本野原(もとのばる)遺跡は河川の合流点に向け起伏しながら舌状に延びる地形上、標高180m前後の田野町南部に位置する。

 発掘調査は昭和46年に始まり、平成6年には試掘調査が行われ、今回は農地保全整備事業に伴い平成13年4月から14年1月にかけ、調査面積約10,000uを対象に実施された。

 その結果当遺跡は縄文後期を中心とするものの、旧石器時代をはじめ縄文早期から晩期まで縄文時代を通じて継続していたと云う。
特に今回の発掘調査では1haのほぼ全域から住居跡・土壙などの遺構が検出された。

以下終了したばかりの発掘調査現場の生々しい状況を紹介する。
土器片・石器片が散乱しているばかりか、石皿とおぼしき石器も見受けられる。
調査現場周辺にはタバコ畑が広がっているが、将来的には調査範囲を更に広げる構想があるとも云われる。

以下今回の調査で注目された遺構について要約する。

縄文後期の竪穴式住居跡が総数110棟余り見つかり、縄文時代の集落跡としては九州最大級と見られる。
竪穴住居の平面プランは一辺3〜4mの方形・円形・隅丸方形に大別される。
径約30mの環状に配列する土壙群が検出され、円の中心に向かってすり鉢状に土地を削った痕跡が見つかった。
土壙は長軸0.5〜1.6m・深さ0.3〜1.5mで、円の中心部は1.5mほどの深さまで削り取られていたと云う。

 円の中心付近からは石皿などのほか大型の扁平礫が集合して出土したり、環状土壙群と集落の中心部とを画する、礫を立てて配した小型の土壙群が見つかるなど、祭祀遺構と見られる。
一定の大きさと深さを持つ掘立柱建物状に整然と分布する土壙列が検出された。
主軸が一致して整然と並んでいることから掘立柱建物の柱穴と見られる。
自然地形では考えにくい平坦面が人為的に整地された遺構と見られ、その形態より道路として利用された可能性が高いと云う。
谷地形の斜面を利用した土器廃棄場と見られる土器溜まりが検出された。
大半が大きな破片で残存状態も良好な土器が大量に出土したと云う。

 この他にも窪地状になるよう土地改良を行った整地跡とか、大型の扁平礫が集中する一角が見つかるなど本野原集落の全貌が見え隠れする。
本格的土木建築工事を伴った人為的集落づくりの全貌解明が待たれる。

典型土器 その土器片 打製石斧

 器溜まり・竪穴住居床面・環状土壙群などからは市来式・指宿式などの土器片が大量に出土した。
又打製石斧・石皿・石錘などの石器類も大量に出土し、採集と漁労に頼った食生活が偲ばれる。

 縄文後期の整地跡・建物跡・祭祀跡などが整然と且つ意図的に配列された集落跡が検出された例は大変珍しく、当時の集落の姿を生き生きと伝える貴重な遺跡として、今後更なる継続的発掘調査が待たれる。

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