「星の王子と法華経」創作ノート1

2000年8月〜

8月 9月以後


8/01
本日からこのノートを書き始める。 「星の王子と法華経」というタイトルにしたが、そういうタイトルの本を書くわけではない。
これからまず「星の王子さまの恋愛論」という本を書く。
それから「三田誠広の法華経入門」という本を書く。
続けて評論を書くので、同時並行的にプランを練ることになるので、創作ノートはまとめることにした。
とりあえずの仕事は「星の王子さまの恋愛論」である。こういうタイトルで本を書くというのは、とっさに思いついた。
担当編集者が何か本を書いてくれというリクエストとともに、書いてほしいテーマのリストをもってきた。その中に、サン=テグジュペリ論があった。前から「星の王子さま」について何か書きたいと思っていたのだが、ただの評論ではなく、恋愛論ということに焦点をしぼると読者との接点があるのではないかと思った。
むろん実際には恋愛論だけでなく、「星の王子さま」を論じながら、サン=テグジュペリの評伝を書き、さらにサン=テグジュペリの世界観、哲学のようなものに焦点を当てたい。
ただし本年はサン=テグジュペリの生誕百年ということで、出すなら今年中、という編集者からの要望で、急遽、この夏休みに書くことになった。
夏休みは例年は文春ネスコの「謎を解く」シリーズを書いていたのだが、今年はテーマを練るためにお休みとし、かわりに佼正出版から「法華経」を出すことになっていたのだが、こちらはテーマが重いので、先に「星の王子さま」を書くことにする。そのため秋に書き始める予定の「菅原道真」は少し遅れることになる。
ということで、とりあえず「星の王子さま」をスタートさせるわけだが、すでに2章までは書いた。毎日すごい勢いで書いている。
「清盛」が完成してから、わずか1週間で、構想を練るひまもなく書き始めるとすらすら進んでいく。
1章を35枚、全体を8章と考えている。分厚い本にはしたくない。
1章は導入部。ここで読者に直接語りかける文体を確立した。「星の王子さま」を読み終えた直後の読者に違和感のないような、「ですます調」の文章で、そのかわりに引用文は区別のために「ですます調」を排する。そこで内藤濯さんの訳は使わず、原文を自分で訳すことにした。
2章は「星の王子さま」についての独創的?な見解から一気に論理を展開する。
3章はサン=テグジュペリの評伝。いまそのあたりを書いている。さして問題もなく一気に行けそうだ。
「法華経」についても、まあ、書けるだろうと考えている。引用をどういうかたちでやるかが問題。漢文のものを用いるか、誰かの訳を用いるか。漢文と、自分の口語訳を併記するのがいいか。
導入部として、仏教についての解説と、日本での法華経愛好者の歴史が必要だろう。聖徳太子、大江匡房、後白河法皇、道元、日蓮、それから宮沢賢治。とくに宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」についてはぜひ言及したい。
というようなところで、「星の王子さま」は8月末。「法華経」は10月末を一つの目標として前進したい。

8/05
先月末から長男のフィアンセが来ていている。彼女はスペイン人だが、知り合ったのがブリュッセルなので長男とはフランス語で話す。で、家の中にフランス語が充満している。話を合わそうと思うのだけれど、こちらの語学力が対応しない。
いま「星の王子さま」を原文で読んでいるので、頭の中にフランス語はあるのだが、会話というものはまったく体験がないので、すぐには言葉が浮かんでこない。まあ、孫ができるまでにはもう少し話せるようになりたいと思う。
さて、こちらの「恋愛論」は、4章の後半に来ている。8章で終わりと考えているので半分近くまで来ているのだが、まだ論理の高まりにはいたっていない。しかしここまでのところで、サン=テグジュペリの生い立ちなど必要な情報は提出できたので、徐々にこちにの見解をおりまぜならがら、文体を叙情的に綴っていきたい。
学術論文ではないので、ある程度、センチメンタルに語りたい。3日で1章のペースで進めばゴールインできるだろう。
