を上回れば認識することができます。弱っていると姿を隠すことさえままならないということです。ただし、禍族は自ら姿を見せることも可能です(特定の一人にだけでも可)。また、禍族同士は無条件で認識することができます。
● <融合>
こちらの世界にやってきた直後の禍族は精神体で、肉体を持っていません。精神体のままでは禍族は限られた能力しか使うことができません。本来術力は身体に依存する遺伝形質のひとつなのです。そこで、禍族達はヒトの肉体を乗っ取ることを思いつきました。肉体のない精神体の状態でならば宿主の精神体(魂)を追い出せれば、その肉体を使用することができるのです。そして禍族としてもできれば性能の良い肉体を欲していますので、術者の肉体から術者の魂を放逐することを狙います。禍族は精神体の状態でも妖術<力探知>によって術力因子保有者(まだ術力を使えない者も含みます)を探すことができます。
しかし、ヒトの生存本能はとてつもなく強力でした。そう簡単には本人の魂を追い出すことはできません。全ての禍族は魂を追い出して肉体を自分のものにする術力―<融合>―を心得ています。でも妖術<融合>にはひとつだけ制限があり、生きる力、すなわち『天勢値』が高いものに対しては発動しないのです。
そこで、禍族はまず対象の『天勢』を下げなければなりません。『天勢』を下げるのは比較的簡単で、精神的に追い詰めていくことでヒトは生きる活力を失い、生存本能が衰えていくのです。特に妖術<災厄>を用いて直接『天勢値』を下げなくとも、幻覚や些細な不幸を対象に与えつづけることでも同様の効果が得られることでしょう。例えば、<幻覚>を見せて交通事故に合わせたり、<騒霊>で不運な落下物を演出したり、睡眠中に<心話>で悪夢を見せたりするのです。このときに<心傷観>と併用すればさらに効果的です。こういった禍族の精神攻撃は対象に生きる気力がなくなり、「対象が自殺したくなるまで」続きます。
『天勢値』が下がった対象に、禍族は妖術<融合>をかけます。この術力は先ほど述べてあるように、対象の魂を放逐して自分がその肉体に居座るという効果のある術力ですが、対象に生存本能があるうちは成功しません。<融合>を発動させるタイミングをよく考える必要がでてきます。生存本能が消え失せ、かつまだ死んではいない状態のときに発動させなければならないのです。具体的には「自殺を図った瞬間」「心の依りどころを失った瞬間」でなければなりません。さらに前者は「自殺を図りつつも未遂で終わる」必要もあるのです(せっかく肉体を頂いても直後に肉体が壊れて使えなくなっては困ります)。後者は後者で問題があり、対象(標的)が心の依りどころにしている存在を易々と失ってはくれないのです。禍族が<融合>の標的にするのは主に術者ですから、『天勢値』や縁故を駆使して「依りどころ」を死守しようとするのです。結果としてハイリスクハイリターンになってしまうのです。<融合>までのプロセスの比率は前者のタイプが9割近くを占めています。
<融合>に成功したならば、もう肉体は禍族のものです。放逐した宿主の魂は徐々に意識と記憶を失っていき、7週間で消滅します。もともと生存本能の希薄な魂ですからもっと早く消えてしまうこともありえます。ひとたび禍族と<融合>してしまったならばその肉体は真術<核現>を使わない限り禍族を追い出すことはできません(ただし<核現>でも元の魂を呼び戻すことは不可能です)。
もしも<融合>した肉体(禍族は『器』と呼びます)が術力因子の保有者であれば、『器』が行使可能な術力系統は禍族の意思で使うことができます。ただしこのとき、術力系統はひとり3つまでです。禍族は妖術を覚えていますので『器』が3種類の術力系統を使えたとしてもそのうちの2種類までしか使うことができません。また、身体を使う技能に関しては(<融合>した直後は)『器』が習得していた技能しか使うことができません(禍族自身の肉体的な技能は使えなくなります)。術力に関してもまず『器』が習得していた術力を自分で使えるようにならないと新しい術力は覚えられません。ルール的に言えば、『器』が習得していた分のPSPを先に消費する必要があることになります。これは各個人によって微妙に術力を発動させる仕組み/発動キーが違うことに原因があります。総じて、禍族が最も望む『器』は以下の4点を満たした者になります。
・
未覚醒の術者(<融合>の際に抵抗されにくく、PSPの消費もない)
・ 術力系統が1〜2種類の術者(能力値に無駄が出ない)
・ 身寄りのない術者(<融合>した後の生活が楽)
・ 心に深い傷を持つ術者(<融合>するのが楽)
無事に<融合>を果たした禍族は何をするのかというと、まず最初に『器』の無念を晴らします。決して殊勝な心からではありません。追い出した『器』の魂は『器』の身辺に漂うことが多く、そのまま街を歩いたのでは術者の霊的感覚力を刺激してしまうからです(怨念につきまとわれている被害者のようにも見えますから禍族だという断定はできませんが)。そこで、7週間(放逐した『器』の魂が消滅する期間)も待たないために『器』の願いを叶えてやるのです。いじめを苦に自殺(未遂)した場合はリベンジが。プレッシャーが原因なら下克上が。失恋が原因ならば強引に手に入れるのが良いでしょう。愛する人が殺されたのならば犯人にも死を届けるのがベストです。このようにして『器』の望みを叶えてやると身体が「しっくり」くるそうです。多くの快楽殺人者は類犯を重ねると言われています。禍族においてもまたしかりで、最初の『器』の望みを悪しき方法で叶えると、禍族は類犯を重ねます。
