荷山貝塚は東京湾から2kmほどの内陸の台地上にあり、現在は根岸米軍住宅施設が所在する。

 当貝塚は1930年に発見され、5ヶ所の環状に分布する貝塚が確認されたが、2000年には絶壁状の崖崩壊修復工事に共ない、そのうちの2ヶ所の貝塚、合わせて880uが再調査された。

 発掘調査の結果、縄文後期前葉の貝塚の他、貝塚に隣接して同時期の竪穴住居3棟・敷石住居2棟や成人の墓・土器棺に納められた乳児の骨、焼土址・土壙・溝、土器・石器・土偶、鹿角製や動物の骨製骨角器・貝製品などが豊富に出土したと云う。
土器は堀之内1・2式や加曽利B式など縄文後期に属する。

稲荷山貝塚

 壊の恒久対策として現在でも補修工事中であり、周辺には東京湾に沿って青ヶ台・称名寺・榎戸などの貝塚が所在する。

 貝層の厚さは最大130cmほどで、上層と下層では出土する遺物に時期差が見られたと云う。
貝類はハマグリ・アサリ・イボニシ・アカニシ、獣骨ではイノシシ・シカ・イヌ、海獣骨はイルカ・クジラ、魚骨はマグロ・クロダイ・アジなどが見つかっている。

銛頭・釣針 鹿角製銛頭

 鹿角製銛頭・ペンダント・釣針などが見つかっている。
鹿角製銛頭は大きなもので最大23cm弱もありほぼ完形で見つかり、国内で最長級と云われる。(左写真の左端上)

 柄が手から離れ、獲物に刺さった後、紐を引くことで獲物を手繰り寄せられるように作られた知恵の“かたまり”で、獲物が抜けにくいように「かえし」が作られている。
又末端部の「膨らみ」は、手繰り寄せるための紐を結んでいたと考えられる。

 当貝塚からはイルカの骨が多く出土していることから、大型の外洋性海獣の捕獲に使われたと見られる。

通した孔が空けられていることから、紐を通して下げた長さ約16cmの大型ペンダントと見られる。
上部のコブには加工された痕跡が窺え、ヘビの頭のような魔除けの動物を彫り上げたようにも見える。
骨製アクセサリーでは他にヘアーピンのような作品も見つかっている。

回の調査発見はたまたま崖崩れに伴うほんの一部であるが、今後の更なる調査は米軍施設という敷地の特殊な性格から極めて困難と見られている。

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