「法華経」については、9月になってから考える。その先の「天神菅原」についても時々資料を読んでいる。これはファンタジーと考えているので、アウトラインさえつかまえればいい。いちおう、『小説新潮』に書いた短篇「電」と同じように、雷関係、というふうに考えている。こういうものは、何も考えずに書き始めて、勢いでおしきるしかない。
世の中の趨勢を見ると、リアルな歴史小説よりも、ファンタジーっぽい読み物の方が売れているようだ。若い読者をあてにしても仕方がないので、ある程度、もののわかった読者を想定して書いていきたいが、自分の書きたいものを書くということで、あまり読者のことは考えず、書きながら不特定の読者に対して、面白く、わかりやすく、エキサイティングなものを書くということで、せいいっぱいの配慮をしたいと思う。
「星の王子さま」については、ある程度、若い読者も想定している。「いちご同盟」の読者がそのまま読んでもいいような感じで、ある種の哲学をわかりやすく提出したい。
毎日、暑い日が続いているが、リュウノスケの散歩はこのところ妻に任せているので、ほとんど外出せずに、ワープロを叩き続けている。ラップトップの古いパソコンが時々、異様な音を立てるので、この本が書き上がったら、新しいパソコンを買おうと思っている。

8/06
第4章完了。ここまではうまくいっている。「星の王子さま」を引用できるところはテンポよく進んでいくのだが、第3章はサン=テグジュペリの伝記なので、引用がなくテンポが出ない。でも、4章になるとまたテンポが出てくるし、愛についての見解が出てきて、盛り上がりを見せる。そこで「南方郵便機」を出したいところなのだが、そこがうまくいくかどうか。
この本は一ヶ月で書くというのが第一目標で、中身については、高校生くらいの時に考えていたことをそのまま書くだけだ。もちろん現在では50歳をすぎてそれなりの成熟した人生観をもっているはずだが、人間というものは年をとってもそれほど進歩するものではない。とくに「星の王子さま」のような作品に関しては、新たな発見があるわけではない。
いちばん違っていることは、「星の王子さま」を最初に読んだ15歳の時には、恋愛というものを実際に体験していなかったので、すべてが夢のような世界に感じられたことだ。といってその後、「花」のような魅力的な女性に出会ったわけではない。サン=テグジュペリの妻のコンスエロと違って、わたしの妻は、いくらか良妻賢母みたいなところがある。もっともただの良妻賢母ではなく、半分「花」みたいなところが入っている。
「星の王子さま」の場合は、花との別れがあるわけだが、わたしは妻と別れたわけではないので、別に「懐かしい」とも思っていないが、ある種のゆとりをもって「星の王子さま」の世界を振り返ることができるのは、それなりに生活が安定しているということがあるからだろう。そういうことも最後の章には書こうと思う。
もう一つ、その後のわたしの人生で書くべきことがあるとすれば、長男との出会いだろう。長男が言葉をしゃべり始めたばかりの頃、次男が生まれて妻が忙殺されていたので、こちらは長男を連れて散歩に出る、といったことが多かった。長男はよくしゃべる幼児であって、二人で公園を散歩していると、まるで「星の王子さま」を連れて歩いているような気持ちになった。
サン=テグジュペリには、ジュニアはいなかった。これは多くの評論家も指摘していることだが、サン=テグジュペリにジュニアがいたら、彼の人生そのものがどうかわったか興味のあるところだ。子育ての責任感から、無謀な飛行に挑戦することもなかったろう、とも考えられるけれども、もしかしたら、「星の王子さま」が執筆されることもなかったかもしれない。
作者にとって「星の王子さま」は、少年時代の自分、ともいえるけれども、架空のジュニア、というふうにも考えられる。わたしには息子が二人あるが、子供というのは育ってしまえば、ただの他人にすぎない。けれども、長男が幼児だった頃のわずかな時期、わたしにとって、長男は「星の王子さま」のようなものだった。
作品の中の遭難したパイロットのように、当時のわたしは、人生に遭難していた。大学を卒業してからプロの作家になるまでの数年間は、長い遭難のような時期だった。わたしは17歳から小説を書き始め、小説を書くことを人生そのものだと考えてきたし、大学時代も小説を書き続けていた。プロになってからももちろん書き続けているので、長男が幼児だった時期というのは、わたしの人生の中で、小説を書かなかった時期というか、書けなかった時期であって、まさに遭難であった。