禍族が類犯を重ねるのは≪闇≫を増やすためです。≪闇≫を増やせば同朋が多く訪れることができ、より快適な世界にすることができます。≪闇≫が禍族を呼び、禍族が≪闇≫を起こす。その無限連鎖が世界の≪闇≫を深めていくのです。
● 禍族の死
『器』と<融合>した禍族は人間の中に潜んで生活します。人間はとても脆い生き物ですが、禍族はどうなのでしょうか。
禍族はヒトと<融合>した場合、『器』はどんどん老いていきます。『器』の老いを止めるには妖術<不老>を用いるしかありません。『器』が老衰によって死んだ場合、禍族はその『器』から分離し、精神体の状態に戻ります。『器』が老衰以外の方法で死んだ場合(デスチャートの結果等)は『器』に加わったショックで禍族自体も死んでしまいます。ちなみに、禍族はデスチャート・術力の結果により能力値が0以下になってしまっても戦闘不能に陥ることがありません。禍族が戦闘不能になるのはデスチャートの結果「気絶」となったとき・「点撃」技能を組み込んだ気絶攻撃を受けたとき・術力の2次効果で戦闘不能になったときだけです。
精神体の状態の禍族を殺すには術力の2次効果を適用させるしかありません。地術<地獄門>、霊術<滅魔光>、聖術<滅魔><封魔符>は精神体の状態であろうとも死を与えることができます(<封魔符>だけは封印してから焼き払う必要がありますが)。
余談ですが、禍族か否かを判断することは非常に困難です。<融合>してから7週間は『器』の魂がつきまとうと記しましたが、悪霊に取り憑かれているのと見分けがつきません。妖術を使ったら確実に禍族だと分かりますが、その他の術力だけを使えば術者なのか禍族なのかは判断できないのです。対象に真偽を確かめる術力である光術<浄玻璃>や神に質問する聖術<天啓>、虚術<虚言>で誘導尋問したり、質問しながらの霊術<心眼>真術<浄眼>でも分かりますが、いずれも対象に直接接触したり質問をしたりしなければなりません。術者は外見からでは禍族かヒトかは判別できないのです。禍族同士は「なんとなく」分かるそうですが。
禍族は自主的に『器』から出ることはできません。できれば『器』がとどめを刺される直前に精神体になって難を逃れることもできるのでしょうが、そう上手くはいきません。禍族の魂を『器』から引き剥がすためには水術<黄泉>か妖術<冥行>または真術<核現>を用いなければなりません。<黄泉>と<冥行>は人間に対しても使える術力で、ただ身体から魂を引き離すだけの効果しかありません。結果として浮遊霊が生じます。禍族であれば精神体の状況でもある程度の活動はできますが、人間であったなら「ゆかり」のある場所を漂うしかできず、いずれ意識と記憶を失って消えて逝きます。<核現>は究極のコンディション直しで、人間にかけても怪我・病気・持続中の術力がすべて消えるくらいですみますが、禍族は<融合>も解除されてしまうので『器』に居座ることができません(つまりとても高コストな禍族チェックでもあるのです)。霊術<中和><浄化>、虚術<削術>等の持続術力を解除する術力では、禍族の魂と『器』をひとつのものにし終わった<融合>は解除できません。
禍族の死も含めて、禍族が『器』から離れたら『器』は「本来の時間」に戻ります。つまり、『器』は<融合>した時点で自分の肉体から追い出される=死んでいると言えます。禍族は『器』の死体と結合し、維持・管理をしながら有効利用していたに過ぎず、本質的には『器』とは死体なのです。『器』を管理していた禍族が死に、<融合>が解除されてしまうと、『器』は仮初めの時の流れを外れます。<融合>が解除されるとそこには<融合>が行われた時に死んだ肉体が残ることになります。<融合>が3ヶ月前ならば死後3ヶ月ほどが経過した死体に、10年前なら死後10年ほど経過した死体に『器』は変貌をとげます。場合によっては年月が経ちすぎて何も残らないかもしれません。また、この現象は前述の術力によって禍族が『器』から引き剥がされたときにも発生します。
少々長くなってしまいましたのでまとめますと、
1、禍族は能力値が0以下になっても戦闘不能にならない
2、禍族はデスチャートで殺せるが、精神体のときは2次効果に限る
3、禍族は禍族と人間の見分けがつく
4、『器』は禍族が離れると<融合>時に死んだ死体となる
となります。禍族は世界に≪闇≫を蒔く存在です。そして人間の感情をもてあそび、人間を喰らう存在です。もしも心に≪闇≫が渦巻いていれば禍族はきっと見つけ出すでしょう。そして殺さぬように、生かさぬように、じわじわと心を蝕んでいき、最期には命をも・・・。そうならないようにするには常に心から≪闇≫を祓う必要があります。しかし、その行いのなんと難しいことか。永きに渡る人間の歴史の中で≪闇≫の全くない時間はあったでしょうか。答えは否。人間が人間である限り彼らは常に傍にあるのです。
第八章番外 「汝、闇を識れ」
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―― 2分18秒後 ――
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