書き下ろし作品「碧玉の女帝」創作ノート1

1999年4月〜

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4/01
本日からこのノートをスタートする。
「碧玉の女帝」推古天皇と厩戸皇子の物語。
この作品はずっと以前から書きたいと思っていた。日本の歴史の中で最も知的であり、思想家とよべるのは聖徳太子しかいなと思っていた。
その理由は単なる政治的な権力者ということではなく、宗教的なパワーをもった人物であり、思想的にも魅力的なキャラクターをもった人物は、小説としてイメージ化したいというのは、書き手としては自然な願望だろうと思う。
横光利一が卑弥呼を描きたいと思ったのと同じ理由で、いまわたしは聖徳太子と推古天皇を描きたいと思う。 これは歴史小説というよりも青春小説として描きたいと思う。
前作『炎の女帝』の構成が終了したあと、『碧玉の女帝』についていろいろと考えてきた。この作品はこれまでの作品と違って、かなりオカルト的なものになるだろうと思う。
主人公は厩戸皇子。語り手として推古天皇を設定している。この推古天皇は語り手であると同時に、この作品の中で最大級のキャラクターであり、作品のストーリーの根底をなす。そのことに関して、書き手の側からの素朴な疑問はある。こういうスーパーヒーローを主人公に据えていいものかという疑問だ。
これは作品を書き続けていくにつけて、次第に検討し深めていきたいテーマだ。 さて、まだ資料を読み込んでいる段階で、ストーリーは明確にはできていないのだが、主人公の厩戸皇子が生まれてくる背景は描かなければならないと思っている。厩戸皇子と密接な関わりのある蘇我馬子について、どのようあーにイメージを広げていくか。
ここは重要なところだ。キャラクターがある程度できていても、どのように人物が出会い関わっていくとかによってストーリーは大きく変わってくる。 今回はこの創作ノートとして講談社の「ぬれおちばシリーズ」のエッセーを仕上げなければならない。中年男性を対象とした愚痴めいたエッセーのシリーズだ。これを書いている間に資料を読み込んでイメージを仕上げないといけない。何とかいい感じでスタートさせたい。

4/11
中年エッセーは半分近くまで来ているが、月末までかかるだろう。
「碧玉の女帝」に関しては、まだはっきりとしたイメージはわかない。
ファーストシーンをどこから始めるかが当面の課題だが、継体天皇が越から畿内に入るあたりがスタート地点になるか。そうすると武烈天皇の暴虐を描かないといけない。暗いスタートになりそうだ。
武烈天皇から始めると、その三代あとが継体天皇で、次が欽明、次が敏達、その次にやっと厩戸の父の用明天皇ということになる。もっと単純に、推古天皇の誕生から描くか。あるいは推古はもう育っていて、厩戸が生まれるところから始めるというのもひとつの方法だ。
しかしふつうのリアリアズム小説ではないので、武烈天皇の神話的な物語から始めるのが、全体のスケールを広げることにもなる。テンポのよい文体で神話的世界を一気に書ききって、厩戸の誕生まで進みたい。
大学が始まるのは20日過ぎだから、まだ時間はある。中年シリーズのスピードを上げて、とりあえずエッセーを完成させた方がいいだろう。

4/24
まだ中年エッセーを書いている。大学が開講し、第一回目の授業を終える。
今年は第一文学部が、1年生の基礎演習、3・4年生の創作指導、第二文学部が2〜4年生の小説創作の演習、それに一般教養(いまは広域科目と呼ばれている)の小説論。
このうち創作指導というのは今年からスタートする個人指導の時間で、どうなるかわからないが、講義をする必要はないので準備は要らない。他の3科目は前年と同じなのでこれも準備は要らない。
その他にリレー形式の講座を一つ担当しているけれども、これも前年と同じ。というわけで、準備すべきことはない。
学生が作品を出した時だけ、添削指導に時間をとられることになるが、あとは授業に自分の体を運ぶだけでいい。
とはいえ実際に大学まで往復すると時間をとられる。中年エッセーを連休中に仕上げて早く『碧玉の女帝』に取りかかりたい。
頭の中ではかなりイメージが出来ているが、実際に書き始めてみないと役に立つイメージかどうかはわからない。
とりあえずワープロの中に出だしの一行目だけ書いてある。これがそのまま使えれば、たぶんこの作品はうまくいくだろうと思う。
秋に光文社のエッセーを書くことにしたので、今年のスケジュールが完全に埋まってしまった。
ということは、小説は『碧玉の女帝』で終わりということになる。もっと小説を書きたいのだが、読者の反響がもう少しほしいところだ。