その遭難しているわたしのそばに、長男がいた。そのことはすでに「日常」(文庫本のタイトルは「トマトケチャップの青春」)という作品に書いたけれども、うまく筆がのればそのことも本の最後に書いてみたいと思う。というのも、この本を書いている現在、ブリュッセルに留学している長男が帰省していて、しかも今回はフィアンセを連れている。フィアンセはスペイン人だが、二人はブリュッセルで出会い、現在もそこにいるので、フランス語で日常会話をしている。
というわけで、家の中にフランス語がとびかっている。そういう状況の中で、わたしは「星の王子さま」のフランス語版を読み返し、必要なところは堀内濯氏の訳ではなく、自分なりの訳を引用する、ということをやっている。頭の中をフランス語に適応させるためには格好の状況になっている。
で、フィアンセが先に寝たあと、長男がリビングルームに来て、寝酒を飲む。わたしはリビングルームのテレビの前でパソコンを膝に抱いて仕事をしているので、その隣の席に座っていっしょにテレビを見ながら、長男は缶ビールなどを飲み、何やかやと話しかける。こちらからも質問する。まるで「星の王子さま」が戻ってきたような感じがする。それでふと、長男が幼児だった頃のことを思いだしたというわけだ。
人生というものは、何が起こるかわからない。「星の王子さま」を読んだ直後の15歳のわたしには、未来が見えていなかった。自分が小説家になるとも思っていなかった。妻は高校一年の時の同級生だから、顔は知っていたし、愛してもいたのだが、言葉を交わしたことはなかった。結婚するとも思わなかったし、息子が生まれるとも思わなかった。その息子が寝酒を飲んでいる隣で、「星の王子さま」についての本を書くことになるとも思わなかった。そういう思いがけないことが現実に起こっているということは、とても不思議なことだ。
いま書いていることの文章はなかなかいいので、コピーしてそのまま使えるのではないかといま思った。まさに「創作ノート」だ。わたしは文章を書く時、下書きというものは書かない。専用ワープロを使い始めた35歳の時から、下書きというものは必要なくなったわけで、創作ノートというものも、日記にその日の日録を書くだけで、下書きのようなものは作らなかったが、いま書いているこの文章は、下書きというか、そのまま使えるのではないかと思う。
「恋愛論」というタイトルだが、恋愛だけでなく、人生そのものについて、「星の王子さま」は多くのサジェスティオンを提出しているように思う。その点を明らかにするためには、いま書いたような、一人の読者としての自分の人生を書くのが何よりだろうと思う。それがこの本を書くことの意味だとも思う。
全然、話はかわるけれども、今月の『文学界』が届いてパラパラめくっていると、松本健一氏の著作権についての評論が目に入った。福島次郎氏の作品の中に、自分あての三島由紀夫の手紙の引用があり、これが三島由紀夫の遺族からクレームがついて、裁判になり、作者と出版社側が敗訴となって、本が出版できないという事態になっている。作家にとって、自分の本が出ないというのは何よりつらいことだし、とくに福島氏にとっては、この作品はライフワークだと思われるから、自分の全存在を否定されたような思いだろうと推察できる。
それだけに、何とか出版が可能な状況にもちこめないかという松本氏の意見は傾聴に値するものだと考えるのだが、ただし、わたしは文芸家協会で知的所有権委員長というものを担当しており、文化庁の著作権審議会の委員もやっているので、そういう立場からすると、心情だけでは解決しない問題もあるだろうということを考えずにはいられない。
確かに法律というものは万全のものではなく、裁判においては、社会のモラルやコンセンサス、コモンセンスといったものに照らし合わせて判断が下される場合が多く、こういう意見は大切なのだが、基本となるのは法律の問題であるので、法律を無視して心情だけで論理を展開してもあまり効果はないだろうと思われるのである。
