負けねーぞ!四国快走記!

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第一部


☆いざ出発!


平成12年4月30日



独身になって初めての旅行。出発前は憂鬱が付きまとっていた。準備しているときも、行っている間も、帰ってきてからも一人で連絡する相手もいない。さらに勢いあまって、保険も全部解約していた。もし事故にあった場合、保険でお金も出ない。その他仕事のことも含め、マイナスな感情が支配していた。


購入してあった神戸行きの高速バスのチケットだけが、行くことを強制していた。なぜ神戸かはというと、なんとなく淡路島から四国にいけるような漠然とした理由。まだ四国に行ったことが無かったので日本地図をしばらく眺めていて決めた。つまり、具体的には行きの高速バス以外何も決まっていなかった。ただこの旅行を通して、新しい自分を発見したかったのだ。



夜10時50分東京駅発のチケットを握り締め自転車をと荷物を担いで駅に向かう。今まで3年間続けていた走り込みもここ半年していない。体力的な不安もあり、足取りは重かった。駅でメトロカードを取り出し、乗車。

メトロカードには、3月付けの利用した移動記録がプリントされており、前期の営業部時代を思い出し、少し気持ちが感傷にふけって重くなった。


「何とか気持ちを盛り上げよう。」



この旅の意味を考える。頭の中で「センチメンタルジャーニー」と言う題名が浮かんできた。

「そうだそうしよう。」

当時伊代はまだ16だったのだ。確か伊代は、同い年。それから18年も生きてきた。伊代はもう子持ちなのだ。


「ジジーになったなー」


と思いながら、頭の中でセンチメンタルジャーニーを歌い始めていた。

さらに四国のことを考えた。土佐の坂本龍馬。そう私は、高校時代から彼を手本に生きようと思っていた。彼は、33歳で生涯を閉じた。俺は、34歳の年上だ。高校時代33までには、何かでっかいことやりたいと思っていたけど、龍馬のことは、ここ3,4年忘れていた。「取り敢えず土佐には行こう。」とは考えた。

東京駅に着き、八重洲口のサンディーヌで日記を書き始めた。「帰ったらこれを元にメールを皆に送ってやろう。すげー重い写真をのせて。」頭の中では、センチメンタルジャーニーが流れ、気持ちもなんとなく盛り上がってきた。「よし行こう!!」


自転車をトランクに預けバスに乗り込んだ。朝起きれば、神戸だ。バスが走り出し眠りについた。

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☆やさしい人たちとの出会い

5月1日

神戸に着いた。Oさんより携帯にメールが入っていた。「高知でカツオのタタキを食え」。高知はすぐ着かねーと思いながら、明石海峡大橋に向かって走り出す。
15キロぐらいなのですぐ着く。朝方雨という予報の予想に反して晴天の中快走した。この道は、2年前京都から広島に行ったときの行程と同じ。「あの時と今はずいぶん変ったなー。」すぐに明石海峡大橋に到着したが淡路島に渡る場所無い。

「あれー」。

近くの女性に渡り方聞くと、フェリーで渡るらしい。橋を渡るよりかえってよいかも知れない。フェリー乗り場まで5キロも無いのですぐ移動。おととし写真とった空き地にマックが建っていたりして、なんか時の流れを感じながら走った。フェリーは自転車込みで710円で15分ほどで渡れる。順調にフェリーに乗り込んだ。船の速度はめちゃくちゃ速く、立っていても風に負けそう。近くにいた釣り人が話し掛けてきた。

「兄ちゃんどこ行くの?」

「四国に行きます。自転車で鳴門門橋渡れますか?」

「確か渡れる、渡れる。大丈夫。」

しばし世間話して、淡路島の周り方を聞いた。写真とってくれたり、いろいろ親切に教えてくれた。御礼を言って、対岸で別れる。

今淡路島では、花万博やっているらしい。東海岸沿いに走ることにした。走りやすいし、スミレだと思うけどいろんな色で両道沿いに植えられている。匂いがぷんぷんしている花道を疾走。快適だったけど急に腹へって来た。

明石と言えば、タコ。地域柄うどんも一緒に食べたかった。時間早いせいか、全然店やっていない。

「腹減ったよー。」

一軒大きなドライブイン発見、中に入る。ありましたタコ飯とうどん!

「うめー!」


気を取り直し鳴門門橋に向かう。さっきの釣り人の話なら県道がそのまま四国に繋がっているはず。つながって、ツナガッテ・・。あれーー、駐車場。道を間違ったと思い駐車場にある売店で渡り方聞く。


「車じゃなきゃ渡れねーよ。」


「・・・・」


「漁船にでも乗せてもらえばー」

「・・・・・・・・・・・」

「なにー!どうしょう渡れない。」


ここまで来てフェリーも明石からなら出ているらしい。いまさら元に戻れるか!釣り人信じた私がいけなかった。全然調べてなかった。

ピーンチ!

あまりのショックから立ち直るために、ゆずアイスクリームを食べた。一人で一個食うのは何年ぶりだろう。


鳴門海峡といえば渦潮。橋の袂で豪快に渦潮ができていた。大きいときには20mにも達するそうだ、写真をとり一服した。「いい天気だなー」淡路島牛乳もうまく結構落ち着いていた。タバコも2本3本と・・・。


そーじゃねーだろ!渡るんだよ!

なんか忘れていた自分が可笑しくなり、笑いながら考えた。


インターでヒッチハイクすりゃーいいんだ!簡単じゃねーか。近くのインターに向かう。トラックなら乗せてくれるだろう。すぐにインターの料金所に移動。


インターの前でヒッチハイク開始。全然車来ない。しかも時節柄乗用車ばかり。たまに来てトラックが通り、手を振ると無視される。


ヒッチハイク久しぶりだなー、と回想していた。


学生時代オーストラリアで何回かヒッチハイクしながら移動したことを思い出していた。


あの時22歳で今34歳。34でヒッチハイクしてんなよー、と思った。


約30分経過した頃、一台の商用のワンボックスが走ってきた。止まった。


反対方向だったらどうするんだ、と思いながら、事情を説明。


「のしちゃる」。うれしー!うれしすぎるー!


運転手は、徳島で内装屋経営していて配達したあとだといっていた。荷室は空でそのまま自転車乗せられた。山口さんといって学生時代東京に住んでいて、今でもバイクでよく旅するそうだ。とてもやさしい。


「学生さん?」


34とは言えなかったので


「はい」と答えておいた。


渡った後も地図を一緒に見てくれてお勧めコースを紹介してくれた。


「困ったときは、名刺をあげるきに、電話してくれ!」。


涙が出そうだった。親切にしてくれてありがとう。学生じゃないのに・・・。
心の広い山口さんと頭の中で勝手に名ずけていた。

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