長 | 野 | 岡 | 谷 | 市 | の | 代 | 表 | 的 | 縄 | 文 | 遺 | 跡 |
諏訪盆地 の北西に位置する岡谷市には、その山麓から南面する台地や天竜川沿いに多くの縄文遺跡が散在している。 その後も弥生時代から古代・中世・近世にかけて多くの文化財を残し、現在では精密工業へと大躍進を遂げ、その発展振りは注目される。
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同市中央町の丸山遺跡からは、縄文草創期の矢柄研磨器のほか、縄文前期の住居址や土器・黒色珪岩製の槍先型石器・黒曜石製釣針などが検出されている。 中でも矢柄研磨器は、やじりを付ける木を磨いて真直ぐにするための石器で、縄文草創期の特徴的な石器として脚光を浴びたと云う。 |
![]() 2個の矢柄研磨器は同じ大きさで、写真のように左右一組と見られ、木を挟んで使っていたと考えられる。
長さ約23cm・幅約8cmで、平らな面には幅6mmほどのU字型の溝が一本付いており、重なり合わせると石棒のようになり、その厚さは11.5cmほどのなる。 |
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花上寺遺跡は、諏訪湖岸から約1kmの浅く広い谷を登りつめた標高約850m付近の湊地区にあり、南に山を背負う緩急斜面に立地する。 丘陵の裾辺には湧水があり、諏訪湖を眼前にひかえて蛋白源には事欠かず、遠く八ヶ岳を望む眺望も申し分なく、生活立地として恵まれた環境に立地していた。 本遺跡は、1986年に小規模排水対策事業に伴い、遺跡のほぼ全面を発掘調査した結果、住居群・小竪穴群などの遺構のほか、谷部に広がったゴミ捨て場からは、多量の土器・石器類などの遺物が出土した。 住居址は縄文中期初頭から後期にかけ51棟が発見され、又墓か貯蔵穴と見られる小竪穴が362基も検出された。
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縄文中期には八ヶ岳を中心とする中部山岳地方は大規模な集落が発達し、中でも曾利・井戸尻・梨久保・花上寺などの標識で知られる、豪華で立体的な文様に飾られた縄文土器が数多く作られ、一大中心地を形成していた。
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和田峠一帯に産出する黒曜原石は、石器の原料としてはガラス質の硬い材質のため、打ち割ると鋭利な刃を作り出す最適素材であり、広く関東・東海・北陸地方などで発見されている。
黒曜石の運ばれた道は、そのまま東西文物交流の道でもあったと云える。
出土した多様な石製道具類は、種実類・根菜類など植物を主要な蛋白源として、又狩猟・漁労を蛋白源の補食手段として食生活を立てていたことを物語っている。 |