5/08
ようやく講談社のエッセー『中年男が妻に嫌われない法』完成。このエッセーは一ヶ月で書く予定だったが、思わぬ事故があったりして、一ヶ月半かかった。
しかしこの間、『碧玉の女帝』のための資料は読み込んだので、準備は整った。すぐに執筆をスタートできる。ただしまだ構想は煮詰まっていない。
この作品のコンセプトは推古天皇という類い希な「神宿る女」を描くことと、その神秘的な女性に対して、同じく超能力をもった人物、厩戸皇子が対立すると同時に、超越的な恋愛関係になるという物語を展開することにある。
と言葉に書けば簡単だが、実際にどういうふうに書いていくかは、まだ何も考えていない。
厩戸皇子はただ神秘的な人物というだけではなく、レベルの高い思想家でなければならない。仏典を読んで、釈迦という人物の存在を人間としてとらえている。
ひとりの人間が、これだけの哲学を確立したということに、厩戸は驚き、怖れている。周囲の人間たちは、仏教を、神道に代わる神秘的な宗教としてしかとらえていない。従って仏像を偶像崇拝するだけだが、厩戸のみは、釈迦の教えは宗教ではなく思想であることを知っている。
従って、釈迦は神ではなく、神宿る人物でもなく、一個の人間であると認識している。その認識がこの小説の核となる。
厩戸自身、超能力をもった神宿る人物であり、目の前に推古天皇という、もっと神秘的な女性がいる。そのことと釈迦を一個の人間と認識することとの間に分裂が生じ、そこからドラマが生まれる。
本当にこんなテーマで小説が書けるのかわからないが、哲学小説であると同時にファンタジーであるようなものを書きたい。
『炎の女帝』はリアリズムで書いたので、哲学性も神秘性もない。『天翔ける女帝』は道鏡の菩薩行を描いたのでやや神秘的で哲学的なところがあるが、今回の作品は思想的レベルでは最大の作品にならないといけないし、自分の作品ではキリストを描いた『地に火を放つ者』よりもさらに大きな作品になるはずだ。
プランとしては、厩戸と釈迦が対面して議論するシーンだけでなく、イエス・キリストも登場させたいと思っている。むろんリアリズムでは書けない作品だ。しかしただのファンタジーでは迫力がない。どうやって書くかは、書きながら考えるしかない。
という程度の構想でスタートするわけだが、いつも小説を書き始める時は、この程度のことしか考えていない。書いているうちに先が見えてくるのが書くことの喜びでもある。
ただ最初と最後は考えておかなければならないが、今回は主人公の幅よりも少し時間的な余裕をとりたい。
厩戸の生涯は短く、推古天皇は先に生まれ、後に死ぬ。しかし小説の時間はそれより広く、推古の生まれる前から始まり、推古の死後まで続いていく。
スタートは武烈天皇の暴虐と継体天皇が北国から大和に到来するところ。その継体の息子が舒明天皇で、その子供が敏達、用明、崇峻、推古ということになる。厩戸はその用明の子供だから、さらに後の世代になる。
これだけの時間の流れを一気に描いてから、厩戸の誕生となる。エンディングは厩戸の子、山背大兄皇子の死の場面になるだろう。ここまで来ると、『炎の女帝』のオープニングにつながる。その『炎の女帝』の最後は、『天翔ける女帝』のヒロイン、孝謙女帝阿倍媛の誕生になっている。
というふうに、女帝三部作はすべてつながっているし、『天翔ける女帝』のラストの直前には、『平安の覇王』桓武天皇をチラッと出しているので、さらに次の作品につながっていく。ということは、『碧玉の女帝』の前史の橋渡しとなる部分を伏線として残しておかなければならない。おそらく継体天皇の物語になるはずで、そのためにも、武烈天皇の暴虐と継体天皇の登場はしっかりと描いておきたい。
ということで、「狂える王がいた」という第一行を書いた。あとは空白。とにかく作品をスタートさせたいのだが、大学の仕事があるので、この半月くらいはアイドリング状態になるだろう。

