玉川上水のたたずまいは、今も焼きついています。音楽がよい結果だったとき、行き詰ったとき、ひとりになりたいときなど、よく玉川上水沿いの小道を歩きました。玉川上水の静かでやわらかく、美しい自然の流れは音楽や人生を考えるとき、そのヒントを教えてくれたような気がします。まさに、スピリットソングの原点なのです。

この曲は学生時代に弾いた曲の中でも最も想い出深い曲です。4年間の学生生活に別れを告げ、故郷である関西に戻るとき、最後に下宿にあった自分のピアノで弾いた曲です。


故郷に帰る引越しのトラックが、そのピアノを私の部屋(2階)からクレーンで降ろして、家財道具と共に走り去ると、部屋には4年前のがらんどうの空間が残りました。ひとり残った私は畳に寝転ぶと、空は雲一つない晴天。4年間の想い出がこの「サラバンド」をBGMに、体全体を駆け巡り、胸が締め付けられ、やがて涙が出て、とまらなくなりました。そして私はそのまま出発までの2時間もの間、起きあがることができませんでした。あまりにもせつなく、楽しく、幸せだった4年間の想い出。いろんなことがあったなあ・・・部屋の周りの武蔵野の面影が残る雑木林、その木々をやさしくゆすり、部屋に入り込む3月のどことなくやわらいだ春の風、それらすべてとの永遠の別れが私をこんなにも感傷的な気持ちにさせたのでしょうか?それはいままでにも1度もない経験でした。第2のふるさと、東京での青春時代は本当に幸せでした。

あれから十数年経った今でもこの曲を聞くと胸が締め付けられ、体がしびれ、目が潤み、あの時のことが色濃く鮮やかによみがえってきます。この曲は遊びで弾いていましたが、今では私の心を揺さぶる大切な一曲となりました。

ドビュッシー作曲「ピアノのために」よりサラバンド

スピリットソングの原点、東京・玉川上水