工芸は縄文時代前期になって突然出現し、完成した文物と云われ、漆は塗装と接着という異なる用途に使われた。

 漆を作るには、樹液の採取・樹液の精製・塗装用漆の調合・器物への塗装という工程が必要。
雑物の排除・水分や湿気の管理等熟練の技を要するが、顔料との混合割合が決め手と云われる。

 しかも漆そのものにニーズがあった為、流通していたことが分かっている。

 漆対象の器台には様々な材質・形態があり、土器の他に木製容器・櫛・弓・土製腕輪・編み籠等に使われていたと云う。

 又漆製作者と漆塗装者、それに器台製作者は各々別人と考えられる。
即ち分業体制が既に取られていたと思われる。

(鳥取県淀江町井出遺跡から出土した朱塗りの櫛)

 工芸は何故必要とされたのか?
何故突然出現し、完成したのか?

 これだけの工程を必要とする技術を生み出したエネルギー・財力・権力は何処にあったのか?誰が持っていたのか?

 恐らくムラの有力者・村長の強力な指揮命令があったのではないか?
権力を象徴する工芸品であったのではないか?

 このことから縄文時代前期には、既に階層社会が誕生していたのではないかと想像される。

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