5/17
執筆をスタートして一週間になる。いろいろと試行錯誤があった。「狂える王がいた」というオープニング・フレーズは結局、採用しないことにした。これでは状況設定がアラスジだけになってしまうおそれがある。
この作品のヒロインは推古天皇だが、ヒロインを登場させる前に大和飛鳥の前史を書いておかなければならない。推古天皇の父、欽明天皇、その父の継体天皇から前史を説き起こさなければならないが、継体天皇の出自は越前の地方領主にすぎない。この地方領主が大和に進出して天皇になるというのは異常な事態であって、その異常な事態を『日本書紀』は、最後の王、武烈天皇の暴虐に置いている。
「狂える王」とは武烈天皇のことだが、そこから推古天皇までをどう語っていくかが当面の課題である。司馬遼太郎の文体なら『日本書紀』を引用してしまえば済むことだが、作品の中に作者や語り手を登場させたくないので、引用はできない。アラスジとして語ると、イメージのうすい歴史的事実が長く羅列されることになるので、長い小説のオープニングとしては退屈すぎる。
そこで、イメージがあり、緊張した台詞のやりとりも書く、というスタイルにすると、このオープニングだけで1章40枚程度必要だということになる。
そこで「狂える王」というフレーズから始めることは避け、武烈天皇が罪なき民を木の上に追い立てて矢で射殺すシーンから始めることにした。『日本書紀』には女たちを裸にして馬の交接を見せ、発情した者を殺し、発情しなかったものを犯す、といったイメージ豊かなシーンもあるのだが、これでは刺激が強すぎる。
というようなことで、孤独な王の姿から話を始めることにした。 先月の末日に事故に遭ってサコツを骨折した。手首から先は使えるのでワープロを両手で打つことに支障はないが、長時間の作業はできないので、ピッチが上がらない。しかしいまピッチが上がらないのはサコツのせいではなく、試行錯誤がまだ続いているからだ。
継体天皇の即位から欽明天皇に時代が移り、ヒロインが生まれる。そのあたりで仏教伝来がある。厩戸皇子が生まれるのはその後、そこまで行かないと物語が流れ出さない。100枚くらいは前史を語ることになるかもしれない。
それで500枚以内にすべてが収まるか心配だが、この作品は自分のライフワークだと考えているので、長さにワクは設定したくない。
いちおう女帝三部作と考えているけれども、この作品は独立したものと考えたい。引き続き、桓武天皇か、あるいは長屋王なんかを書きたいと考えているので、三部作にこだわる必要はない。歴史は果てもなく続いているわけだから、すべてが大きな流れの中にある。
ただし推古天皇と厩戸皇子は、神と仏の対立という、いままでどんな作家もちゃんと書いてはいないテーマがあるので、ただのエンターテインメントにならないように、思想的な深さをきっちりと押さえないといけない。
サコツ骨折というのは言い訳になるので、全体のスケジュールを少し遅れ気味にする。この作品に関しては完成期日を設定しないことにしたい。