問題となっているのは、手紙の引用の可否ということだ。ここにわたしなりの見解を書いておく。著作権には、付随的に著作者人格権というものがある。著作権そのものは、自分の著作からどうやって金銭的利益を引き出すか、という実利的なものだが、著作者人格権はもう少し観念的なものだ。著作者人格権には、「出版の権利」「著者名公表の権利」「同一性保持の権利」の三つがあり、ここで問題となるのは、「出版の権利」といっていい。
出版の権利には、出版しない権利も含まれる。作家は例えば、初期の習作の出版を拒否することができる。雑誌に掲載した作品を単行本にしないということもある。一度出版した本でも、再販に応じないとか、文庫化しないとか、全集には入れないとか、そういう「出版しない」という権利も出版権には含まれるのだ。この点では、金銭的利益はまったくないのだから、ふつうの著作権とは区別して考えないといけない。
この著作者人格権は著作者に付随するもので、著作権から発生する金銭的利益の継承のように、相続によって遺族に受け継がれる性質のものではないのだが、著作者が死んだら人格をふみにじっていいということにはならないから、慣例として、著作権そのものを継承した遺族が、著作者に代わって著作者人格権も守っていくということが認められている。
従って、三島由紀夫の遺族は、作品を出版するかどうかの判断を、著作者に代わって遂行する責任と義務を負っているというべきだろう。ここで問題となるのは、手紙は作品か、ということだが、有名な作家の場合は、手紙、日記、創作ノート、メモの類も、作品を読み解く上でのヒントになるわけで、これを出版すれば商品価値を持ちうるテキストであるということはいえるだろう。実際に、作家の生前に手紙や創作ノートが出版されれば、作家は著作権使用料を受け取ることになるはずだから、死後に出版されたものについては、遺族に著作権使用料を受け取る権利がある。だとすると、出版するかどうかを判断する権利も、遺族にあると考えるべきだろう。
次に、手紙というものの所有権は誰にあるか、ということになるが、たとえばわたしが友人に当てて投函した手紙は、その友人にあてて出したもので、手紙そのものを譲渡したことになると考えていい。ただし、それは手紙そのものの譲渡であって、著作権や出版権の譲渡ではない。
話をわかりやすくするために、画家を例にとろう。画家は作品を売ることによって生計を立てている。個展などでは絵に値段付けられていて、画商が買うこともあれば、その絵を評価した一般のコレクターが買うこともある。画商の所有となった絵は、時にはオークションにかけられ、転売されることもある。とにかく絵というものには所有者がある。所有者はその絵を、自宅の応接間に展示することができるし、コレクターなら個人の展示ルームに飾ることもできる。求めに応じて美術館に貸し出すこともある。もちろん転売することも可能だ。
しかし、これは絵の所有権であって、著作権でも出版権でもない。ある画家の作品集を出版するということになれば、著作権は画家にある。当然、その画家が死ねば、権利は遺族に継承される。絵のコレクターはただその絵の実物を所有しているにすぎない。作家の場合でいえば、生原稿、ノート、日記、揮毫やサインの類の実物がこれにあたる。手紙も同様である。手紙の所有者は、その手紙そのものの所有権をもっているだけで、これを出版する権利はもっていない。
われわれが「引用」できるのは、すでに出版された作品である。出典を明記し、引用の箇所が本文と明確に区別されるように引用すれば、引用に際しての許諾は必要なく、むろん使用料の類もいらない。たたじ、音楽の場合はジャスラックが管理していて、引用に際しては許諾が必要である。ジャスラックが定めている使用料もとられることになる。だから歌曲の作詞の場合は、一般の文学作品と区別して考えないといけないわけだが、手紙の場合は、すでに出版されているものであれば、自由に引用できる。
福島氏の作品に引用された三島由紀夫の手紙は、福島氏自身が秘蔵していたものであるから、もちろん出版されたものではない。だとすれば、「出版しない権利」を遺族が保有していると考えるのが妥当だろう。松本氏の評論では、この出版された手紙と、私蔵されている未発表の手紙との区別が曖昧であり、結論として今回の判例が一般に認知されれば一切の手紙の引用が不可能である、という間違った見解が示されている。これは乱暴な意見といわねばならないし、『文学界』の版元が被告であるということを考えれば、意図的に歪曲された結論と見られても仕方がない。
