
1896(明治29)年5月4日
静岡県駿東郡楊原村我入道に生まれる。
父常蔵(後に常晴と改名)母はる(旧姓有馬)。本名は「みつじろう」と読んだが、作家になった最初の著者紹介で「こうじろう」と書かれてしまう。戸籍にもフリガナがなく、2回目の渡仏でパスポートを申請する際、読み易さから「こうじろう」で申請し、以来公私ともに「こうじろう」になった。
4歳にして、父母が光治良以外の子供を連れて無所有の伝導生活に入ったため、叔父夫婦と祖父母に育てられる。 楊原小学校、沼津中学校と卒業し、学費稼ぎのための小学校の代用教員を経て、第一高等学校文丁(仏法科)に進学。高校では寮に入る。卒業後、東京帝国大学経済学部入学。麻布の石丸家に下宿する。 |