  5/22
第一章完了。スタートしてから2週間かかったが、まだ手探りの状態。武烈天皇の暴虐から継体天皇の即位までが語られる。ここで重要なのは手白香皇女という神がかりの女性を登場させておくこと。
この章は一種のジオメトリーの提示となる。現代を舞台として作品と違って、状況設定が必要だ。とくに神についての情報が必要だ。
とはいえ神とは何なのか本当のところはわからない。とりあえず天津神の代表、天照大御神と、国津神の代表、大物主神を紹介しておく。前者は伊勢にあり、斎王や皇女に宿る。後者は飛鳥の三輪山にあって天皇に宿る。
では女帝に宿るのは何ものか。そこのところがややこしい。結局、神とは何なのかは最後までわからない。わかりすぎても面白くないから、わからないままでいい。
さて、継体天皇の即位までで第一章が終わってしまった。この後、継体天皇の死と、引き続く皇位争いの内乱、欽明天皇の即位と話が続いていくわけだが、主人公の出ないまま話を進めても読者の乗りがよくないと思われるので、第二章はいきなり欽明朝十三年の仏教伝来から話を始める。
その直後にヒロインの推古天皇炊屋媛の誕生。ヒロインのライバル泥部媛との対決、というふうに展開していく。そこから少し話を戻して、そこに至るまでの展開を書き留めることにする。
中心になるのは蘇我稲目で、蘇我氏が台頭していくプロセスを明確に示さなければならない。
あとは息長真手王とか、蘇我のライバル物部一族とかは当然、出てくる。ヒーローの厩戸皇子が出てくるのはもっと後か。ヒーローが第三章まで出てこないというのもちょっと困るのだが。
サコツはまだつながっていない。ここに「サコツ」と書いているので「座骨」と間違えて心配している人がいるけれども、神経痛ではない。折れたのは「鎖骨」。要するに左肩の骨である。
左肩が上がらない。利き腕ではないので不便はないが、寝返りをうてないので睡眠が浅く、寝るのが苦痛だ。
手首から先は動くのでワープロは両手で打てる。ただしすぐに疲れるし、骨が痛んでくる。膝に抱くラップトップは負担が少なく、仕事に影響はないのだが、インターネットに使用しているデスクトップのキーボードを打つと疲れる。いまこの文章を打っているのがそれだから、本日はこのあたりでストップする。

5/31
第2章完了。順調なペースで進行している。2章の終わりでようやく推古天皇が生まれた。炊屋媛。生まれただけだからまだどういう展開になるかわからない。
とりあえず祖父となる蘇我稲目、祖母にあたる阿耶媛(創作上の人物)を少し描いた。物語の舞台からはすぐに消えてしまう人物たちだから、あんまり綿密に描くわけにもいかないが、なぜ蘇我氏から人材が出てくるかはちゃんと描かないといけない。
父欽明天皇はまずまず凡庸な人物だが、母堅塩媛はこれから描かないといけない。泥部媛とのライバル関係が次の章の中心テーマになる。それと、若き日の蘇我馬子を颯爽と描かないといけない。
鎖骨はまだつながっていない。軽くかすっている程度。まだ重いものは持てないし、左腕を上げることができないので、Tシャツが着られない。
ワープロもラップトップはいいのだが、いま打っているデスクトップはすぐに疲れる。本日もここまで。


6/24
1・2章のチェック、ようやく終わる。120枚のチェックに3週間かかった。
時間がかかった理由は、作業が困難だったからだ。
これまでの作品、例えば『炎の女帝』の場合、持統天皇の生涯を描いたわけだが、冒頭には天智天皇が登場する。
その前史として聖徳太子の子息の山背大兄の虐殺がある。そこに至る前史として、推古天皇、蘇我馬子、聖徳太子の物語があるわけだが、これらの登場人物は歴史的人物として、とくに説明しなくても、読者は名前くらいは知っているという前提で語った。
さて今回の『碧玉の女帝』にも前史があるが、そこに登場する推古天皇の父、欽明天皇。その父の継体天皇、そして蘇我馬子の父の蘇我稲目らの名前を読者が知っているかというと、これは難しい。
前史を語るためには人物の説明から始めなければならず、そうなると継体天皇に先立つ武烈天皇の暴虐についても語らねばならない。
しかもある程度、イメージとして描くためには、それなりのビジュアルな描写が必要だ。しかし詳しく書けばそれだけで本一冊ぶんになってしまう。コンパクトに、しかも細部を描かなければならない。
この相対立する要求を実現するためには、細心の注意を払って何度も読み返し、書き換えていく作業が必要だ。というわけで、時間がかかった。
鎖骨骨折のために長時間ワープロを打てないということもあるが、チェックはプリントしたものを読んで赤字を入れる作業だから、骨折とは無関係。とはいえ、いろいろと影響はあった。
ここまでで120枚だが、ようやく推古天皇炊屋媛が生まれたところだ。これで全体が500枚に収まるかという心配はあるが、とにかく先へ進むしかない。
『炎の女帝・推古天皇』ようやく発売。まあ、3冊揃わないと、作者の本当の意図は読者に伝わらないだろう。一刻も早く3冊目を完成させたいが、この3冊目は明らかに最も困難な作業なので時間をかけたい。