ことわっておくが、わたしは福島氏の書き手としての心情を理解できるし、モラルとしては、遺族がこのようなかたちで表現者の自由を束縛することは、極力避けるべきだと考える。しかしそれは表現の自由の問題であって、多くの表現者が討議し、団結し、一つの権利としてかちとるべきものだろうと考えるけれども、原稿の著作権、および著作人格権の趣旨からすれば、未発表の手紙の出版権は手紙の所有者にはない。従って引用も許されない。手紙のそのものを引用するのではなく、「このようなことが書いてあった」というような形で概略を示すことによって、自分の作品を創造するしかない。
ただ繰り返すが、福島氏の作品の場合は、手紙そのもの意味があまりにも大きいために、引用というかたちで作品を構成する以外にはすべがなく、手紙そのものの存在と創作のためのモチーフがあまりにも深く関わっていたことは、否定できない事実であり、一人の文学愛好者としては、福島氏を支持したいと心情的には感じている。
今回の一件では、出版社にも責任の一端があると思われる。出版社の側に著作者人格権についての認識がなかったのが問題で、手紙の出版権が遺族の側にあることを自覚していれば、事前に遺族を説得する努力がなされていたはずだ。遺族の理解を求めるのは、あるいは難しかったかもしれない。遺族にも、人格はある。自分の夫や父の人格に関わる問題であり、それは遺族の人格にも関わることである。そこに大きな壁があることは事実だろう。
今回の問題は、同性愛に対する差別という問題も付随的にはらんでいるけれども、一般論として、異性へのラブレターでも同様であるし、借金の依頼、他人に対する誹謗中傷の類でも同様である。ある作家の一般に知られていないキャラクターが明らかになるような手紙が他者の手にある場合、遺族がその出版を認めないということは、今後も起こりうる問題だろう。いや、手紙に限らず、作品そのものが遺族によって絶版になっているケースもまったくないわけではないのだ。
わたしの息子たちが、父が作家であったということを恥じて、わたしの死後、わたしの作品を世の中から抹殺してしまうということも、まったくないとはいえない。わたしは息子たちに恥ずかしいと思うような作品は書いていないけれども、息子たちがどう思うかは別の問題である。著作権使用料の継承ということとは別に、著作者人格権の継承をどのようにすべきかは、これからも多くの人々によって検討されるべき課題であるとはいえるだろう。
この件に関して長く書いてしまった。やれやれ、疲れた。

8/13
3日前から三ヶ日の仕事場に来ている。三宿では長男のフィアンセが来ていて何やかやとあわただしかったが、ここへ来ると落ち着く。仕事場がいいのは電話がかからないこと。パソコンも電話線につないでいないので、メールも来ない。テレビも見ない。ホームページの更新もできない。いま書いているこのノートは、「メモ帳」に書いている。あとでホームページのファイルに貼り付ける。
電話はいちおうあるが、担当編集者にしか番号を教えていないので、かかってこない。一昨日、「星の王子さま」の担当者から電話がかかってきただけ。番号を教えたので通じるかどうか確かめただけの内容。
三ヶ日に来ると、朝型になる。犬に起こされるせいもあるが、電話などでじゃまされることもないので、昼間も仕事ができるからだ。そのため深夜のテレビ番組を見ることがなくなった。
その犬だが、13歳の老犬なので、この夏の暑さはこたえるようだ。三宿ではクーラーのかかった室内にいるので快適に寝ているのだが、ここではクーラーを入れないようにしている。仕事部屋は屋根裏にあるので仕事をする時はクーラーを入れているが、ここは階段が急で犬は上がってこれない。
さて、「星の王子さまの恋愛論」。35枚前後を1章として、全体を8章で構成する。あまり長くなってもいけないので、最後の章は終章としてやや短めに書く。というプランを立てて、現在、6章まで来た。締切をいちおう8/20と考えているが、三ヶ日にはプリンターがないので、8/18までに草稿を完成させて三宿に戻り、プリントしたものを読み返して、仕上がりは少しあとになるか。
