お遍路紀行第三部
歩き始めると、正しい道かどうかが気になり始める。
「今度は間違えないぞー!」
お遍路の札を気にしながら歩く。しばらくすると大自然に囲まれている自分に気づき喜びを感じ始めた。
「こんな自由な時間もいいもんだ!」
さっきまでオロオロしていたのが嘘のようだ。でも、まだ12キロぐらいの山道を歩かねばならない。人も一人も歩いていない。先はまだまだあるけどユックリした自分だけの時間を大事にしながら歩く事にしよう。
歩きながら、日本人と仏教のことを考える。手を合わせるという動作は、基本的に仏教から来てるものに違いない。子供の頃からご飯をいただく時とか、ご馳走様など手を合わせる。また、ごめんなさいとかお願いするときも手を合わせる。こんな事はアジア以外の地域では全く見られないことだ。そういう意味でも日本人と仏教は意識しないうちに、浸透しているものなのだ。四国でのお遍路さんに対する見方も、宗教的に意識しないうちに出来てきたものなのだろう。こんな事を考えるのも自転車旅行には無い新しさを感じさせる。
時間がどんどん過ぎていく。峠を越えると舗装路に出た。民家もあるけど、人が全然いね−なー!
しばらく歩くと、向こうから何人か地元の家族らしき人たちが歩いてきた。
「お遍路さんは、植村旅館に泊まるんですか?あなたの足なら30分でつきますよ。」
「どうもありがとうございます。」
聞かなくても、向こうからどんどん話し掛けてくる。不思議だなー。
何とか日の沈む前に旅館に着く。今日も大変だったけど自分を見つめ直すにはとてもよかった。旅館の人もとても優しくて、夕飯もおせち料理だ!わーい!!
足の調子は、朝治ってきていたのに、山道30キロ以上歩く羽目になった為か、さらにヒドクなってしまった。今度は足に豆が出来て潰れてしまう。でも明日は、25キロぐらい歩く予定だが下りの道しかない。なんとかなるだろう。
気持ちは気楽に、意志は前向きに行こう!!
お坊様!と呼ばれた日
1月3日
朝になり、大日寺に向かう。距離は20キロほどだ。足は痛いながらも歩き始めた。
「さみーなー!」
寒さの中、歩いていると足の豆が痛い。だんだん速度が落ちてきた。最高速度4キロほどしか出ない。でも今日で第十三番札所から第十七番札所の井戸寺まで行くつもりだ。つまり歩くのは最終日。最終日をかみ締めていくぜ!!
途中小学生の集団が歩いている。
「おはようございます!!」
元気に挨拶され、嬉しくなった。ここの小学生は、挨拶するように大人から教わっているのかなー?
さらに歩いていると、どんどん歩くのが遅くなってきた。今までで一番痛くて辛い。頑張れ!あと少し。自分を励ましながらの道中となった。
突然反対側を走っていた車が止まり、20歳ぐらいの女の子が俺に向かって走ってきた。手には、あったかい缶の紅茶と百円玉を握り締めている。俺の目の前で止まり、突然話し掛けてきた。
「お坊様!!ご接待させてください!!」
缶紅茶の上に百円玉も載っている。なんだか分からず受け取ると、彼女は俺に向かって手を合わせる。
「俺はどうすりゃーいいんだ!!」心の中はあせりまくりどうしていいか全くわからない。取り敢えず、俺も彼女に向かって手を合わせるしかなかった。
「ありがとうございます。」
紅茶の缶の温かさがとても嬉しかったけど、振り向くとまだ俺に向かって手を合わせていた。
何だ?どうなっているのだ!俺はお坊様なのか?人生で一度も言われたことの無いことに、頭の中が混乱してしまった。取り敢えず彼女の幸せを祈る事にしたが、お経もわからないのにいいのかな?俺の21世紀は、お坊様と呼ばれる事から始まるのか!?堂々と歩くしかなよな!こんなんで良いのかなー?
俺は彼女に気を使いながらユックリと去っていくのだった。この百円玉はどうするんだ??
その後、お遍路は足の痛みに耐えながら、目的どおり第十三番札所から第十七番札所の井戸寺まで歩いた。途中あまりの寒さにくじけそうになるが、何しろ俺はお坊様なのだ!こんな事で負けるわけには行かない。
このあと会う人たちは、車で周っている人ばかりで余りインパクトのある人には会わなかった。むしろ彼らにとっては俺のほうがインパクトがある人だったかも・・・。
「街中は、ただのノルマをこなすだけになるかも」
ちょっと拍子抜けだが、今までどおり町の人たちは、とても優しかった。何かと声を掛けてくれる人も多く、四国の人たちのお遍路に対する真面目さを感じさせた。
とうとう無事に歩きとおす事が出来た。
「やったぜー!ひとまず完了だー!」
しかし、このどうしていいのか全く訳のわからない体験は、四国と自分を考えさせる事になった。原始からの旅の基本である歩く事を通して、21世紀をスタートしようと思って始めたこの旅は、俺を「お坊様」にしてしまったのだ。こういった非日常的な体験は、また俺を旅に駆り立てるのだろう。それにしても変な正月であった。
おわり
<エピローグ>
かなり迷ってしまったので、全歩行距離は100キロを越えてしまった。自転車と違い、徒歩には違った辛さと楽しさがあることを発見できて、とても面白かった。お遍路さんについては、実際歩いた人はほとんどいないと思う。でも、もし挑戦したいと思う人いたなら、お寺の宿坊については泊まれないと思ったほうが良いと思う。宿坊はバスの団体客専用に近い位置付けらしい。お遍路専用の宿の方が理解もあるし、宿主さんとの会話も面白いのでその方が良さそう。今回の俺の体験ぐらいなら、白装束着ていたら楽に出来そう。ただ、暖かいときはかなり込むとの事。
それにしても日本の宗教的な考え方は、面白いと思う。日本独自の宗教としての神道も、八百万(ヤオロズ)の神が存在するという事で、海にも山にも川にも何でも神様がいると言われている。と言いながらも、クリスマスを楽しんで、正月はお寺で鐘をつき、そのあと神社にお参りに行く。結婚式は教会でして、お願い事は手を合わせたりする。不思議な宗教観だよなー。そして四国では、怪しい俺みたいな人でも、杖を持っているだけで拝まれてしまうのだ。それにしても、俺がお坊様とは恐れ入った。
どちらにせよ、旅を通しての体験は何事にもかえ難い。またの挑戦を期待してくれ!!また、こんな事してみればというのがあったら、アドバイスください!