7/14
書き下ろしエッセーの校正が終了した。ここまで、入稿前のチェックや校正を、『碧玉の女帝』執筆と並行して行ってきたので、ふだんより原稿のピッチが上がらなかった。
実はこれから先も、並行してやらなければならない作業がある。仮題『宇宙と時間の謎を解く』という書き下ろしエッセーを夏休みに書く約束をしている。
現在『碧玉の女帝』の方は、3章の終わりのあたりまで来ている。この章を完成させてから、書き下ろしエッセーをスタートさせ、並行して作業を進めていくことになる。
大学が休みになったので、仕事に集中できるはずだ。


8/30
長らくこのノートを書かなかった。仕事をサボッていたわけではない。『碧玉の女帝』は4章の冒頭部を書いたところでタイムリミットが来たため中断。夏休みの宿題の『アインシュタイン論』に取り組んだ。
7月末からスタートしてほぼ一ヶ月で完成した。まだプリントチェックの部分を入力する作業が残っているが、草稿は完了しているし大きな問題はないので手は離れたと見ていい。
9月の頭から予定どおり『碧玉の女帝』に集中できる。次の仕事としては団塊の世代論を考えているが、こちらはいまのところリミットを設けていない。どんなことがあっても『碧玉の女帝』の方を先に完成させる。
この一ヶ月間は、アインシュタインのことばかり考えていた。正確に言うと、アインシュタインに至る物理学の歴史と存在論について考えていたので、パスカルやキャベンディッシュについても言及した。面白い本になっていると思う。
存在論というのは一度は書いておきたかったテーマなので、いい仕事ができたと思っている。
小説を書く合間にエッセーを書くのは、気分転換という意味合いもあるし、次の作品に取りかかる前の資料調べの片手間に書くということもある。
しかし今回のように締切が設定してあると、小説を中断して取り組まないといけない。作品の流れが中断されるということはあるが、200枚まで書いた作品を少し距離を置いて読み返せるという点で、この中断もムダにはならないと思う。
ものすごく正直に言うと、小説だけでは経済的に苦しいということがある。3カ月かけて本1冊出すだけでは、50歳の人間の収入としては苦しい。エッセーだと1月で1冊書けるので、たまにはエッセーを挟まないと経済が成り立たない。
これも正直に言えば、いまは大学の先生をしているので、実は生活が苦しいわけではないのだが、大学の先生が余技で本を出しているという感じにはしたくない。筆1本である程度の収入を確保するという生活の基盤を確立しなければならない。
というわけで、とにかく宿題は果たした。これまでの200枚をまず読み返して、構想を立てたい。
アインシュタインのことを考えながら、時には来年のことなども考えた。来年のエッセーとしては、団塊の世代論の第二弾と、法華経論を予定している。
小説は、女帝三部作が完成するので、次の展開に進まなければならない。やはり三部作を考えている。
順番としては「源平三部作」といったものになるだろう。平清盛、後白河法皇、源頼朝を書く。これはごくふつうのリアリズムで展開する。
プランとしては推古天皇よりもさらに時代を遡るということも考えられるが、神話の時代はあまりポピュラーではないので、よく知られた世界で読者を獲得したい。
三田誠広が歴史小説を書いているということがまだ社会的に認知されていないので、密度の高い作品を連続させて少しずつファンを増やしたい。
独特のものを書いているという自信はある。とくに『碧玉の女帝』は最も密度の高いものになるだろう。


9/02
1・2章はプリントしてある。3章はラップトップのパソコンの中にある。それぞれ60枚ほどで、さらに4章が20枚ほどある。合計200枚を読み返した。
感想を言えばプリントしてある2章までは完璧だ。これほど密度の高い作品はめったにないだろう。かなり難しいことを書いているのだがイメージも豊かでテンポもいい。
しかし3章になると大幅に密度が落ちる。2章までは一度プリントして文体をチェックした第二稿なので密度が高いのも当然だ。3章はパソコンに打ち込んだだけなので文章が甘くなっている。
しかしプリントして直しているヒマはないので、パソコンの画面でチェックする。段取りのゆくないところを修正し、イメージを追加していく。この作業に1週間はかかる。
その1週間で文体に慣れれば調子が出るだろう。10月末くらいはゴール地点に設定して、徐々にスピードを上げて書いていきたい。
ここまでのところ、推古天皇の登場に至る前史というべき部分だが、うまく書けている。ヒロインは出てきたばかりなのでまだキャラクターが確立されていない。まだ少女だから仕方のない面はあるが、このままではいけない。もっと強い個性が必要だ。
文芸家協会の常務理事と知的所有権委員長というものになったので雑用が少し増えるし、9月の半ばからは大学も始まる。まあ、季節もよくなるし、事故の後遺症も改善されつつあるので、何とか仕事に集中したい。