1〜2章をオープニングとし、3章にはサン=テグジュペリの伝記を入れた。4章はもとに戻り、5章は処女作の「南方郵便機」論。6章は本文に戻って、ここにはキツネの長いセリフについての言及がある。恋愛論としてはここが山場になる。いまちょうどここまで来たところだ。
ということで山場をクリアーしたわけだが、この先、まだ書くことがあるのか、少し心配している。いちおう本文をたどってまとめをする。終章には読後感というか、「星の王子さま」という作品の、筆者(わたしのこと)への影響について述べたい。それはこのノートの少し前のところに書いたような内容になる。あるいはノートの内容をそのまま切り貼りしてもいい。
9月のあたまに長男の結婚式があるので、しばらく仕事は中断する。その後、「法華経」論になる。論というよりも入門書だから、気軽に書けばいいが、ある程度のユニークさが必要だ。三田誠広が書くわけだから類書とは違う部分がないといけない。「星の王子さま」については、他の誰も書けない内容になっている。同じことが法華経でできるかどうか。それほど集中して法華経を読んだわけでもない。維摩経の方がすごいと思っているし、般若心経の本はすでに書いた。維摩については来年書くことにしている。法華経は編集部からの注文で書くので、最初はあまり気が乗らなかったのだが、資料を書んでいるうちに、ヤル気が出てきた。
何といっても法華経はポピュラーな経典だ。というようなことを言うと、読者は、自分の知らんぞ、ということになるだろうが、平安時代には法華経は必読書だった。「源氏物語」の作者はもちろん法華経を読んでいるし、読者も法華経を読んでいることを前提として作品を書いている。いちおう、貴族と読者を限定しているわけだが、宮廷の女房たちは全員が法華経を読んでいたといっていい。
それくらいに法華経はポピュラーなものであった。だから、それについて何か述べるというのは、作家としてはやっておくべき仕事だろう。いまは資料を読みながら、全体の構成を考えている段階だが、まあ、序論としては、法華経がポピュラーなものであった、ということを最初に述べておく必要があるだろう。聖徳太子以来の日本への影響を、宮沢賢治までたどることは可能だ。
それから仏教についての簡単な説明が必要だろう。釈迦の生涯と、大乗仏教の成立、それから法華経の意義、といったことは最初に説明しておいた方がいい。法華経は、釈迦が最後に説いた経典ということになっているが、ここには毘廬遮那如来についての言及がないので、「華厳経」を踏まえてはいない。成立としては「華厳経」以前と考えるべきだろう。「阿弥陀経」についてもほとんど言及していないが、阿弥陀如来についてはチラッと述べているので、阿弥陀信仰は並行してあったのかもしれない。
ダラニはいっぱいつまっているから、真言というものはあった。観音信仰もあった。般若についても述べている。まあそのあたりで、オールマイティーの経典を作ろう、というコンセプトで出来た経典だろう。というようなことを述べてから、全28章の経典の中身を、一つ一つ紹介していけば、本一冊はすぐにできる。「清盛」「星の王子さまの恋愛論」の校正ゲラも出てくるし、大学の後期も始まるので忙しくなるが、まあ、何とか仕上げたい。
というふうに頭はすでに法華経モードに入りつつあるのだが、「星の王子さま」を仕上げないといけない。この本では、引用はすべて私訳としているので自分で訳している。大学の頃以来、辞書を引いて和訳するということをやっていて、妙な気分だ。
今年の夏は暑い。三ヶ日も暑い。何年か前、大学の講義録を三年がかりで本にしていた頃は、毎年、夏は軽井沢ですごした。別荘をタダで貸してくれる人がいたのだが。まあ、三ヶ日のこの仕事場は、仕事場として造ったものなので、仕事をするモードにすぐ入れるところがいい。しかし犬が弱っている。軽井沢では一日に三回くらい散歩に出かけた。ここでは夜明けの頃しか散歩に出られない。犬も弱っていて、それほど散歩に出たがらない。
息子たちが大学に入った頃から、家族で別荘に来るということもなくなったのだが、今年は次男が就職したので、完全に老夫婦だけの生活になった。次男が就職したところは驚くべきことにお盆休みがないのだ。仕事そのものは研究所だから、大学院でやっていたのと同じようなことをやっていればいい。前は授業料を払っていたのが、いまは給料をもらえるのだからありがたいことだ。そんな生活が楽しいのか、とわたしは考えるのだが、本人は楽しいのだろう。
長男はフィアンセの実家に行って入り婿状態になっている。まあ、人生にはいろいろなことがあり、思いがけないことが起こる。そのうち私小説を書きたいと思っている。

8/14
三ヶ日のわたしの仕事部屋からは、浜名湖が見える。それも窓いっぱいに広がって見えるし、対岸の館山寺温泉のビル群と、なだらかな大草山のたたずまいや、東名高速の赤い橋が見えて、いつまで眺めていても飽きることがない。いつもは膝に抱いているパソコンを机の上に置いてキーを叩いているのだが、画面からふと目を上げると、湖が広がっている。いい気分だし、ここではテレビなどを見る気にならないから、仕事がはかどる。ずっとここで仕事をしていたいという気もする。まあ、そういうわけにはいかないが。
ここに仕事場を造ったのは20年くらい前で、作家になったばかりの頃だ。その頃は流行作家みたいに仕事をしていたから、即断で土地を買った。子供が小さくて、まつわりついて仕事ができないということもあった。月の半分くらい、ここに来て仕事をしようと思ったのだが、当時はここへ来ると、ウツ状態になることが多かった。
何を書くべきかということで思い迷っていたので、考え込んで仕事が進まない、ということだったのだろうと思う。いまは、迷いはない。というか、次々と仕事をこなさないと、先へ進めない、という思いがある。といって、忙しいという感じはしない。締切のある仕事を極力避けて、自分のペースで仕事をしているからだ。
雑誌と関わると、締切に追われることになる。いまは、ほとんどの仕事を書き下ろしで出している。締切は自分で決めて編集者に通告する。自分で決めた締切だから、べつに遅れてもかまわない。編集者も、多少遅れても本が出ればいいと考えているし、こちらもそう思っている。ただ完成が遅れると次の仕事にとりかかれないので、なるべく計画どおりに仕事を完成させるようにしている。
いま書いている「星の王子さまの恋愛論」という仕事は、サン=テグジュペリの生誕100年ということで、スケジュールに突然割り込んできたものだ。それで少し急いで仕事をしている感じだが、まあ、遅れてもかまわない。と思っているうちに、予定どおりに完成しそうだ。
いまは夏休みで、大学もないし、文化庁の仕事もない。来月になれば、また雑用があって、いまみたいに集中はできないだろうが、大学の仕事も今年で終わりなので、来年はこの仕事場に来ることも多くなるだろう。ということは、仕事の量を増やせるだろうと思っている。大学の先生の給料がなくなるので、仕事は多少は増えてくれないと困るのだが。

8/15
第7章完了。予定どおりのペースで進んでいる。最後の章は終章ということで、ほとんどあとがきに近い内容になる。前の章までで「星の王子さま」に関する解説とこちらの「謎解き」はすべて終了した。なかなか読みごたえのある本になったと思う。終章は、この創作ノートの少し前に書いたように、一人の読者としてのわたし自身の人生について書こうと思う。妻との出会い、および息子たちとの出会い。一冊の本をただ読むだけでなく、読んで学びとったところをその後の人生にどう生かすかということが重要なのだ。だから、その後のわたしがどう生きたかということを示しておくことも、「恋愛論」というタイトルのこの本には必要ではないかと思う。
まあ、なるべくコンパクトに書くつもりで、読者のじゃまにならないようにしたい。毎日、暑い日が続いている。この屋根裏の仕事はにはクーラーが入っているのだが、下の部屋にはクーラーが入っていないので、犬がばてている。午前中、あまりの湿気の多さに、たまりかねて妻がクーラーを入れると、犬は床置きのエアコンの前にくっついて寝そべっていた。前からときどきその位置にいて、うらめしそうにこちらを見上げていたことがあったのだが。
犬はクーラーというものを理解しているし、たとえば水道の蛇口の形状も認識している。初めて行った公園でも蛇口を見つけると水を飲みたいという意思表示をする。クーラーとか蛇口とかいう概念を理解しているし、蛇口などは一種の記号として認識しているようだ。