9/30
4章完成。一つの章が60枚なので、240枚まで書いたことになる。
9月は創作ノートをほとんど書けなかった。作品の方は徐々に進んでいたのだが、何やかやと雑用があって、パソコンに向かうヒマがなかった。
忙しい原因は大学が始まったこと。文芸家協会の知的所有権委員会の委員長になったので、考え対処しなければならないことが多々あって時間をとられること。その他。
まあ、とにかく作品は進んでいる。ここでまとめて、これまでの経過を書く。
9月2日のノートに書いてあるように2章までは完璧だったが、3章の文体が甘くなっていたので全部書き換える。すると分量が増えたので、3章の終わりの部分を4章に回す。
それから4章の続きを書いて、用明天皇即位のところで4章が終わった。短い旅に出るのでプリントしたものをもっていって列車の中などで読み返すつもり。
いままでのところでとくに大きな問題はない。この作品のヒロインは推古天皇だが、前2作と違って、「神宿る皇女」のイメージが強く出るキャラクターなので、神秘性がほしい。ことに最初の神秘体験をクリアーに書きたいのだが、いまのところイメージがうすくなっている。
これに対し、厩戸皇子(聖徳太子)は「阿修羅」のイメージで登場する。人にあらず、神にあらず、鬼にあらず。では何だ、と言いたくなるが、敵のような味方のような存在として描いていく。
厩戸の母の泥部皇女は、夜叉として描く。これは明らかに鬼神である。二人の皇女の対立を通じて、神と仏の対立が起こる。ここに厩戸がどう関わるかがポイントになる。
全編、オカルチックなものになるが、そこに哲学と政治学が入ると面白くなる。
この種の作品は、日本文学では珍しい。読者にとっては不可解なものになるかもしれないが、そうならないようにストーリーをテンポアップして、奇妙な味わいのエンターテインメントといったものに仕立てたい。
まだ半分にも到達していないが、これからは厩戸が活躍を始めるので、ストーリーが動き始めるだろう。
大学もあるし、著作権審議委員会の委員にもなっているので、雑用が増えるだろうが、一定のペースで前進していきたい。
なお、来年の早い段階で、「菅原道真」を書きたい、という気分になってきた。次の「平清盛」がリラリズム一辺倒の作品なので、その次にはもう一度、幻想オカルト小説に挑みたいという気がする。まあ、清盛を書いているうちに、その次のことを考えようと思う。


10/18
10月の初めから4章までのプリントのチェックを続けてきた。文章の揺れを直すのと、これまでの内容を頭に入れるための簡単なチェックだと思っていたが、大きな困難を発見したので、直しが長引いた。
困難の原因は、ヒロイン炊屋媛のキャラクターだ。この人物は巫女なので、いずれは神がかりになるのだが、子供の頃はふつうの女の子の方がいいだろうと思い、そういう感じでここまで書いてきたのだが、どうもそれではよくない。
この作品は冒頭は神話の世界なので、すでに神がかりの物語が進行している。それに、厩戸皇子(聖徳太子)というスーパースターは、赤子の頃から神がかりというか、仏がかりになっている。厩戸皇子が登場すると、炊屋媛がバカに見えてしまう。
そこで炊屋媛の神がかりを幼女の頃からと設定を変えることにした。そのためのエピソードを10枚くらい新たに書いただけではなく、それ以後の炊屋媛の心理の動きをすべて書き換えなければならない。つまり神秘体験を一度でも経験してしまうと、キャラクターががせりと変わってしまう。
というわけで、かなり時間がかかったが、4章までをすべて書き換えた。以後はスムーズに進行できると思う。いちおうのゴール地点を11月の末に置いているので、ここからはピッチを上げたい。大学の仕事と文芸家協会の著作権問題の仕事があって雑用が増える時期だが、持続的に作品に集中したい。

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