フロッピーディスクを持ってくるのを忘れた。べつに必要ないのだが、パソコンが万一壊れると、中身を読み出せなくなる。7章まで、なかなかの名文を書いたという気がするので、保存をしておきたくなった。パソコンが壊れる可能性は、三宿に帰る時の事故だろう。車に載せる時に落としたり、雨で水に濡れたり、といった可能性がある。それにこのウィンドウズ3.1が入ったこの古びたパソコンはときどき異様な音を発生する。大学の客員教授になった時に大学からもらったものなので、自分で選んだものではなく、何とも使いにくいものだ。
東芝製でアキュポイントと称する突起で矢印を移動させるのだが、これがときどき暴走する。新しいノートパソコンを買おうと思ってはいるが、何にするかまだ決めていない。「法華経」をスタートする前に買いたいと思う。というのは、いまのパソコンにはワードしか入っていないし、CDドライブが付いていないので一太郎を入れることもできない。それでワードで文書を作ってからテキスト文書にしてフロッピーに移し、デスクトップのパソコンで一太郎で処理する、というややこしいことをやっている。これではフリガナが打てない。
フリガナは一太郎にしてから最後に入れているのだが、「法華経」はフリガナがたくさん必要なので、文章を打ちながらつけていきたい。ということで、パソコンを変える最終リミットが迫っている。その前に壊れてほしくないが、万一のことが心配なのでフロッピーがないと不安だった。
それで妻にフロッピーを買ってくるように頼んだのだが、三ヶ日という町に売っているかどうか心配だった。この町には音楽CDを売っている店がない(レンタルはある)。要するにレコード屋がないのだ。だからパソコンを売っている店も当然ない。しかし妻が何とか探してきてくれた。電気屋のおじさんに聞いたら、奥から出してきたようで、もしかしたら自分用のやつかもしれない。一枚だけ、といったら箱を開けて一枚だけ売ってくれたそうだ。

8/16
いま午後の3時半だが、「星の王子さまの恋愛論」が完成した。この仕事場にはプリンターがないので、三宿に帰ってからプリントして読み返すことになるが、短期間に書いたので流れがあり、直しはほとんどないはずだ。本が一冊、完了するというのは、とても嬉しい。7月の後半に「清盛」が完成した時は、疲れはてていたのであまり嬉しくなかった。あれは4カ月もかかった。今回は3週間、あっという間に完成した。こういうラクな仕事ばかりしていてはいけないが、たまにはいいだろう。それに内容に関しては、最高に感動的なものになった。
「星の王子さま」論だから、感動があるとすればテキストの魅力なのだが、一般の読者には説明しないとわからないこともある。こちらは原文で読んでいるので、原文はこうなっていると説明するだけでも、読者には新たな発見があるはずだ。もちろん、わたし自身の大発見ともいうべき謎解きもあるし、やや強引な解釈もあるけれども、まあ、読んで損のない本になったと思う。
たぶん「星の王子さま」の読者の大半が、読んでもよくわからなかったけれども、絵がきれいでよかった、という印象をもっているだろう。わかった、と感じている人も、わかったつもりになっているだけだ。今回のわたしの本を読めば、誰もが、ものすごくよくわかった、という気分になるだろう。「アインシュタインの謎を解く」では多くの読者から、「わかった」というメールやお便りをいただいた。アインシュタインに比べれば、「星の王子さま」はシンプルで説明はしやすいけれども、シンプルなだけに、わかった瞬間の快感は大きいと思う。
さて、次は「法華経」だ。「法華経」を読まないといけない。わたしが高校の頃に読んだのは、「口語訳」と称するものだが、今回の本の読者の中には、経典そのものを読む、というよりも日々眺め、時には写経などをされている方も多いだろう。だからわたしも、せめて漢文の書き下しを読んで、漢字のセンスに慣れておきたい。
ということで、これからしばらくは資料の読み込みに入るので、この創作ノートはしばし中断する。ただし「星の王子さま」の方は、プリントを読み返して何か思うところがあれば書く。この本と「清盛」と、ほとんど同時に校正ゲラが出そうで、頭の中が混乱するのではないか。校正の時点でもこのノートに何か書くかもしれない。ともあれ、三ヶ日にいる間に草稿が完成してよかった。明日、三宿に戻って、ただちにプリントしたいと思う。

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